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主人公だからこそ

コンコン、とメイドのカリーヌがドアをノックする。

しかし反応が全く無い。



「失礼しま……アリゼ様!」


ドアを開けたカリーヌが見たもの。それはアリゼが机に突っ伏して寝ている姿だった。

「アリゼ様」と何度も呼んで肩を揺すると、ようやくアリゼは顔を上げる。ふぁーと大きな欠伸を隠すこともなく、豪快に口を開けながら。

ご令嬢…というか女性にあるまじき姿に、カリーヌはため息をつく。ただでさえクロビスからちゃんと寝ておくようにと指示があったのに、机にいる状況にも呆れているのだ。


「また寝れなかったのですか?今日は家を出る前まで眠っておくようにと…」

「うんごめん……寝れなくて……」


カリーヌは凄い剣幕で怒る。

「そう言って三日三晩ベットでお休みになった姿を見たことがございませんわ!昼間だってわたしが止めてもずっとキッチンにおられるじゃないですか!」

ということで、アリゼは最近寝れてなかったりするのだ。


あれから──アングラード公爵領への訪問からしばらく経つが、それ以降アリゼはひたすら片栗粉を作る作業をしている。そしてひたすら思い付く限りのお菓子の試作品をつくっているのだ。無論これは全て、商会の仕事の合間の話だ。

通常業務の合間に行っているので、料理に割ける時間は限られている。だから夜遅くまで作業をしてしまうのは仕方のないことだ。


だけどそれ以上に、眠れない理由があるのだ。



カリーヌは花束を抱えている。大きな…それこそ顔がすっぽりと隠れてしまうぐらい大きく、鮮やかなピンクのアネモネの花束。これがその理由だったりするのだ。


「本日もアングラード公爵よりお届けものです。本日は花束をお預かりしております」


差し出すと、アリゼはすぐに中に挟まれていた手紙に気付く。それを手に取り、封を開けた。


『愛しいアリゼ

今日はようやくあなたに会うことができる。どれだけ待ちわびた日であっただろう。

プルメリアの花には敵わないが、あなたに似合いそうな花を見つけました。愛を込めて贈ります』


書かれているのは、歯の浮くような白々しい程の愛の言葉だ。

余りにも大げさすぎて眩暈すら覚える程。


カリーヌがクスッと笑って「愛されてますね」と。アリゼは「少し行きすぎてる」と少し呆れながらも──手紙を眺める目の奥には、慈しむかのような表情が滲み出ているのは隠せない。



(ホントに毎日贈ってきたな…)


あの日の帰り際、ヨエルは「毎日あなたに手紙を贈る」と宣言したのだ。


「いや、別に大変ですから結構です…」

第一毎日そんな返事を書いてられない。公爵家からの手紙の返事を書かないのは失礼にあたるが毎回書くのは大変だ。

だからむしろ送ってくんな……と思ったが、その考えを見透かしたようにヨエルは「返事はいらない」と。


「私があなたに送りたいだけなんだから」と言って微笑んでいた。

そのまま手の甲に口付けするもんだから、クロビスがすごい剣幕で引き離したのはまた別の話であるが。



まさか忙しい公爵が、毎日手紙なんぞ送ってこないだろう。そうたかをくくっていたアリゼだが、その予想は外れヨエルからは毎日手紙とプレゼントが届いた。

アリゼが調べている養蚕の記述が多い歴史書から、隣国の料理の歴史やレシピ本など実用的なものから、この世界では希少な真珠のネックレスなどの宝石やワインなども。

どれも公爵の身分を利用しまくりじゃないか……と突っ込みつつも、自分の為に何かを毎日選ぶ、という気持ちに非常に心は揺れていた。



そして数日前、送られてきた手紙にこう綴られていたのだ。


『今度の王家主催の舞踏会で、国王の前でアリゼを婚約者として紹介したい』と。

王家主催の舞踏会は、単なる貴族同士の情報交換の場だけでない。年頃の王女──サロナと一歳年上の姉ニコレッタの婿探しも兼ねている。この二人だけでなく、王家主催の場というのは年頃のご子息やご令嬢の結婚相手を見繕う場には持って来いの大規模な夜会なのだ。

だからここで王家に婚約者を紹介することは、自分は婿候補から外せと言うことと同じ意味を持つ。

勿論、アリゼも同じでこれ以降誰からも縁談が来ることはないだろう。



だからすぐさま否定の返事をしようとしたが……なぜか書けなかったのだ。アリゼ自身、正直どうしていいかわからず戸惑っている。


そもそもの話をすると──ヨエルと結婚を避けたい理由が無くなったのだから。

むしろ結婚した方がいいのかもしれないとも。


もし王家がギルベール領への出資を検討してくれるなら、ヨエルと結婚した方が王家からの信用も得やすいだろう。それに後世にもアングラード家とも強固な絆を残すことができる。


それに……サロナ王女の問題も。

アリゼがアングラード公爵家に嫁ぐと、ギルベール家は『公爵家と親戚』になるのだから、サロナ王女が嫁ぐのも、そこまで不自然には映らないであろう。

まぁ私が先に嫁いで妹離れを促すのが先か…とアリゼは思っているのだが。



(でも…わからない……)

アリゼは 三日三晩考えたが、答えは出なかった。

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