帰国してから
*
「そっか、グレコワール卿が……」
報告を一部始終聞くと、ヨエルはがっくりと肩を落とし項垂れた。
アリゼが帰国すると、早速ヨエルがギルベール家の屋敷を訪問してくれたのだ。
「遺骨は無事、ペトラ夫人や家族の元に届けさせていただきました」
帰る途中には、ペトラ婦人の元に寄った。
骨が入った小さな箱を見た瞬間──ペトラ夫人は泣き崩れていた。
丁寧に保管した遺髪を愛おしそうに頬擦りしている姿を見ると、その場に居た全員が泣き崩れていた。
「今、お兄様が陛下に謁見しています。これで一段落するとは思います」
これでベッティーニとストルティー帝国の癒着の件。
インリアで起こった騒動。
その殆どが、一度落ち着く見通しが立ったはずだ。
「非常に大変だったな、アリゼ」
「無事に帰ってくることができたのは、あなたのおかげです。あなたからの手紙に勇気付けられたんです。だから絶対に、帰ってこようと思ったんです」
そこまでの危険は無い旅ではあったが、勿論心が折れそうな時はあった。
特にあのグレコワールの騒動の時は余計に。
それでもしっかりと自分を保てたのは──ヨエルか待っていたからだ。
絶対にヨエルの為に生きて帰る。そう強く思っていたからだ。
ヨエルは照れたように、頬を染めて口角を上げる。
「急いだ甲斐があった」
アリゼも思わず目を細めた。
「それで、あなたにも見ていただきたいものがあるんです」
アリゼはワゴンに乗せてあったパンを取り出し、ヨエルの前に出した。
「これは?」
「インリアで繁殖している"雑草"から作ったものです」
パンを前に沈黙する二人。
ヨエルは一瞬だけチラッとアリゼを見ると──そのまま勢いよくかぶりついた。
アリゼはその様子をじっと見つめる。
「……どうですか?」
「………」
「……そうなりますよね」
ヨエルは神妙な表情で手に取ったパンを眺めている。
ここ最近、そのパンを食べた人達は皆そんな表情をしていた。そして次に言うのは──
「旨すぎる」
ヨエルはものすごい血相で身を乗り出す。
「これが雑草?!雑草なのか?!」
「はい、ライ麦に非常によく似た雑草なんです。向こうの主食のお粥にすると、美味しくないから避けられていました。でも一旦粉に曳いてみると、すごく美味しいことがわかったんです。これで私はあの芋からの粉も混ぜて、ビスケットを焼いてお菓子を作ってみようと思ってます。この粉は貴重なので、混ぜた方がコストはかからないと思ったんです」
今の段階で、その粉──アリゼも『小麦粉』と名付けようと思っているもの は、まだインリアでも量産化はできない。これから栽培方法を確立させるまでにも数年はかかるだろう。
だからちゃんと安定した量が収穫できるまで、"何か"と混ぜながら使用するのが一番なんじゃないかと思ったのだ。
すると誰かが部屋のドアをノックする。
ドアを開け現れたのは──クロビスだ。
「お兄様」
「今戻った」
そして一度ヨエルをチラッとだけ見ると、深々と頭を下げてアリゼの隣に座る。
「アリゼから大まかなことは聞いている通り、ベッティーニ家のことについては近い内に王家から説明があると思う……恐らくディエゴ卿には処分が下る。一応、あなたは親戚に当たるのだから聞く権利があるし、聞かなければいけないと思う」
「覚悟はしている」
ヨエルはきちんとクロビスに目を据える。
親戚を失っても、この国を背負う"公爵"としてブレない。そんな決意を感じた。
「今日はあなたに、一つ頼みがある」
クロビスが懐から取り出したのは、小さな麻の袋。
中には茶色い小さな実が、ぎっしりと入っている。
「これは?」
「インリアに生えていた"強害雑草"を脱穀したものの一部です」
「……これか」
ヨエルは手に持っていたパンを指した。
「何度かアリゼが試してみたが、どうも殻が固くて曳くのに時間がかかる。そこで、あなたたち公爵領の技術者の力を借りたい。これを早く曳ける機械を、インリアに売って欲しい」
「……見返りは?」
「アリゼと話し合ったが、最初はこの粉の買い付けは全てギルベール領の方で行う。一旦アリゼが出店予定だと言う店に卸す形にし、そこから各方面への輸出になるだろう。失敗しても最低公爵領の方は採算が取れる計算だ」
この粉の買い付けは、ギルベール家にとってもある意味博打だ。
でも『店』という受け皿はあり、いざとなれば消費できる。勿論失敗する可能性もあるが、最初に確保しておくのは悪い判断ではないはずだ。
「それにこれが上手く進めば、アリゼとの結婚を認める」
「お兄様……?」
まさかの言葉に、思わずごくりと息を呑んだ。
クロビスからは一度も、そんな話は聞いたことがなかった。
「インリアの首長家、ストルティーの皇室の血を引く者が、王家と縁続きの公爵家にいる。それだけできっと有利にはなる……これからの、対ストルティー帝国に向けての」
ヨエルはふっと柔らかい笑みで笑う。
「確かに、今からは帝国に喧嘩を売る形になりそうだな」と。
「喜んで引き受けよう」
そして立ち上がり、手を差し出す。
クロビスも手を差し出し、二人はがっちりと握手を交わしていた。
久しぶりになってしまいました………!
ムーンに話投下&プロット組み直ししてたら、こんなにも開いてしまいました。
それで実は、あと二話か(長くなれば)三話で終わります。最後まで頑張りたいです……!