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インリアを目指して

アリゼとクロビスは、早速インリアに向けて出発することにした。

ここギルベール領からインリアに向かうには、数日かけて国境付近まで移動する必要がある。

二人で慎重に地図を見ながら、最適なルートについて協議を重ねた。その結果、王都には戻らずに直接ベッティーニ辺境伯領を目指し、そこからインリア内へ移動することになった。


当然危険を伴うので、同行者は信用できる数人だけだ。移動も道が不安定な場所が多いこともあり、馬車ではなく馬での移動を選んだ。



そしてひたすら移動し続けること数日、インリア国境付近まで来ることができた。

そして二人は──あの人の元を訪ねた。



「クロビス卿、アリゼ嬢、ようこそいらっしゃいました」

そう訪れた二人に頭を下げたのは、ペトラ・ベッティーニ。

ベッティーニ辺境伯の息子、グレコワールの妻だ。



彼女と息子は、以前と変わらず辺境伯の屋敷で暮らしている。

ペトラはいずれは辺境伯夫人として領地経営に携わる予定の人物だったが、辺境伯(義父)が逮捕され夫も行方不明の今、彼女の立場は宙ぶらりんとなっている。

一応辺境伯領は、しばらくは王家で領主代行を担うことになった。本当ならペトラは実家に返すべきなのだろうが、彼女自身はここに留まることを希望している。彼女の実家も王家の血の入った名門家なので、無視することもできない状況なのである。



「体調の方はいかがですか?」

「えぇ、特には問題ありませんわ」


そう笑ってみせるペトラだったが、久々に会うアリゼでもやつれたことはすごくわかる。

特に目の隈はすごく、ロクに眠れてなさそうだった。



「アリゼ嬢にこちらをお渡しするよう、お預かりしております」


そして差し出された手紙は二通。

一つは王家の紋章が入った封蝋の手紙。恐らくサロナ王女だろう。そしてもう一つは『愛しい貴女へ』と宛名に書かれてあるもの。見なくてもわかったが、裏返すとちゃんとアングラード公爵家の紋章が入っていた。



「アリゼ嬢、ヨエル卿とのご婚約、おめでとうございます」


ふふっと微笑むペトラに、アリゼは何とも言えない顔になる。


「ありがとうございます……が、まだ全く話は進んでおりませんでして……」

そしてちらっとクロビスを見ると、凄い血相をしていた。

ドン引きするアリゼに、ペトラは堪え切れず吹き出した。



「クロビス卿は反対なんですね。どうして?」

「そもそも私が結婚してからアリゼを嫁に出すのが筋でしょうに。可愛いアリゼが、あんな名門の公爵家に行くとなると苦労しますよ絶対。あ、アリゼの能力が不足というわけじゃなくて、仕来たりや回りからのプレッシャーの話なんですけど」



ぶつぶつ言うクロビスに、ますます苦笑いが止まらないペトラ。

また堪え切れず吹き出すと、こほんと咳払いをして仕切り直す。



「でも例え"釣り合う者同士"と言われた結婚でも、他人同士が家族になるんですから苦労するのは当たり前ですよ。それを超えて、家族の絆を作っていくものだと思うんです」


目を細めて語るが──次第に目頭に涙が溜まる。


「私はあの人が生きている一報を聞ければ、それでいいんです。その為に、私はここで待ちたいと思うんです」


そう大粒の涙を流す姿に、アリゼもクロビスも胸が締め付けられる思いだった。



そして二人は今日、この屋敷に宿泊することになった。

アリゼはゲストルームのソファーに腰掛けると、真っ先に手紙を開封した。



『親愛なる友人、アリゼへ』

そう冒頭に書かれてあったのは、サロナ王女からの手紙だ。

"友人"という言葉を目にすると、思わず顔が綻んだ。


『綺麗なつまみ細工の花をいただき、本当にありがとう。すごく気に入りました。ギルベール商会の方に、この花と同じものを沢山発注することは出来るかしら?この花に合うドレスを作りたいと思います。できればあなたとヨエルの結婚式で御披露目できればいいと思っているのだけれど、どうかしら?』


笑顔が漏れると同時に、ふと気付く。

(やっぱお兄様の見立ては間違ってなかったんだな……)


クロビスからは『敢えて言わなかくてもいい』と言われたので、デザインをクロビスが修正したことをサロナは知らない。

それでも『似合うドレスを作る』と言っているぐらい気に入っていただけたのだから、クロビスのセンスは間違いなかったということだろう。



最後には身体を気遣うメッセージと、いつでも王家はアリゼの味方だ。インリアで何かあれば王家が味方する、という頼もしい言葉で締められていた。




そしてもう一つの手紙──ヨエルからの手紙を開封する。


実はアリゼがヨエル宛に出した手紙は、サロナ王女経由で渡してもらえるように頼んでいた。

どうせしばらく領地に居るだろうし、しばらく会えないはず。だから王都を離れることだけを知ってもらえたらいいと思っていたので、急ぐ必要はないし返事もいらないという旨を書いていた。

それでもヨエルからの手紙が届いたということは、サロナもヨエルも相当急いでくれたのだろう。



ヨエルからは、インリアへ行くことは正直反対ではあると。アリゼを危険な目には晒したくないのが本音だと言うこと。

でもアリゼなら無事に帰ってきてくれると信じている。帰ってきたら、真っ先に会いに行くということが書かれてある。


そして──もう一枚の便箋には、ここ辺境伯領に関することも。


『先日、王家から辺境伯領をアングラード公爵領に編入する話が出た、が断ろうと思う。確かにディエゴ卿のことは許されることではない。しかし正当な後継者はグレコワール卿であるし、グレコワール卿のご子息だろう』


特にペトラは王家の血を引いているので、グレコワールの息子はいずれ辺境伯の地位を授けるに相応しい人物ではあると。



『だがいずれ教育の為にも、親族の養子に出そうという話が出ている。王家が相応しい人物の選定に入っている。本来であればうちが引き受けるべきであろうが、残念なことに私はまだ未婚だ。今すぐに結婚したい気持ちあるのだが、何せ一番の鬼門はあなたのお兄様であるので、慎重に進めざる得ない状況だ』


真剣な内容であるのだが……内容だけに思わず吹き出してしまった。


そして手紙の最後は『私はいつでも貴女のことを思っている。愛しい貴女へ愛を捧ぎ続けよう』と、愛の言葉が綴られてある。

こっぱすがしくなるような文面だが、机に向かうヨエルの姿を思うと、胸がチクンと痛む。



そしてアリゼは立ち上がり、部屋の暖炉の前に立つ。辺境伯領に関する情報は『ペトラ夫人には知らせず、読んだ後は処分して欲しい』とのことだったので、手紙を投げ入れ燃やした。


ぼーっと立ち上がる炎を眺めながら、以前聞いたディエゴの様子が頭を過る。



『辺境伯はもうダメかも知れん。ずっと譫言のように息子の名前を呟いている』


いつだか面会に訪れたというヨエルは、そう漏らしていた。


確かにディエゴとグレコワールの親子仲は、非常に良好だったと聞いている。

だからディエゴは息子の失踪がよほどショックだったのだろうか。だからインリアの制圧に協力し、息子を探しだそうとしたのだろうか。


──そしてもう一つ、思うこと。

彼は"シナリオ通り"に、アリゼを娶ろうとした。

だけどその通りにはいかず……修正をかけようとしても失敗した。そうなると彼の存在意義は、もうこの世界には無いのかも知れない。だから彼もまたある意味での被害者だったのかも知れない。


そんな事を思うと、100%憎みきれないな……とも思ってしまったのだった。

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