とりあえず貢がれる
そして翌日のこと。
アリゼはカリーヌとのんびりキッチンで作業をしていたのだが、なぜか執事が飛んでくる。
「アリゼ様、お客様がお目見えです」
「私に?誰?」
「アングラード公爵です」
「えぇ……」
めんどくさ…という顔を隠さずにいると、執事は困惑した表情をする。
「クロビス様が今対応されてますが、その、何と言いますか……」
つまり結局のところ、火花を散らしてるらしい。
(何なの?二人とも暇なの?!)
公爵と商会の経営者に、そんな暇はない筈なのだが。
仕方なしに「わかった、行きます」とエプロンを脱ぐアリゼ。
「続きはカリーヌよろしく」
「いつもの焼き加減でいいですよね?」
「うん、多分大丈夫だと思う」
ちょうど卵が大量に手に入ったとのことで、昨日のうちに片栗粉の大量生産をして、あのメレンゲのビスケットを作っていたところだった。
しかも今からプレートで焼く、仕上げの段階に入ろうとしていたところ。
アリゼはエプロンをカリーヌに預け、応接室へと向かった。
そして応接室を前にして目にしたのは──何やら大きな箱が、次々と部屋に運び込まれている様子であった。
(何なんだ、コレは……)
*
「こちらの箱の中に、我が領地の最高級の物を用意させました。我が領地は王都に近く、工業が盛んな地域です。特に鉄製品・織物などが名産品となっております。 是非ともギルベール家の皆様に知っていただこうとお持ちしました。どうぞ、お受け取り下さい」
そう自信ありげに言うヨエル。ドヤ顔を隠す気は微塵もないらしい。
つまり……大量に運び込まれたこの箱の中は、ヨエルからギルベール家への貢ぎ物だったらしい。辛うじて大人一人が抱えられる程度の大きな箱は、ヨエルの身長をゆうに越えた高さまで積まれている。
うわ、マジか……と乾いた笑いのアリゼが隣を向くと、クロビスも全く同じ表情をしていた。
やっぱそういうところは兄妹らしい。
そしてヨエルは従者に箱を開けさせて、それらを見せるように指示をした。
「すごい……」
従者が一つ一つ丁寧に見せてくれるそれらのものに、思わず二人から感嘆の声が漏れる。
キャンドルホルダー、カトラリー、ブローチなど…どれも細やかな装飾が美しく、目が奪われる。
その中でも二人が特に見惚れたのが──大きな織物だ。
この世界では珍しく、無地ではなくカラフルな柄の織物。鮮やかな草木の柄が織り込まれている。
「すごいでしょう?これは機織機自体に細工をしておりまして、機織機が自動で柄を編む仕組みとなっているんです」
「自動で?手作業ではなく?」
説明するヨエルに、クロビスが身を乗り出して質問をしている。
「はい。パンチガードと呼ばれる紙のパターンを作成し、それをセットするとパターン通りに縦糸が上下するという仕掛けを開発しまして、それにより柄が織り込まれるものという仕組みです」
「なるほど、自動で縦糸が動く仕組みか。それは興味深い」
なぜかクロビスは、目を輝かせながら聞いている。
「クロビス卿、機織機に興味がおありで?」
「実はうちで養蚕業の拡大、と言いますか復活をさせたいと思っております。何かのヒントになればと思いました」
「そうですか、一度是非ともご覧いただければと思います。ギルベール家の方でしたらいつでも歓迎いたします」
(おいおい、急速に空気が和やかになってるぞ……)
アリゼは少し焦る。
元々は運命で結ばれてる二人なのだ。
いつ覆ってもおかしくはない。
この展開はまずくないか、どうなんだ……と思うが、まぁ二人が共鳴し合うのも無理はないだろう。
若くして二人とも色々なものを背負っているのだ。きっと通じるものが沢山あるんだろう。
「私は職人の育成……特に機械の設計士の育成に力を入れています。今は儲けが出なくても、いずれこの国を、いや世界を引っ張っていく重要な人物になると信じているからです。なので彼らへの支援は惜しまずにおこなっております」
力強くそう言うヨエル。
小説では「若手の育成に力を入れている」「慕う領民も多い」ぐらいのさらっとしか表記が無かったけど、目の前の彼は責任感や使命感を背負った、見事な領主の顔だ。
あまりにも真剣で楽しそうな顔で、思わずアリゼは見とれてしまう。
あぁやっぱこの人は主人公なんだな、とも。
「失礼します」
一通り品物が片付いたところで、メイドがお茶のおかわりを持ってきた。
「アリゼ様、カリーヌができたと言っておりますが、せっかくなのでお持ちしましょうか?」
「そうね、持ってきてちょうだい」
