この世界はBL小説の世界でして2
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「単刀直入に聞くわ?あなた、あの人と隠れて会っているのでしょう?」
いきなりヨエルを訪ねかたと思いきや、開口一番でそう尋ねたのは、この国の第三王女サロナ。
公爵家は王家と親交が深く、年も近いサロナとヨエルは幼馴染みの間柄だ。
「あの人、とは?」
「わからない?あの芋領地の嫡男よ」
ギッと睨み付けるようにそう言ったサロナ。
芋領地とはギルベール伯爵領の貴族間での通称だ。
なぜ知っているのかと驚くが、どう誤魔化そうか悩ましい……いや、そもそもなぜサロナが自分を訪ね、聞くのか。
その時、頭に浮かんだこと。
実は昔から、サロナは婚約者候補として名前が上がっていた。アングラード公爵家自体にも何度か王女を娶った過去もある。
ということは……密かにサロナとの縁談が進んでいて調査を行った。そしてこの噂が耳に入り確かめに来たのではないかと。
さすがにここで縁談が進んではまずい。
それにサロナは幼馴染みで付き合いが長い。仲も至って良好で、理解を示してくれるのではないかとも思ったのだ。
なので……正直に打ち明けたのだ。
「ああ、俺とクロビスは……互いに愛し合っているんだ」
その瞬間──紅茶がヨエルを直撃。
サロナがカップをヨエル目掛けてぶん投げた。
「本当に信じらんない!!」
そう言って取り繕う間もなく、サロナは帰っていったのである。
そしてその発言は、間もなく国王の耳にも入った。
男同士で愛し合うということは、跡継ぎが産まれることはないということ。しかも二人とも、長男であり男兄弟は居ない。
王は二人に対して早急に見合いをセッティングする。何なら体の相性だけでもと、数々の令嬢を二人の元に派遣した。
しかし女嫌いのクロビスは日に日に病んでいき、ついには発狂。その事はヨエルの耳にも入り、クロビスを連れて他国へ逃げることにした。
あの『公爵』という爵位を捨ててまでも、だ。
そこで頼ったのは、国境に程近い領地を持つディエゴ・ベッティーニことベッティー二辺境伯。
六十を越えた人で、昔は剣の達人だったらしい。アングラード公爵家とも遠縁の家系で、ギルベール伯爵家とも親交が深い。
貴族にしては珍しく離婚歴があり……と言うのも実は同性愛者で、カムフラージュの結婚に耐えれなかったという過去を持っている人、というのが設定だ。
二人の愛にベッティーニ辺境伯は大変感激し、二人を隣国へ逃がす為に協力をする。
公爵家にはヨエルの従兄弟に当たる人物に継がせるように仕向けることや、ギルベール伯爵家を守ることも約束する。そして二人は未来を託し、隣国へ逃亡した。
ここまでが、その小説の大まかなあらすじだ。
まぁいじめられていたヒロイン(クロビス)の為にヒーロー(ヨエル)が全てを投げ出して新天地で幸せを掴む、というごくありきたりな内容ではある。
ただこの本は飛ぶように売れて……その理由がいわゆる神絵師と呼ばれる人が手掛けた、美しい挿し絵目的で本は売れていた。
アリゼだって、この世界に産まれたからには二人を見守りたい。一番の目の保養になる。
まぁそんな思いはあるのだ
だがしかし……アリゼにとっての問題は、この後日談にあたる番外編なのだ。
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その後両家の後を託されたベッティーニ辺境伯は……なんと、妹のアリゼを自分の嫁にとギルベール家に詰め寄る。
………はい?これBL小説ですよね?同性愛者設定どこ行った?
という突っ込みはさておき。
家の繋がりを強固にする為という名目であり、ギルベール家にもベッティーニ家の後ろ楯が欲しいところではあった話だ。
辺境伯曰く、恐らく何十年としないうちに自分は他界するだろう。なので他界後でも両家の強固な繋がりが保つ必要があるということ。
しかし自分の前妻との一人息子は結婚し子供もいるのでアリゼと結婚させることはできない。なので自分がアリゼと結婚するのが一番丸く収まるということ。それにアリゼもまだ若いので、他界した後は自由に好きな人と再婚すれば良いとのことだった。
まぁその他にも……ぶっちゃけイチャモンを数多く付けてアリゼに結婚を迫ったのだ。
両親もクロビスの件もあり逆らえず、結局アリゼはベッティーニ辺境伯に嫁ぐことになる。
つまりアリゼは、四十以上の歳上の人に嫁ぐことが決定しているのだ。
いやこれBL小説だろ!と突っ込むが、ちゃんとBL要素はあって、それがこのベッティーニ辺境伯の昔話。これがこの番外編のメイン所。
ベッティーニ辺境伯は、若い頃に恋に落ちた相手がいる。十歳ほど歳上で見た目はキリっとした凛々しい好青年だが、繊細で少し気弱な二面性を抱えている人で、そのギャップに惹かれたらしい。そして猛アプローチした末、相手もいつしかその気持ちを受け入れるようになった。要するに…まぁショタ攻めのカテゴリに分類される話である。
しかし相手に、異国のご令嬢が猛烈アタックの末に押し掛けるという事態が発生。
そしていつしか相手の気持ちがそのご令嬢に傾いていき……結局相手は、そのご令嬢を選んだ。そしで自分自身も身を引くことに決めた。そんなメリバで終わる話なのだ。
そして、その恋に落ちた相手と言うのが…ピエリック・ギルベール前伯爵。
つまり先代のギルベール伯爵。
つまり……アリゼの祖父なのである。
そして実はアリゼは、そのお祖父様と瓜二つと言われるぐらいのそっくりな顔をしているのだ。
『ようやく、ようやく手に入れることができる…』
そう言ってアリゼを見つめ、口付けするのが番外編のラストシーンだ。
どこが形式的だ!めっちゃ下心あるやないか!
ていうか…何だその取って付けたようなぶっ飛んだエピソードは!というびっくりな内容だったので、アリゼはこの物語を覚えていたのだったりする。
ちなみにこの番外編ができた経緯として『ざまぁ要素が足りない』『作者得意のショタ攻めが足りない』という読者の声をマトモに受けた結果、こうなったのだろうと推測される。
正直『それは違うわ!!』と声を大いにして叫びたい気分であるが。
いや、勿論アリゼは考えはしたのだ。
クロビスとヨエルの愛を見守り、ベッティーニ辺境伯に嫁ぐということも。
それこそダンディーなイケオジだったら……悪くないかなぁ、うふふなんて妄想をしていたが、その希望は初対面にて、見事に崩れ去ってしまったのである。
『初めましてアリゼ。ディエゴ・ベッティーニと申します』
そう言って微笑むのは…タプタプの顎に無造作に髭を生やした中年の男性。
加齢臭がこれまたタプタプの贅肉の隙間から漂い、動く度にプルンと贅肉が揺れる。
そして下げた頭は……頭頂部は焼け野原状態で尚且つ頭皮はオイリーに輝いている。
(………さ、最悪だ)
正直、頭皮が焼け野原状態はまだ許せる。
許せるが…この長年蓄積された脂肪はどうにもならないのか。いや、どうあがいても無理だろう。
小説では若かった頃は武術に励み、厚い筋肉に覆われた『ガチムチ系』だったと記されていたベッティーニ辺境伯。
その行く末が……まさかのベア系を通り越した、ただのデブだったなんて。
そしてアリゼは、この瞬間決意した。
何がなんでも、この未来を変えてやると。
そしてこの日から、アリゼによる『ざまぁ回避』への奮闘が始まったのであった。