最期の別れ
そしてしばらくすると、二人はグレコワールとの対面が許された。
ローマンに連れられ、屋敷に併設された教会の裏の部屋に案内される。
グレコワールは血は全て綺麗に拭き取られ、白い衣装を身に纏い、棺の中で静かに横たわっていた。
「今朝、夜勤だった同室の者が部屋に戻ると……既にあの有り様だったそうです」
「犯人に心当たりは?」
「ありません」
ローマンは顔を伏せた。
「……残念ですが、彼の荷物も殆ど無くなっています」
二人は確信していた。
帝国側の内通者が、全てを処分したのだと。
いずれはグレコワールにも手が伸びてくるだろうとは思っていた。だが予想よりも動きは早かった。
そんな悔しさと──はっきりと亡骸を確認したことで、グレコワールを喪った悲しみが一気に襲ってくる。
「本来であれば火葬して、騎士団用の合同墓地に埋葬される予定なのですが……彼は身寄りが居ない亡命者だの聞いていますので……」
「私が責任を持って、彼を家族の元に帰しましょう」
そう言ってクロビスは、グレコワールの顔を覗き込む。
血の海のような無惨な部屋だったが──それに対し、彼の死に顔は穏やかだった。
「火葬しなければなりませんよね?」
アリゼがそう聞くと、ローマンは「しなければならない、という訳ではありませんが……」と言って考えている。
「そのままの状態を保持するのには大量の氷が必要ですね。だが今の時期、そんなに大量の氷は手に入りませんし、ここは腐敗の進みが速いので、明後日が限度でしょう」
ここから辺境伯領までは、いくら国境とは言え三日はかかる。
ましてや棺を運ぶとなると、それ以上かかってしまう。だから彼の体は保持できないだろう。
アリゼはナイフを取り出すと、グレコワールが首の横で結ってある髪を掴む。
そして結われてあった紐ごと、ジョキっと切り落とした。
「せめて遺髪だけでも、そのままで届けさせていただきます」
髪を結っていた紐は、濃いグリーン。
その色は──ペトラ婦人の瞳の色と、同じ色をしていた。
彼が家族をどう思っていたかなんてわからない。
だけど最後まで肌身離さず、この色を付けていた。
きっとそれを知るだけでも……ペトラ婦人にとっての救いになるのではないかと、そう思ったりしていた。
そして翌日になり、グレコワールの葬儀がしめやかに行われることとなった。
アリゼとクロビスも、騎士団の同僚に混じり参列した。もう今更、彼の関係者であることを隠す必要は無いと思ったのだ。
葬儀は棺が安置されてある敷地内の教会で。
初めて足を踏み入れた礼拝堂は、まるで前世で見た寺院のような造りをしていた。
そして最期のお別れを済ませると、棺を乗せた馬車はゆっくりと、町の外れにある火葬場へと向かう。
参列者はその後ろを、太陽が照らす中でも蝋燭のランプを持って続く。
これはアリゼが前世で見ていた『野辺送り』に似ていて、所変わっても同じような寺院が建てられ、同じような風習が生まれるんだな、と少し感心していた。
山の麓にある火葬場は、まるで窯のような形をしていた。丸いドームのような煉瓦の小さな建物で、大きな煙突がついている。
アリゼ達は手を静に合わせて、棺が中に入っていく様子を見ていた。
そして炎がぼうっと燃え上がり──煙突からは、煙がモクモクと立ち上がり始める。
──これで彼が家族の所に帰ることができれば……。
なんて、アリゼはそんなことを思っていた。
*
火葬が終わるまでの間、アリゼとクロビスはアブレクに連れられて、近くを見学することにした。
山の麓には畑が広がっているが……どこも荒廃して、雑草がぼうぼうに生えている。
正直、異常とも言える程だ。
「すごい荒れようですね」
「はい、どこもこんな状況です。最近、ライ麦の発芽率が少なくなっていて、畑を満足に埋めれるほどの苗を確保できないのが現状なんです」
アブレクは、寂しそうに遠くを見つめている。
「だからか、インリアを出ていく人が後を断ちません。それでも私は、夢見たいんです。いつかはストルティー帝国から独立し、インリアが再び国家になることを。もう一度私達インリア人だけで、国家を作りたいのです」
クロビスは荒れた畑に生えている草を、じっと眺めている。
「これはライ麦ではないのですか?」
「ええはい、全く別物の植物です」
確かによく見ると、ライ麦にも見えなくはないような植物ではある。
だがライ麦に比べれは、ヒゲは大分短いし、色だって微妙に違う気がしている。
「この植物はライ麦よりも強い生命力で、ライ麦を駆逐する勢いで増えています。それが正直、インリア全体での悩みの種なんです」
「確かによく見ると、ライ麦ではないな」
二人のやり取りを尻目に、アリゼはふと思い出していた。
前世での"ライ麦"の成り立ちを。
前世の世界では、ライ麦は元々雑草だった。
小麦畑に繁殖する雑草のうち、小麦に似た個体が除草されずに残り繁殖し、さらに小麦に似た個体が残り……を繰り返して、雑草は小麦に似たライ麦の姿に進化して行った。
正直確証はない。
だけど、ひょっとして……と考えたのだ。
(これ……小麦じゃない?)