どうやらさっき作っていたビスケットができたらしい。
話は長引きそうだし、どうせなら出来立てを食べた方が美味しいに決まっている。まぁせっかくご足労いただいた訳だし、ヨエルにも召し上がってもらおうと持ってこさせることにした。
そして目の前にビスケットが置かれたが、ヨエルは戸惑っている。
「初めて見るものですね、これは……?」
「あ、ビスケットです。私が作りました」
そう言うと更にヨエルが戸惑う。
「何と、ビスケット?!アリゼが作った?!」
「アリゼは昔から色んなものを作るのが好きなんだ。よくキッチンでも何か実験している」
「なるほど、ご令嬢としては珍しい」
まぁほとんどのご令嬢は、包丁すら握らずに生涯を終えることの方が多いのだが。
クロビスが説明したのも、あくまでアリゼの趣味の範囲内だから……ということだろう。あそこの家は娘に料理をやらせている、なんて知られていれば槍玉に上げられかねない。
そしてヨエルは恐る恐る、ビスケットを口に運んだ。
「どうですか……?」
サクッとした軽い咀嚼音響くと─ヨエルは一瞬動きが止まる。そして高速で噛み砕き、ごくりと飲み込んでいる。
「一体どうやって、何から?」
「原料は卵白と塩と蜂蜜と芋です」
「芋?!」
「はい、芋のデンプンを抽出した粉を使用しています。海外にあるコーンアウラを参考に、芋でもできないものかと考えて実験をしていたらできた、という感じで……」
「それでどうやってその粉は作るんだ?」
あまりにもすごい剣幕で迫られるものだから、この家の人以外に話す気はなかった片栗粉の作り方を説明していく。
まず最初に、じゃがいもをすり鉢で擂り潰す。
そして擂りおろしたものを布の袋に入れて、水を張ったボールの中でもみ洗いをしながらしっかり絞り出す。
そのまましばらく沈殿させて、茶色い上澄みを捨てて水を再び加える。
よくかき混ぜてはしばらく沈殿させて、上澄みを捨てて水を加えて…を繰り返し、真っ白なものになったらバットに広げて乾燥させる。
大体一日ぐらい乾燥させると出来上がり。
一通り説明する途中にも、ヨエルは真剣な顔で頷きながら聞いている。
あまりの真剣さに息を飲む程で……その真っ直ぐな眼差しが綺麗で、心臓がドキリと音を立てた。
「以上が粉ができる工程です。まぁ時間と手間がかかりますので、あくまで私の趣味程度に作っているだけですが……」
実際量産するには、手間がかかりすぎる。それに労力に対してできる量が見合わない。
だから片栗粉は、あくまで"アリゼの目が届く範囲で"というのが、この家での暗黙の了解であった。
ヨエルは何かを考えるように、視線を宙に反らす。
「……だったら、うちと手を組まないか?」
「「はい?」」
予想外の言葉に、クロビスとアリゼの返事がシンクロした。
「話を聞くかぎり、面倒な手間はすりおろす工程に、もみ洗いをして沈殿させる工程に時間がかかることだろう。それを効率よくできる機械を、うちの技術者に作らせよう。それをギルベール領が買い取り、工場を作るのはどうだ? 何なら出資するので共同経営者として私の名を連ねても良い」
えっとつまり……これはヨエルと組んで片栗粉を大量生産するということだろうか、と頭を捻る。
そんなことを急に言われても、とアリゼは戸惑う。
「乗った」
「お兄様」
尻込むアリゼを差し置き、クロビスは真っ先に手を上げた。
「うちは不作の年が来れば毎年苦労する。何か一次産業以外に良い手はないかと考えていた所だ。その粉を量産できれば良いが、割に合わないと考えていたんだ」
そして右手をヨエルに差し出した。
「アングラード公爵、是非ともあなた方の技術者と協力させいただけないだろうか」
するとヨエルは微笑んで、クロビスの手を握る。
「うちの技術者も喜ぶだろう。何せ発明バカの集まりだ。新しい依頼が来ると、みんな喜んで飛び付くはず」
二人とも微笑みあって手を握っている。
いや、まぁ領地的には嬉しいことの筈だが……
(ますますまずい方向に進んでいないか?)
アリゼは二人の結末を知っているので、一人で焦っている。
でもどうしよう、止めるわけには……なんて思っていたが、そんな問題は杞憂に終わった。
「まぁ上手く行ったあかつきに、アリゼを公爵家の嫁とし…」
「それは別問題です!」
さっきと違い、握手に余計な強い力がお互いに入る。
おい、おたくら…ホントに結ばれる予定だったんかいと、火花を散らす二人に密かに突っ込むアリゼだった。
そろそろ改稿が追い付かなくなりそうなので、ひっそりと応援してください……!




