鬼ごっこ2
お待たせしました
衝撃。命に響くほどの痛み。心の奥深く、暗い部分へと意識が沈みゆく。
けれどッ
ここで意識を失えば、死ぬッ!!!!
カンカンカンカン、と本能が警鐘を鳴らす。
私は今にも消えてしまいそうな意識を必死に手繰り寄せた。
生きるッ…なんとしても、生き延びるッッ!
それは、まさに生への執着だった。なんとか、水中で目を覚ます。
(……ぶぁッ!)
吐き出した空気が泡となって上へ向かう。それにつられるように、私は水面を目指した。
「ぷっはっぁ!ゔぁっ…ゲフッ、ゲフッ」
冬の河は冷たく、人の体温をいとも容易く奪っていく。こんな場所にあと数分でもいたら凍え死んでしまう。
岸に上がると、吹き抜ける風がひゅうひゅうと音を立て、通り抜けざまに体を冷却していく。
「ぁぁ……さむぃ……さむさむざむざむざむぅ……」
けれど、ここで死んでなるものか。
今生きているということは、生きたいという本能が、死にたくないという願望が、暗闇の底に沈もうとするわたしの意識をなんとか掬い上げた結果なのだ。
せっかく運よく生き延びたのだ。ここでその幸運を不意にするなんてことがあろうか?
どこか風のない場所へ……
ふらふらと歩いていく。
ここは、洞窟…?
暗がりの中、ぼんやりとした視界で周囲を見渡せば、ゴツゴツとした岩壁が広がり、洞窟の入り口は青空を映している。
どのくらいの時間が経っただろうか?
服が乾いていることから推し測るに、かなりのあいだ意識を失っていたことになる。
まずい。こんなところでぼーっとしていたら、いつあのバケモノが襲ってくるか分からない。
キング・グリズリーは嗅覚が鋭いので、私の匂いを追ってここまでやってくるのにそう多くの時間はかからないだろう。
早くここを出よう。そして、カノーレ神父にこのことを伝えるのだ。神父はゲッティローグで唯一魔術が使える。この小さな街に許された魔獣に対する最後の防衛手段というわけだ。
キング・グリズリーは魔術師一人で何とかなる相手ではないだろうが、追い払うか足止めくらいはやってもらえると思う。
早ければ明日、教皇庁から調査団が来ることになっている。どのくらいの戦力になるのかは未知数だが、それに賭けるしかない。
急いで洞窟を出る。暗がりの中から急に光のある場所へ出たからか、とても眩しい。思わず視界を手で覆ってしまった。
そしてその手のひらをどけた途端、恐ろしい光景が目の前に現れた。
「なんだこれ」
見たことのある、黒っぽい毛皮。
もう二度と見たくなかった、その憎らしい顔面。
「キング・グリズリー…?」
ずい、とソレの目前に出る。しかしその瞳は、もはや目の前の少女も、この世界のなにもかもを映していなかった。
キング・グリズリーは死んでいた。
力なく横たわったその身体は、心做しか以前よりも小さく見える。
とてもその身体で私を追いかけていたとは思えない。
「そう、死んじゃったのね」
よく見れば、腕は折れてあらぬ方向へと曲がっている。
「本当に、死んじゃったんだ」
安心したって言えば、確かにそうかもしれない。
けれど、それだけではない。心の底にある感情が芽生え始めていたのを、私は薄々と認識していた。
「少し、残念かな」