サロナ王女の思惑2
思ったより話の進行は早く、ヨエルとクロビスは早速国王へ手紙を書くことになった。サロナの秘書も同席し、今文面を考えている。
正直な話、何か裏がある?とも取れる進行の早さだ。まぁアリゼはかなり疑ってはいるのだか。
そしてそのアリゼと言えば……なぜかサロナとお茶をしている。
庭のあずまやでお茶をしましょう!となぜか誘われてしまったのだ。
「うん、これも美味しいわ」
サロナは同じくアングラード家へ献上したカボチャのドーナッツを頬張り、ニコニコと笑顔を浮かべている。
正直何もない状態でサロナと話すのが恐いので、切り札として出してもらったのだ。
「すごいわね。これもアリゼが考えたのかしら?」
「恐れ入ります。実は隣国のポレンテッドを揚げたトポスにヒントを得まして、甘く食べやすくしてみたんです」
サロナはうんうんと頷くと、目を輝かせて身を乗り出す。
「ねぇ粉だけでなく、これらを売ってみる気はないかしら?アリゼが考えた料理をみんなに売るの」
「と、言いますと?」
「だからお店を作ってみてはいかがかしら?これらなら持ち運びもできるでしょう?王都のお土産としてもいいと思うの。何なら私も監督として協力という形で、王家所属のお店……ロイヤルマネージメントという形であれば、王家からの援助で開店までサポートできると思うのだけれど」
アリゼははっとして目を見開いた。
(今まで何で考えなかったんだろう……!)
確かにそうだ。
自分で店を持って自分が経営すれば、ギルベール家を出でも一人で生きていける。
それに結婚しなくても自分で食い扶持が稼げるじゃないか!と閃いたのだ。
「本当ですか?本当にサロナ王女に後ろ楯していただけるんですか?」
「ええ。だってむしろ私が食べたいぐらいですの。だから城への献上品として作る傍ら、販売するといいと思うの。うまく行けば王家にとっても懐が暖まる話でしょ?」
(本当になんで気付かなかったんだ……)
確かに片栗粉が大量生産可能であれば、大量のスイーツを作ることもできる。
それに、サロナ王女のお墨付きで、王家御用達のこの国初のお菓子なんて売れるに決まっているだろう。上手く行けば仕入れ元のギルベール家だって潤う。
一瞬にして、アリゼは経営者としての未来予想図が見えたのだ。
「はい!是非ともお店を持ってみたいと思います!よろしくお願い致します」
頭を擦り付ける勢いで頭を下げるが、チラッとサロナを見ると何やら不満たらしい顔をしている。
(何?何か間違えた……?)
一人焦っていると、サロナははぁと大きく息を吐いた。
「いやねぇーもうちょっと砕けた感じで構わないわよ。堅苦しいわ」
「そんな恐れ入り…」
「だってヨエルから結婚を申し込まれているんでしょう?」
そう言われて思わず吹き出す。
いやそれは単刀直入すぎる、と。
「いえいえ、私は結婚する気はないです」
アリゼは首をブンブン振って否定する。
「あらどうして?私もヨエルとは付き合いが長いけど、特に結婚相手として不満があるような人には見えないけれども」
(いや、それをあなたが言うか!)
思いを寄せる婚約者候補のあなたが言うのか、と。
「だって釣り合わないじゃないですか。うちは確かにそこそこの歴史のある伯爵家ですが、王家から程遠い血筋で格式も高くない、規模も伯爵家の中でも下位に当たる家です。母の…侯爵家以上の婚姻の事実はありませんし…」
「でもギルベール家の皆様は、代々過小評価し過ぎているとお父様は申しておりますわよ?もう少し欲を持っても全然構わないと。むしろ持つべきだと申しておりましたが」
「それは有り難き幸せにございます。しかしだからと言ってアングラード公爵家に相応しい家柄とは言えないかと……」
どうにか納得してもらえるよう理屈を並べるが、サロナは賛成しかねると言ったような顔の顰めかたをする。
「確かに上流階級と呼ばれる人達の中でも、更に家柄の格がある。それはおかしなことだと思いませんか?家柄が釣り合う、釣り合わないなんて何が基準なんでしょうね。そう思いませんか?」
白熱して、次第に前のめりになってゆくサロナ。
王女が…最上位の家柄の人物が、格差について語るなんて一体どうした?とアリゼは焦る。
「私は格を重視するための、愛がない結婚なんておかしな話だと思ってるの。お父様とお母様を見てると余計に。いくら結婚相手として差し支えがない相手でも、そこに愛があるかは別問題ですわ。だって一生に一度の相手なんですから、愛する人と結婚したい。そうじゃありませんか?」
いやちょっと待て、と。
ヨエルの公爵家の格と王家は釣り合いが取れるはずで『格』の問題なんてないはずだ。
なのになぜ……と、ふと思ったのだ。
(いや、ちょっと待てよ?)
ずっとあの原作のサロナの激怒の理由は、愛している婚約者候補が同性愛者という事実に怒っていたのだと思っていたのだ。自分に愛を向けてもらえることはない、憤りのない怒りなのだと。
──でもそれ自体が、勘違いだったとしたら。
「サロナ王女」
「はい?」
「ひょっとして、お兄様のことが……?」
そう言うとサロナは一瞬動きを止めたかと思いきや──次第に頬が赤く染まる。
そして狼狽えたように顔を伏せた。
(ええっとつまり、サロナ王女が好きだったのはお兄様だった?!)
確かに原作ではっきりとヨエルに思いを寄せている等の表現は無かったが……そんなオチかい!とずっこけそうになる。
「えっとサロナ王女、念のためですがお兄様のどこが……」
「だって素敵じゃないですか!」
ガンっと拳をテーブルに打ち付け、サロナは立ち上がる。
熱の入れように、正直アリゼはあっけにとられている。
「優しい雰囲気で物腰も柔らかで、まさしく女性の理想の出で立ちですが、家族想いで家族のこと、特に妹のあなたのことになると熱くなる一面性も素敵で………」
熱弁するサロナであったが、つまり結局のところ。
(シスコンって意味よな……)
うーんといまいち腑に落ちないアリゼであったが、次のサロナの言葉に、一気に空気が重くなった。
「あの人の家族、特にあなたを羨ましいと心から思っておりました。だからそんな人と家庭を築けたら、どんなに素敵なのだろうと思ったのですわ」
『家族が羨ましい』その言葉がすごく重い。
前記の通り、サロナは国王の子供の中でも五番目の子供で末っ子だが、唯一の王妃が産んだ子だ。アリゼ達兄妹以上の複雑な事情があるなんて、想像に容易い。
兄弟の理想を重ねているのかもな、と思ったのだ。
(しかし、これは予想外すぎる………)