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あの夜の出来事

ヨエル視点の回想です。


いつしか付いた不名誉な名前がある。


『弟殺しの犯人』


腹違いの兄弟による家督争い。

それにより、罪もない弟が殺された。


そんな馬鹿げた噂を挽回しようと、ヨエルは爵位を継ぐとより一層仕事に励んだ。

誰よりも領民を思い、領民の為に生きる……それは『公爵』という身分では当然の話なのだ。

がむしゃらに頑張った結果、いつしか領民からも信頼を得られ、王家からも一目置かれるまでヨエルの評判は上がった。



──でも、一度付いた汚名は消えてくれることはない。



その日も、聞こえてないと思ったのだろうか。

遠くで噂をする声が、ヨエルの耳まで届く。


『やっぱり弟を殺したのはあの公爵で…』

『皆、見た目に騙されてるんだな』


実にくだらない。とヨエルは鼻の先で笑う。

よくもまぁ、その張本人主催のこの場所で、そんなことが言えるもんだ、と。

従者が眉を潜めるが「放っておけ」と言い放つ。


まぁ正直、好都合かも知れない、とは。

弟殺しと言われようと『公爵』という身分は皆が羨む。今でも見合いの話が途切れることはないし、妙齢女性からの誘いも絶えない。

だか自分は結婚する気はないのだ。

跡継ぎなら、能力のある養子を迎えれば済むことなのだ。わざわざ自分の子を作る必要もない。

前当主の父も、慎重に妻となる人を選んだつもりが……この有り様だ、と振り返る。

最初の妻には先立たれ、二番目の妻は欲に目が眩み前妻の子を殺そうとした鬼畜だ。



(もうあのようなことは懲り懲り……)

「無礼者は誰ですか!黙りなさい!」


その時、ホールに女性の声が響き渡る。

ヨエルが顔を向けると、一人の女性が毅然とした態度で立っている。



「根も葉もないそんな噂を立てるのは侮辱罪に当たります。黙りなさい!それでも自分は上流階級と名乗れるのですか?!みっともない」


さすがに恥辱の視線に耐えられないのか、俯く人が多数。彼女はそれを睨むと踵を翻し、「行きましょう、お兄様」と男性と共に去って行った。



恐らく彼女は、ギルベール伯爵家のご令嬢アリゼで間違い無いだろう。

顔はうろ覚えだが、二人とも特徴的な髪色をしているのだから間違いはないと確信した。


それにごくたまに社交界に現れる彼女達は、当主になる前からよく噂を耳にしていたのだ。二人とも中性的な顔立ちが美しく、密かに憧れているご令嬢が多いと。



『さすがアリゼ様ですわ』

『本当に凛々しい姿で…』

やはり噂は当たっていたようで、回りを見渡すと、うっとりとした顔で見つめているご令嬢達が目に入った。


『でも今日は一段とアリゼ様の元に、沢山の男性が寄って集って…』

『えぇっ、アリゼ様は皆の物ですのに!』

『ホントにそうですよ!男性だろうと抜け駆けは許したくありませんわ』

『あらあなた、クロビス様にお手紙を出したことは知っているんですよ?抜け駆けはあなたではなくて?』

『それはお父様からの指示ですから!でもクロビス様もそろそろご結婚の時期…』

『そんな、あの二人が誰かのモノになるなんて!そんなの嫌ですわ!』

『大丈夫ですよ、クロビス様がちゃんと守ってくださるハズですから』


そんな小言が耳に入り、ヨエルにふっと笑いが込み上げる。よく見ると皆がお揃いのプルメリアモチーフの小物を付けている。あの兄妹が経営している商会の物だろう。


(ご令嬢の憧れの兄妹か。面白い)


少し興味を惹かれ、好奇心から接触をはかってみることにした。


「アングラード公爵、先程は失礼しました」

話しかけるより前に、クロビスの方がヨエルに近付き頭を下げた。


「いや、気にすることはない。むしろアリゼ嬢に礼がしたい」

「すいません、実はあんな状態でして………」


そう視線をやった先を見つめると、彼女は豪快に椅子に座り、これまた豪快にワインを口に流し込んでいた。

隣に積まれた空のグラスから、相当な量を飲んでいることがわかる。


中性的ならではの涼し気で……どこかミステリアスな雰囲気の彼女が、豪快に酒を喰らっている。

その様子があまりにも、あの見た目からは想像できない姿で、思わず吹き出してしまう。



だけどそれを見ていると、何となく彼女が人気なのは頷けた。

きっと容姿を鼻にかけず、自然体で飾らない性格なのだろう。それに実は、ギルベール家の経営補佐を任されている程の頭脳の持ち主だと聞いたことがある。

それを思い出すと尚、ヨエルは興味が沸いた。



「失礼アリゼ嬢、少しお話しよろしいですか?」

「あら主人こ……主役である公爵様が何の御用でしょうか?」

「いや、あまりにも美味しそうにワインを飲んでいるので、いかがかと」

「ええ、すごく美味しいですわ。さすが公爵家ですわね」


大口を開けて笑う彼女は、今まで見た女性の誰よりも豪快だが……飾らない素の表情が垣間見れ、逆にヨエルにとっては新鮮な反応であった。


「では、とびきりのワインをご用意いたしましょうか?珍しくストルティーからの輸入品が手に入りましたので」

「あら、よろしいのですか?」

「はい、先程のお礼です。是非ともアリゼ嬢だけに、ご用意させていただきたい」

「本当ですか?」


そう言うと、彼女は声を弾ませ立ち上がった。

クロビスがこっちを見ていたが、『だけに』の言葉を汲んでくれたらしい。ヨエルは軽く頭だけ下げると彼女だけを連れ立った。

※忘れそうになりますが最初に出てきた通りアリゼは凛々しい好青年だった祖父似

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