フラグへし折り作戦2
温室を出て、アリゼは一人考える。
(プルメリアの花、か………)
確かにあの花はすごく綺麗だ。だけど前世でも花を咲かすことができずに苦労した事も覚えている。
アリゼの前世は、田舎で暮らす普通の女子だった。いや、田舎……と言うか、ど田舎と言った方が正しい。
だから無駄にガーデニングやハンドメイドと言ったことをやるように、と言うか……もはや村のお年寄りと、それぐらいしかやることはないような場所だった。ぼんやりとしか覚えていないけど、プルメリアやハイビスカスも育てていた記憶があるので、恐らく温暖な地方だったのだろう。
だからかネットが開通し、パソコンを与えられると世界が変わった。まぁそこで傾倒したのがBLの世界だったのは何とも言えない話であるのだが。
(確か肥料の配合とかもあったけど……結局は"気温"だったよなぁ……)
はぁとため息が漏れる。
結局の所、ここはプルメリアを育てるのに向いてなさすぎるのだ。
雨も少ない。気温も低い。
亜熱帯地方のプルメリアは、命の維持だけで全てを持っていかれる訳だから、花なんて付けれる筈はないのはわかる。
それでもクロビスに、プルメリアの花を見せてあげたいなという思いは沸き上がっていた。
何せアリゼは実物を知っているのだから。
それよりも……クロビスからの株を上げたいという邪な思いの方が強いのだが。
(でもどうやって……)
うーんと頭を捻りながら、色々考えを巡らせる。
実物のプルメリアは、まず見ることすら無理だろう。だから代替品で何か無いだろうかと考える。
(あ……しまった)
ふとドレスの裾に、汚れがついていることに気付く。きっと温室を歩いた時に泥が跳ねたのだろう。
怒られるのはさすがに嫌なので、しゃがんでハンカチを取り出した──その時だった。
(ああ!!)
真四角の折り曲げたハンカチを見て──前世でやっていた"あれ"を思い出す。
あれだったら……プルメリアの花が作れる筈だ。
早速アリゼは自分の部屋に帰った。
そしていそいそと自分のハンカチを……ビリビリと鋏で切り始めたのだ。
(これぐらいでいいかな?)
四センチ程の真四角に切っていき、大量の正方形を作る。そして母親の部屋にひっそりと忍び込むと……化粧道具の中から、ピンセットを拝借した。
(あとは接着するもの……何かないかな……)
ボンドぐらいは欲しい所だが、この世界には存在しないらしい。せめて糊が欲しいが、ここは米が無いらしいので作れない。
変な所で異世界感はないなぁ、と思いつつ。
とりあえず父親の書斎に忍び込み、シーリングワックスを拝借してくることにした。手紙などの封蝋に使う、あの棒の蜜蝋である。
(これで行けそう、かな?)
まずアリゼは、シーリングワックスを正方形の布に塗り込むことにした。ピンセットを使って、四辺に塗り込んでいく。
そしてそれを折り曲げていき……最後にギュッと密着させた。
すると見事な"つまみ細工"の花弁が完成したのだ。
(よし、仮止めはこれで大丈夫!)
意外と加熱をしなくても、仮止め程度であれば押さえるだけで問題は無さそうだ。
それを五枚作ると、適当に拾った木の実にワックスを垂らして素早く花弁を押し付けて行った。
まさか集めていた木の実が役に立つとは、とアリゼはしみじみと感じている。
元々前世はハンドメイドが好きで、雑貨などを手作りしていた。まぁ出来るものは、どちらかと言えば"おかんアート"と呼ばれるのが多かったけれど。
だから無駄に色んながらくたや拾い物をコレクションしていたし、無駄に家の色々な道具を拝借して工作をしていた。さすがに金・銀製品を持っていくと怒られたが、もう今はそれ以外であれば余程のことがない限りは怒られない。
(あーやっぱ楽しい)
ピンセットで形を整えながら、ちまちまと花弁を張り付けていくと……つまみ細工で、見事なプルメリアの花が完成した。それをいくつか作って、ボールブーケのように丸くつなぎ合わせてみることにした。
そして出来たのは、アリゼの掌に乗るぐらいの、小さなプルメリアのボールブーケ。
まぁ初めてにしては上出来だと、一人で満足していた。
「お兄様、見て!」
そして早速、アリゼはクロビスの部屋を訪ねる。
「アリゼ……それは?」
「ふふっ、お兄様にプレゼント。作ってみたの!」
クロビスは釘付けになって、そのプルメリアのボールブーケを見ている。
目を見開いて、無表情のまま。
いやこれは…失敗したのか?と少しアリゼの額に汗が浮かぶ。
すると次の瞬間──クロビスはアリゼの手を取って走り出す。
「今すぐお父様に連絡する」と言って。