この世界は誰のため?
いよいよラストです。
──アリゼが帰国して一ヶ月が過ぎようとしていた。
窓辺に佇むアリゼは、流れる雲を目で追っていた。
最近は何をしても上の空で、いまいちやる気が起きない。
(お兄様……)
と言うのも、クロビスからは丸一ヶ月、何も連絡が無いのだ。クロビスのことを思うと、はぁ……とため息が漏れる。
「お嬢様、仕上がりましたよ」
アリゼに声をかけたのは、ギルベール家でメイドとして勤めていたカリーヌだ。
カリーヌが焼けたばかりの試作品のクッキーを持って、アリゼの前に差し出す。
「いい感じの模様に仕上がりましたね!さすがお嬢様です!」
そのクッキーは、黒、赤、黄色、の綺麗なストライプ模様に仕上がっている。
これもアリゼが考案した、野菜や果物を利用してカラフルに色を付けたものを、綺麗に棒みたいに積み上げカットし模様を出したのだ。
アリゼは一つ摘まんで、口に入れる。
「うん、これでいいわね」
「ありがとうこざいます!」
「よろしくね。これが看板商品になる予定ですからね、店長」
そう言うと、カリーヌは照れくさそうに微笑んだ。
実はこの場所は、アリゼがオープン予定の店なのだ。本格的なオープン予定日は来月、アリゼの結婚式が終わり落ち着いた頃を予定しているが、もう城にはちょこちょことお菓子を卸している。
そしてここの店長は、カリーヌに頼むことにしたのだ。
カリーヌ本人のやる気や長年アリゼと共にお菓子を作り続けてきた経歴もそうだが、カリーヌの実家である商家の情報網、流通網を頼ることにしたのだ。
その例の雑草から精製した"小麦粉"は、カリーヌの実家の力を借りて各方面へ輸出できる見込みも立った。
「それでお嬢様、この商品の名前は?」
カリーヌの質問に、アリゼはにっこりと笑う。
「店名と同じ『キャンディー ストライプ』よ」
その名前は、アリゼとクロビスが咲かせようとしていたプルメリアの名前。
そしてアリゼがプロポーズされた時に、受け取ったプルメリアの名前だった。
*
「確かにそろそろ連絡ぐらい、来てもいい頃だな」
向かい合わせに座ったヨエルも、そう呟いてため息を漏らした。
「せっかくこんなにも素敵なドレスが仕上がったのだから、早く見て貰いたいな」
ヨエルは部屋の片隅に目を向ける。
アリゼの自室の奥にあるトルソー。そこに着せられているのは──真っ白なウエディングドレス。
先程仕上がったばかりの、ウエディングドレスだ。
ヨエルがわざわざ届けに来てくれたのに、アリゼは浮かない顔をしてしまう。
「……まさか、とは思ってるんですが」
ひょっとして……皇帝にあんな失礼な提案をしたのだ。処分されたとしても、おかしくはない。
ヨエルは伏し目がちに紅茶をすすった。
「……そうなると悲しすぎて気が狂いそうになる」
(えっ?!)
まさか……ここでフラグなのか?!と一瞬焦ったのだが。
「ずっとあなたは泣いて過ごすでしょう?そんな日々を想像すると、すごく苦しい。だから生きてて貰わなければ困る」
少しほっとしたのと同時に──ヨエルのアリゼを思う言葉に、思わず涙がポロリと落ちた。
「大丈夫だ、クロビスは強い人だと信じている。信じて待とう」
「……はい」
ヨエルはアリゼの手を力強く握った。
アリゼも握り返し──ちゃんと気を確かに持ってクロビスを待とう、そう決めた。
その瞬間だった。
(ん?どうした?)
何故か屋敷内をバタバタと人が駆け回る音がする。
ガヤガヤと騒がしい人の声も近付いてきたかと思えば──部屋のドアがドンっと開いた。
「アリゼ!」
「お、お兄様……!」
扉を開けたのは──クロビスだった。
「アリゼ、無事帰ったぞ!寂しくなかったか?私はすごく寂しかった!」
クロビスはアリゼに抱き付く。
アリゼもほっとしたのも束の間、ヨエルがすごい顔で睨んでいることに気付き、何でこんな時にも二人が花火散らしとるんじゃと呆れる。
「お兄様そろそろ……」
アリゼがクロビスを離した瞬間、後ろに居る人達が目に入る。
(何事?!)
