スイーツが食べたい
それから時は流れて、半月後には弟のマルセルが誕生した。
産まれて驚いたのは、父ベルトランと瓜二つと言うぐらいのそっくりな顔をしていることだ。クロビスとアリゼは物語補正で今の顔になったのだろうと思われるので、そう考えるとこれが本来の遺伝子の力なのかも知れないが。
しばらくは家族五人で、王都の屋敷で暮らしていた。だが『のびのびとした環境で育てたい』と母ジョシアーヌから申し出があり、母と弟は領地の屋敷に行ってしまった。
父は元々領地に居ることが多かったけど、母と弟が行ったことにより、より王都の屋敷には戻らなくなってしまった。
実は前回の蚕の大量死は伝染病によるもので、一気に国中に広がっていき、この国の養蚕業自体にガタが来始めていた。だからギルベール領内では農地改革で桑畑を切り崩し、主食のじゃがいも畑への転用が始まっている。父が領地に留まることが多いのは、このためらしい。
まぁアリゼは、母は弟を口実に父を追いかけて行ったのだろうと思っている。
母は父と、父に似た弟を溺愛しているが、アリゼ自身にはあまり興味が無い。
だからかアリゼはクロビスと二人で、王都の屋敷に放置状態に近かった。教育はみっちりと受けさせられていたが、それ以外のことは殆ど干渉されることは無かった。
正直クロビスは優秀だったので、親の助けは必要でないと皆が思っているのだろうけれど。実際父は、すごくクロビスを頼っている節はある。
だからアリゼは、母に対してこう思っていた。
きっと弟が産まれなくても、母は私に対してこんな感じだったんだろうなと。
元々自分は、父をつなぎ止める為の道具としてしか見てないのだろうな、とは思っていた。それが弟が産まれたことにより、より一層浮き彫りとなった。
いくら前世の記憶があれど、母からの愛が無いのは少し堪える。
原作でのクロビスへの虐めも、自分を構って欲しいというサインだったんだろうな、とも思ったのだ。
だが今は兄妹仲はそこそこ良好で、ちゃんと構ってくれるし、受け入れてくれる。
特に二人で暮らし始めてから、兄妹としての連帯感がより一層強くなっていっていた。
今日もまた、アリゼがつまみ細工の大きな髪飾りを作って、クロビスの所に持っていく。
「お兄様!これはどうかしら?」
「うーん、形はすごく良いんだけど、色がなぁ……」
クロビスは紙とペンを取り出して、実物通りの図案を描いていく。
「三色じゃなくて、同系色の二色でグラデーションのように見せればいいんじゃないかな?ここは赤色で、ここから紫が混じるようにして…」
「ああ、それは素敵かも!」
「でもこの形は綺麗だね。すごく好きだよ」
一応アリゼは発案者ということで、新しいつまみ細工のレシピを産み出そうとしているのだが……何せセンスが独自すぎる。まぁぶっちゃけゴテゴテとももっさりともしているおかんアートの感覚の持ち主だ。
そんな雰囲気のものが、クロビスが手を加えると一気に洗練された雰囲気になる。それが非常に好評で、みんなが食い付いていくのだ。
この二人の連帯プレーのおかげで、ギルベール領のつまみ細工は年々知名度が上がり、いわゆる"伝統工芸品"として根付きそうな雰囲気をしていた。始まって数年で"伝統"はおかしい話ではあるのだが。
そして今はギルベール家はつまみ細工を卸す用の商会を作り、各方向に販売している。
おかげで大分懐が潤うようになってきたし、アリゼとクロビスを繋ぐものになっていた。
(はぁ、今日も疲れた……)
もう夕刻になり、机に向かっていたアリゼは大きく欠伸をする。
そして……いつも疲れた時に思うことがある。
(スイーツが食べたい!!)
と言うのも、この寒冷な土地の主食は──じゃがいも。
そう、芋なのだ。
確か前世の世界でも、ヨーロッパや特に寒いアイルランドやフィンランドなどの土地は、じゃがいもが主食だとは聞いたことはあった。
でもここは主食を通り越して、米や小麦が存在しないのだ。どうやっても見つけることはできなかった。
ヨーロッパもどきが舞台やったら普通パンが出てくるやろ……なんていうアリゼの常識は、ここには通用しないらしい。だけどなぜかトウモロコシとライ麦が存在しているのは、この世界の最大の謎と言える。
そう言えばあの原作では、サロナ王女はギルベール領を『芋領地』なんてバカにしたように言ってると思っていたが、現代日本で言う米所と同じような意味だったらしい。
いち早く桑畑から芋畑へ転用を図ったギルベール家は、下位の伯爵家ながらこの国の食料事情を左右するほどの担い手となっているんだという話を聞いたこともある。
ちなみにトウモロコシはほぼ隣国からの輸入なので、手に入れることは難しい。
ライ麦は領地内でも収穫はされているし、ライ麦パンも存在はする。だがそもそもライ麦は酸味があるのでスイーツには向かない。それに生産自体も少ないので、アリゼが実験して使いまくるのも気が引ける。
(米や小麦を探してくる?いや、 無理か……)
もはや小麦を探し出して、儲けた方がいいんじゃないか。そう考えたこともあるが……そもそも生い茂る草の中から確実に、小麦が見分けられるかは怪しい。
もうこうなったら、小麦に詳しい人の転生を待つしかないのだろうか……とも思っていたりする。
(芋も飽きるんだよなぁー)
もちろん前世でもじゃがいもは食べていたが、あくまでおかずとしてだ。主食と言えば米や小麦だった。
だから未だに主食が『芋』ということに関しては違和感があり、前世の感覚が抜け切れていない。
スイーツはないが、せめて果物ぐらいは拝借させて貰えないだろうかと、アリゼはキッチンに向かう。
ちょうど夕食の準備中で、キッチン内ではみんな色々と慌ただしく動き回っている。
その中で──ふと、調理途中のボールが目に入った。
「これは?」
「ドラーチを作るんですよ」
ドラーチとは、じゃがいもをすりおろして焼くもので、いわばじゃがいもパンみたいなものだ。
ボールの中ではすりおろされたじゃがいもが、見事に分離されているのが見えた。
(あ……!)
そこでアリゼは閃いた。
早速書斎に行き片っ端から本を見るが、それが詳しく書かれているものはなかった。
だから──あの人の助けを借りることにした。
「カリーヌ、いいかしら?」
「何でしょう?」
「ちょっとお願いがあるのだけれど」
きっとカリーヌならば何とかなるはずだと、アリゼはカリーヌを呼び止める。
そして隣国ストルティー帝国の、料理に関する本を開いた。
「この本にトウモロコシからできた粉を使う料理があるのだけれど、何か知らない?」
「あぁ、聞いたことがあります。コーンラウアという名前だったかと。私は実物を見たことは無いのですが」
実はカリーヌの家は、大きな商家なのだ。
滅多に手に入らない外国の物も沢山扱っている。
「そのコーンラウアのことについて、色々調べて欲しいのだけれど」
「と言いますと?」
「それが芋でできないかなと思ったの」
色々でんぷんが…とか説明しようと思ったが、多分ここにはでんぷんと言う概念は無さそうだった。
「一応同じ主食だし……」
そんな少し濁した感じで伝えてみることにした。
何か怪しまれないだろうか……なんて思っていたが、カリーヌは感心したようにアリゼを見つめる。
「すごい考えですね!天才です!!」
カリーヌはアリゼの手を取って、目を輝かせていた。
「わかりました、早速実家に問い合わせてみますね!」
ともかく、カリーヌの協力は得られることになった。