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脱出作戦

アリゼは息つく間もなく、そこにあったランプの頼りない光をかざしながら辺りを徘徊する。

壁がカーブを描いているので、円になっている建物らしい。

一応奥にはソファーがあり休めるようになっているのと、テーブルには水差しなどが置かれている。



奥に広がる壁に沿った螺旋階段を上っていくと、小さな窓があった。


(あっちが母屋か……)

王都の屋敷郡には劣るが、立派な建物の輪郭が窓から漏れる光で浮き彫りとなっている。


更に遠くに目をやると…更に向こうには暗いながらも森らしき影が見える。

ということは、ここは森の中に囲まれた盆地らしい。


(………うっげぇ)


一瞬何かを思い出し、アリゼは顔をしかめた。

心当たりがあったのだ。



この場所──森の中に佇む、小さな屋敷と物見塔。()()()()()()()では、重要な場所になっていた。



(ここ、祖父(ピエリック)と初めて一夜を過ごした場所だ……)


あの原作の通りだと、初めてディエゴと祖父ピエリックが結ばれた場所だ。


ここはベッティーニ辺境伯領が所有する屋敷の一つ、王都との中継地に使っている屋敷だろう。

かつての戦争時代は軍事拠点の一つとして使われ、今はこの塔自体は使用人の休憩所や荷物の保管場所として使われているはずだ。

二人が結ばれたのは明け方。

天体観測に出て、夜明け前戻ってきて荷物を置きにきた時に……


(……そうはさせてたまるかってんだ)


きっと同じようにこの場所で自分のモノに……なんて考えているんだろうか。


(絶対に、絶対に覆してやる!)


アリゼはそう決めて、ここからの脱出に取りかかった。


だがこの辺りを捜索するが、対して役立ちそうなものは見つからない。

強いていうなら、天体観測に使っていたらしい望遠鏡ぐらいだろうか。まだあったのかと驚くが、色々な種類が埃も被らずあったので、日常的に使っているらしい。とりあえず手で持てる程度のものを拝借することにした。


しかし特には……何も『これ』というものは見つからない。

もういっそ照明を倒して火をつけるか……とも考えたが、いや請求がこっちに来たら破産は確実だと却下する。



とりあえずは入り口を探ってみようドアに手を触れると──驚くことに少しだけ開いた。しかしガンという音と共に止まる。覗き込むと、持ち手同士が鎖と南京錠で止められていた。



(これ……行けるんじゃない?)

手はギリギリ隙間に通すことができた。

よし、と意を決したアリゼは、洋服を脱いでいく。

どうせ逃げるなら身軽の方がいい。

下着とペチコート一枚、コルセット姿になったが、ストールも羽織るのでこれでも充分暖かいはず。



そしてドレスを止める際に使うピンを抜き取ると──ポケットに入っていた、あのヨエルからの贈り物、万能ナイフのペンチで曲げた。

まさかここで役立つとは……としみじみしてしまう。


(あの日本で見てたものより、随分と粗悪な作りだな……)


おそらくあの前世で生きていた時の歴史に照らし合わせると、多分あの時から二百年から三百年前の技術なんだろう。

科学技術の進歩って凄いんだなと、ふと思ったりしている。



(しかし黙ってやがったな……くそ親父め)


アリゼはインリアの権力者にルーツがあるとは勿論知っていたけど、ストルティー帝国の皇室にも縁があるのは初耳だった。

どこが下位の伯爵家だ。下手すると伯爵家の中でも権利ある方になるじゃないかと悪態をつく。


そういえばだが……ずっと違和感はあったのだ。

普通は戦争時代を引き摺る年配の方は、異国人を嫌う人が多いのに──なぜか祖母のオレーシャは受け入れられていて、その血を受け継ぐアリゼ達も鬱陶しがられないのか。

きっと年配の方は、あの大国ストルティーの皇室の血が入っていることを知っているんだろう。

きっと母も知っていてグル…はないなと思い返す。知っていたとしても、あの人父ラブが行きすぎているからあんまり関係はなさそうだなと。


きっと父がヨエルとの結婚に賛成なのは、ヨエルが血筋を盾に取らなくとも権利を持ってる家だからだろう。知っていたとしても、利用するにあたらない程の権力があるからだ。


そしてふと、父のあの穏やかな顔が浮かんだ。



(きっとお父様は、私達には平凡に生きて欲しいんだろうな)


きっと父はこの事実を伏せて、耳に入る権力からも遠ざけて……ひっそりとクロビスは普通の伯爵家の当主として、アリゼは普通の貴族の令嬢として生きて欲しかったんだろう。

平凡で穏やかを好む父、だからだ。

その証拠としては、母の実家である侯爵家とは疎遠である。


だからクロビスとサロナ王女の結婚は、ダメかもなぁ……なんて思いが過る。



(……よし)


考えている間にもカチッと音がして、鍵が空いた。

扉を少し開けて見回したが─見張りは居ない。まぁイチ令嬢が自力で逃げ出すなんて、普通は考えないだろう。



覚悟を決めたアリゼは、一歩踏み出す。


「さよなら」

そう呟いてドアを静かに開けた。


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