そこに居たのは、サロナ王女。それとイズリアル首長の秘書、ローマンであった。
*
そして改めて、今までの流れが説明されることになった。
「改めてアングラード公爵にも説明するが、私とイズリアル首長の二人でストルティー帝国との交渉に行っていた。交渉内容は『もう一度インリアの独立を認めて貰う』ことだった。ニグルム地方を帝国に編入させる見返りに、アブルムとビリデの二地方の独立を認めて欲しいという交渉をしていた」
そう、アリゼが聞かされていた計画は、帝国派の支持が多くエネルギー資源になる炭鉱があるニグルム地方を帝国に譲る代わり、もう一度インリアの独立を認めて貰うように交渉することだった。
確かにあの炭鉱の使用料は、大きなインリアの収入源だ。
だが小麦粉を流通させることでお金を獲得できる見込みが立った。その獲得した金でビリデ郊外の石炭の発掘調査に充てればエネルギー資源も確保できる。
だから"小麦"の存在が帝国側に広く周知される前に独立してしまおうと、そういう計画だった。
「だが当然皇帝はうんとは言わなかった。特にインリアは皇室の血が入っているから傘下に入る程度で済んだし、以前独立を保てていたのも皇室の血が入った同胞だったからだというのが言い分だった。だからイズリアル首長が亡くなると、同胞ではなくなると」
イズリアルには子が居ない。
だから亡き後に側近から後継者を選んだとしても、皇室の血が一切入らない"他人"だから、実効的支配にも乗り出す決断はできると、そう脅されたそうだ。
──そう聞かされたクロビスは、こう答えたそうだ。
『私がおります』と。
『私であれば文句は無いでしょう』と。
「一応ギルベール伯爵家はお父様で何とか回していけるだろうし、あと何年か経てばマルセルも戦力になるだろう。まぁ商会の仕事はあるが、インリアとの調整は必要だから近いうちに私はインリアに行こうと思う。それでちゃんと成果を出して受け入れられたら、イズリアル首長の後継者として養子に入ることにしようと思う」
ということは、将来的にはクロビスが首長になる……と言うことで。
「インリアはお兄様の国になる、ってことですか……?」
「そうなるな」
「ええっ!?」
まさかの物語のヒロインの結末が──『国のリーダーになる』と言うことだったとは。
「一応ここの陛下にも許可は頂いた。いきなり他国の首長になると言っても、ちゃんとこの国には恩を感じているし、裏切る気は全く無いことを示す予定で、行ったのだが……」
「『だが』……って?」
両陛下からは意外な言葉を言われたそうだ。
『だったらサロナを一緒に連れていけ』と。
「サロナ王女を大使として派遣し、インリアで怪しい動きがないか監視すると」
(……ん?)
「次の辺境伯は王弟が内定したんです。もし私に危害が及ぶような事がありましたら、すぐに辺境伯の騎士団がインリアへ攻め入りますわ」
確かに王弟は、人一倍サロナの事を可愛がっているとは聞いているが……何か不自然すぎないか?と。
そんなサロナを危険に晒し……と考えた所で気付く。
(いや、絶対両陛下気持ち知ってるー!)
サロナのにんまりとした笑みを見ていると、きっとそのつもりでサロナを行かせることにしたんだろう。
(何か結局、この世界って……)
アリゼは結局、この世界は──クロビスの為の世界なんじゃないかと。
彼がヒロインとして輝ける場所を作る世界なんじゃないかと、そんな事を思ったりしていた。
*
そして時は流れ、ついにその日を迎えた。
昼下がりの柔らかい光が差し込む部屋に、支度を終えたアリゼは白い豪華なドレス、白いベールに包まれていた。
「やばいな、美しい」
アリゼを前に、クロビスが目頭をハンカチで拭いながら、肩を震わせている。
「やっぱりこんなに可愛いアリゼを公爵家なんかに嫁に出すのは反対だ。可愛すぎてきっと皆にいじめられ……」
「公爵家なんかに、とは何ですかお義兄様?可愛すぎて困ることなんてないですよ。私の妻はそれぐらい可愛らしい人が似合いますよ、お、に、い、さ、ま」
颯爽と現れたヨエルが、勝ち誇ったように笑う。
クロビスが眉間に皺を寄せて睨み付けると、火花を散らす睨み合いに発展した。
(おいおい……)
こんな時に二人とも……と思うが、そう言えば元々はこの二人が『運命で結ばれた恋人』だったよなぁ、と。
(ひょっとしたら、だけど……)
アリゼが介入しなければ、ヨエルが"愛を貫く主人公"だった筈だ。
全てを捨てても愛に生きる、『ヒロインに相応しい相手』だ。
そんな彼は今、愛の為に全てを捨てる必要もなく、ある意味これから先は普通に"公爵"としての人生を歩むことになるだろう。
(……主人公に、なり損ねてしまった?)
もしこの世界がクロビスをヒロインに仕立てる世界なら──きっと今はサブキャラ同士による結婚式だろう。
妹を嫁に出す悲しみに明け暮れているヒロインだと、そう思えば思うほど、この状況がしっくりと来るのだが。
「皆様、準備はできましたか?」
神父が呼びに来ると、ヨエルは跪いて手を差し出した。
「行きますよ、世界で一番愛しいあなた」
にっこりと微笑む顔は美しくて──でもどこか安心する顔で。
確かに彼は、この世界ではもう主人公になれないのかも知れない。アリゼだって彼と結婚するからと言ってヒロインには到底なれないだろう。
だけどアリゼは、この人の隣に居るのは自分でありたいと思う。
主人公じゃなくても、ヒロインになれなくても……これからも二人で力を合わせて、生きていきたいのだ。
「行きましょう、旦那様」
そしてアリゼは、ヨエルの手を取って歩きだす。
自分の選んだ、未来に向かって。
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