どうしてこうなった
そしていよいよアングラード公爵の誕生日パーティーの日──つまり原作では、ヨエルとクロビスが運命的に出会う日がやってきた。
「ちょっと…ストップ……」
「何言ってるんですか。もうちょっと締めますよ」
「ええっ…!無理無理ストップ!」
アリゼの制止とは裏腹に、コルセットはぎゅうぎゅうに締められていく。
ただ今絶賛、社交界仕様のドレスを着ている最中である。
まぁこの時代のドレスの着付けって大変だろうな…とは前世から思っていたことだが、まさかここまで大変なのは想像以上だった。
コルセットをこれでもかというぐらい締めて…それだけでも大変なのに、腰にはドレスが広がるように布のパニエという浮き輪みたいな巻かれた布を腰に巻かなければいけない。パニエって広がるスカートちゃうんかい、と突っ込みたいがここにはポリエステルが存在しないからあんなのは出来ないらしい。
ドレスの下には何枚もペチコートを重ねて、ポケットになるバッグも付けて、更にドレスを着た最後はピンで固定する必要もある。
この世界で前世みたいな被服を作れば売れるかもな、なんていうことを密かに思ったりはしているのだが。だがアリゼにイチから型紙を興す能力はない。
「アリゼ、準備はできたか?」
「はい、終わりました……」
クロビスが部屋に来る頃に、ようやくアリゼの準備が終了。
煌びやかな社交界仕様のドレスの上に、仕上げのマントを被る。髪も綺麗にアップスタイルに。完全な淑女の誕生だ。
そして髪飾りにはプルメリアがモチーフの、鮮やかな白の髪飾りを散りばめる。
アリゼの髪色─赤みがかった暗いブラウン に似合うと、クロビスがレシピを作成したつまみ細工の髪飾りだ。
そして二人は馬車に乗り、公爵邸へと向かう。
いつも通り平静を装うが……アリゼは正直気が気ではない。
いや、勿論クロビスの女嫌いのフラグは折れたのだろうけど……運命で結ばれた二人が出会うのだ。いつ覆って恋仲に発展するかはわからない。
まぁここまでシスコ…妹思いに成長したクロビスだから、自分を置いて他国に行くことはしないだろうとは思っているのだが。
ましてやベッティーニ辺境伯から結婚を迫られる展開になんてなろうものなら、自分の身を犠牲にしても守るだろう。
しかし、だ。
最大の問題、サロナ王女の問題がある。
例えるならアングラード公爵家は徳川御三家で、ギルベール伯爵家は地方の旗本クラス。王家に睨まれたなら一巻の終わりだ。
だから二人が関わらないようにするのが一番なのだ。なるべく見張って、二人を近づけさせないようにしなければとアリゼは固く決意する。
やがて馬車はアングラード公爵邸に到着し、本人が出迎える。
「ようこそお越しくださいました。私がヨエル・アングラードと申します」
現れた人物を見ると──アリゼは思わず息を飲んだ。
(これは…紛れもなく主人公だわ……)
長い脚で踏み出す度に、揺れるサラサラの髪。そして微笑みながら手を差し出すその光景は──まるで絵画のように、美しいと思ったのだ。
「こちらこそご招待ありがとうございます。お伝えの通り、父ベルトラン・ギルベールの代理で参りました息子のクロビスと、妹のアリゼです」
クロビスの言葉に、はっと我に返り頭を下げる。
「アリゼと申します。本日はおめでとうございます」
「こちらこそ、お越しいただきありがとうございます」
にこやかに握手を交わすと、従者によって大広間へと案内された。
よし、第一関門は突破。
これ以降は二人が近づかないようにするだけ。するだけ…なのに……。
「お久しぶりです、アリゼ嬢。本日は息子も来ておりまして…」
「お父様にはたいへんお世話になっておりまして、それでこちらが息子で…」
「実は甥もこの会場に来ております。是非とも一度お話を…」
「やぁクロビス、今日は娘も一緒に来ていて…」
「クロビス卿、是非とも向こうで娘とお話を…」
(あー!もう!!)
アリゼ達のもとにひっきりなしに来る人の波。
何なのここは?見合い会場なのか?!
アングラード公爵の誕生日パーティーだろうが!と怒りが沸いてくる。
「すいません、これもう一杯」
アリゼはうっとおしさから酒をガンガン煽ってゆく。
さすが公爵家だ。良い酒が揃っているんだろう。何を飲んでも旨い。
「アリゼ…飲み過ぎじゃないか……?」
「何をおっしゃいますか!そんなのではお兄様を守れません!」
「アリゼ……!」
クロビスは感動のあまり、アリゼの手を両手で握る。
「大丈夫だ、お兄様は妹に寂しい思いをさせないから、安心しなさい」
そう言うと──話しかけようと遠巻きに見ていた人達を一斉に睨んだ。
皆が視線をササッと反らして離れていく。
よし、これで近寄ってくる人達は居ないだろう。
鬱陶しい人達からようやく解放される。
一安心………だった、はずだ。
なのに、なんで……
ここから一体どうやって……あの主人公と一夜を共にすることになってしまったんだろうか。
記憶のないアリゼは、ひたすら頭を抱えるのであった。




