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フラグへし折り作戦

「お兄様!お兄様!」

アリゼはクロビスの部屋を訪ねると、真っ先に机に座る彼のもとに駆け寄った。


「…何だい?アリゼ」

「絵本を読んで欲しいの、お兄様に!」

「…えっと、ちょっと待ってくれるかい?」


とりあえず、アリゼがフラグを折るために始めたこと。

それは──兄クロビスとの距離を縮めることだ。



小説の中では、クロビスは家族から孤立していた。故に後に裏切られるメイドのカリーヌを慕うことになっている。

なので……そこは妹である自分が距離を縮めればいいじゃん!という発想に至ったのだ。



実はここ最近、父ベルトランはこの王都の屋敷に帰ってきていない。どうやら領地で大変な騒ぎがあったとかで、数ヶ月も不在にしている。


そしてその間にも、この屋敷では不穏な空気が漂い始めていた。と言うのもアリゼの母ジョシアーヌの、クロビスに対する嫌がらせが増していたのだ。

なるほど。これがあの"家族から孤立するクロビス"の始まりか。なんて思っていたりしていた。


元々ジョシアーヌのクロビスに対する当たりは強くはあった。

と言うのも元々ジョシアーヌは、幼い頃からベルトランのことが好きだったのだ。それにクロビスの実母は子爵家の出身で、侯爵家出身のジョシアーヌにとっては『自分より地位が下の癖に』と目障りな存在だったらしい。

だからまぁ、使用人も"格上"から嫁いできたジョシアーヌには逆らえなかったというのもある。



でも正直──ジョシアーヌがクロビスをいじめる理由も、わかる気がするのだ。


クロビスは心優しく、真面目な人だ。

ジョシアーヌの八つ当たりとも言える言葉を真正面から真面目に受けとる。そしてその時の心から悲しんでいる顔が……まぁぶっちゃけ言うと、すごく美しいのだ。



(あーこれはいじめたくなるわ……)

悲しみをぐっと堪え潤んだ瞳も、口を曲げて食い縛っている表情も──ぶっちゃけどのヒロインよりも輝くぐらい、美しい。

あぁこりゃ正真正銘のヒロインだわと、一人で納得していたりしていた。



しかしアリゼはクロビスと仲良くなり、フラグを折っておく必要がある。あの綺麗な顔を拝む為に、いじめている場合ではない。

幼い子ならではの無邪気さを盾にグイグイとクロビスの元に通い続けているが、勿論クロビスは警戒している模様だ。




「このお話の王子さまはね!お兄様にそっくりなの!」

そう言ってアリゼが持って行った絵本は、南の国の物語。

黒髪の王子が世界を救うという物語だ。

実際もこうなって欲しいのだが。妹を救ってくれ兄よ、とアリゼは願っている。


「でもね、王子さまより…お兄様の方がかっこいいかも!黒髪で、琥珀色の瞳がとっても素敵」


この国では黒髪は大変珍しい。

と言うのも、あの物語の通り先代の妻─つまり、アリゼの祖母は他国の貴族出身のご令嬢。一方的に押し掛けるようにやってきたのだ。クロビスの黒髪は、この祖母と同じ色だったりする。ちなみにアリゼもこの国の中では暗い方だ。



「……お前は、気持ち悪くはないのか?」

「はい?どうして?」

「異国の髪の色を、気持ち悪いと思うのは自然なことだろう」

「いえ全く!お兄様は誰よりもかっこいいです!」


実際クロビスは……さすがヒロインと言った所か。

実の母に似て端正な顔立ちはさることながら、サラサラの黒髪に、透き通るほど綺麗な琥珀色の瞳が、より彼の魅力を増している。

実の妹が見惚れてしまう程だ。


「あぁ、でも今からお兄様がご結婚されることを思うと、アリゼはすごく寂しいです。お兄様を独占できなくなってしまいますもの」


白々しくそう言うアリゼに、クロビスは取り繕ったような笑いを浮かべている。まぁ、どこからかの差し金だと目論んでいるのだろう。

でもアリゼは気にしないフリをして、ごり押しでクロビスの元に通うのだった。



しかしいくら通えど、少しづつ距離は縮まってはきているが、あまり目立った効果はない。

どうしたもんかと頭を抱えていると──庭の片隅にある温室で、クロビスがぼうっとしているのを発見した。



「お兄様!」

アリゼが温室に入っていくと、クロビスは驚いた顔をする。

しかしすぐに顔を背けては「危ないし早く出なさい」と言って、そそくさ出ていってしまった。


温室を見渡してみると、掃除はされているが殺風景だ。雑草だけが生い茂り、至るところに枯れ草も見られる。



「……お嬢様?」

声がして振り向くと、そこに居たのはメイドのカリーヌだった。


「カリーヌ、何を?」

「お嬢様、これはえっと……」


カリーヌは小さな鉢に水をあげている。

それはこの世界では一度も見たことがないものだったけど、微かに記憶の中にあるものだ。


「プルメリアの木ね」


長細く鮮やかな色の葉は、この寒冷な土地では見たことがない。

だけどはっきりと覚えている。少し細いけれど、美しいプルメリアの花が咲く木だ。



「……はい、申し訳ございません」

「どうして謝るの?」

「いえ奥様は、この木がお嫌いみたいですので…」

「どうして?」

「えっと……元々この木はクロビス様の実のお母様、ターニャ様が大切に育てていたものなのです……」


あぁ、なるほどと納得はする。

処分したいけどできない、前妻の形見的なものなのかと。


「私は好きよ、この花。お母様はもったい無いわね。こんな綺麗な花が嫌いなんて」

「お嬢様、この花を見たことが…?」

「い、いや、無いけれど…絵本に出てくるの。それで綺麗だなーって思っていたのよ」


ここは寒冷地で、冬には雪が積もる。

なので熱帯花木であるプルメリアの栽培には適していないだろう。

だけど何となく前世の記憶では、このプルメリアを育てていた記憶がある。広い庭に咲く白い花が美しかったのを覚えているのだ。



「お母様は本当に勿体無いわ!どうしてこんな綺麗なものを嫌うのかしら。それにお兄様のことも。アリゼはお母様より優しいお兄様の方が好きだわ。あ、お母様には内緒にしておいてね」


そう言うとカリーヌは肩を竦めて笑った。

そして「奥さまには内緒ですよ」と言って、昔の話を始める。


「この木は昔、あなたのお祖母様…オレーシャ様が持ち込んだものの差し木なのです。オレーシャ様は増やして花を咲かせることを夢見てましたが、結局この寒い土地では満足に育てることすらできませんでした。それをターニャ様とクロビス様が引き継ぎ、育てていたのです」


カリーヌは目を細めて、そのプルメリアの木を見ている。遠い昔の二人を思い出しているのだろうか。



「昔一度だけ、咲いたことがあるんです。ターニャ様が病に伏せる少し前でした。もう一度クロビス様にプルメリアの花を見せてあげたいと思っているんですが、上手く行きませんね」



そう言って、ほんの少しだけ口角を上げるカリーヌ。きっとクロビスがカリーヌに懐いたのは、亡くなった母親のことを一緒に思ってくれるからだろう。

遠い日のクロビスと母親を思うと、チクりと心が痛んだ。

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