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第一夜・顛蹶(てんけつ) 3

 まさか、冒険者たちのリーダーだったセクトがザカリアさん殺しの犯人だったなんて……

 天使たちは去り、みなの集まるホールは静けさで満たされていた。


 誰もこの混沌とした状況による衝撃を受け止め切れていないようで、ただ戸惑い、周囲の視線を窺うばかりである。そんな折、一人の少年が口を開く。金髪にはちみつ色の眼の少年、ハンスである。


「みんな、聞いてくれ。この状況について、多少理解できたことがあるから説明をさせてもらいたく思う」


 ハンスの言葉に、耳を傾ける一同。ハンスはふっと息を吐き、一拍の深呼吸を置いた後に、話し始めた。


「たしか、ザカリアさんは僕らに最初、こういっていた。『処刑装置だ』と。そして、こうも言っていた」


 次の言葉を待って、固唾をのむ音がした。


「この装置が、『先の階層へ進む唯1つのチームを決める』のだ、と」


 そして、またハンスは言葉をなめらかに紡いでいく。


「そこから導きだされる結論は一つだ。この天使による裁定は、毎晩行われる。そしてーーー」


 溜められたその先の発言が、この場に混迷をもたらすのには十分なものだった。


「僕らはただ一つの殺人者陣営に対し、天使たちの裁定を用いて勝利しなければならない」


 ハンスの言葉を聞き終えて、しばらくの間考え込む者、深く理解できず、周囲の者と小さく会話する者。静けさは乱れ、たしかにざわつきがその場を乗っ取っていた。

 しかしそのざわつきに、さらに一石を投じるものが現れる。騎士たちの代表、レルゲンである。


「ちょっと待て、ハンスくんだったか。仮にその話が本当なのだとしたら、今この場にはもう殺人者、ならびに殺人者陣営というものは、存在しないのではないか?」


 ハッとした表情で顔を上げ、たしかに、とつぶやく者もいた。

 ハンスもその意味するところが、犯人と思しき冒険者チームの消滅にあるのだと思いいたったのか、納得したような表情と共に穏やかな口調で説明を始める。


「はい、僕もそのように考えていました。ですが、このゲームにはある一つの落とし穴があります」


「ほう、どんな落とし穴だい?」


「それは、殺人者陣営でなくとも他チームを殺害することが可能であるという点です」


「ああ、なるほどね。理解した。ザカリア氏の殺害が、殺人者陣営ではない、第三者による犯行である可能性もある、と。そういうことだね?」


「はい。彼の死に際の態度は、正直犯人かどうか決めつけてよいものか迷う余地がありました。しかし、物証がある以上はそれが絶大な説得力を持ちます。ですので、考えすぎということもありますが……」


 ナイアはハンスの言葉に、慣れないことではあるが、頭脳をフル回転させて考えた。


 たしかにハンスくんの懸念はもっともだろう。しかし少し、違和感を覚えることがあったからだ。


「ハンスくん、ちょっといいかな?」


 わたしの言葉に、ハンスがこちらを見た。

 私はこのときハンスという少年の顔を、はじめてじっくりと見ながら話をした。


「そもそもの話で申し訳ないんだけど、殺人者陣営だとかどうとかっていうのは、どこから出てきた情報なの? 私、ここにきてから一度もそういう情報を受け取った記憶がないんだけど……」


「そうか、君らは自分たちの"役割"をまだ見てないんだね」


「役割?」


「ああ、このゲームには役割というのがある。部屋の水晶を覗けばその部屋に登録されている人だけがそれぞれ役割を見れるはずだから、あとで見に行くといいよ」


「役割……」


 どうしよう、知らない情報がありすぎて話についていけていない。

 ナイアとハンスのやり取りが終わって、間髪入れずにレルゲンが声を上げた。


「ああ、なんだ、その役割っていうのがだな……たぶんこのゲームを処刑装置として成り立たせるカギになっているんだよな。……いや、余計な前置きはなしにしよう。……すまない。ほかのチームの方々には悪いが、俺たちは騎士として、このダンジョンの調査という大切な任務を与えられている。どうか、ここは引いてくれないだろうか? 殺人者陣営がまだいるのかいないのかはわからない。しかし、このゲームが最後の一チームを決めるっていう趣旨のものならおれたちはその一チームになんとしてでもならなければならない。言いたいことは分かるだろ? どうか、ここは理解のほどをよろしく頼む。」


 そうして頭を下げるレルゲンに対して、ハンスは言った。


「申し訳ありません、レルゲンさん。私もこのダンジョンには並々ならぬ思いで挑んでいます。しかし、勘違いしないでください。ダンジョンの提示した方法をうのみにするだけではいけないのです。ダンジョンはいつだって悪辣で、挑戦者同士の共倒れを狙っています。僕は、あえて一致団結して、ダンジョンが出した"一つのチームのみが次の階層へ行ける"という前提の裏道を探したいんです。レルゲンさん、どうか私の考えに賛同していただけませんか?」


「すまない。おれはーーー私は! 騎士として、我が職務を全うしなければならない。」


 レルゲンがサっと手を挙げた。それはコールサインであったのだろう。騎士たちがレルゲンの背後に陣形を作り、一列に並ぶ。


「悪いが、拘束させてもらう。なに、騎士の名誉に誓い、無益な殺しはしない」


「話はここまでのようですね。しかし、僕たちも黙ってお縄にかかるというわけにもいきませんよ」


 ハンスはそう言って、袖口から取り出した黒い塊のようなものを地面にたたきつける。

 瞬間、バンと音がしてピンク色の煙があたりを包み込む。


「今です、ナイアさん、行きましょう」


 ハンスはナイアの手を引いて、危地を脱するのだった。


 ナイアたちと三人とハンスは、屋敷のある大空洞への入り口ーーはじめてこの空間にたどり着いたときに通った、洞窟の場所までたどり着いた。

 まずはハンスとナイアがここにたどり着き、ナイアのにおいをたどってふわたろうと、それについてきた婆さんが順番に集まったのであった。


「ナイアさん、そして、ロズ婆さん。これからどうしましょうか」


「どうするも何も、ねぇ……」


「どうもせん。しかし、ウェリシア坊のことは心配ではあるわいね」


「そうですね。とりあえず、時間をおいて様子をみましょうか。ウェリシアさんがどのような扱いを受けておられるのか心配です。殺しはしない、と言っていましたが、それもどこまで信用できることやら……」











 それはまさしく失敗だった。人生における、たった一度きりの顛蹶(てんけつ)


 たとえ騎士になったからといって、平等な扱いをされるわけではないのだと俺は知っているつもりだ。

 もともと平民、それも田舎町の農家の三男坊として生まれた俺は、いずれ飢饉が来れば口減らしに合うような、吹けば飛ぶようなどうでもいい存在だった。


 別にだからといってどうしようもない。俺はそれならば、と一人でも生きていけるように、退役した騎士だという老人のもとで剣の稽古に明け暮れた。

 その決断がすべての幸運の始まりだったのだろう。近辺で地方の魔物狩り、通称"巡業"に出ていた騎士団の団長に、たまたまおれの剣の稽古の様子が目に留まり、筋がよいとのことで騎士団の見習いとして王都に連れて行ってもらえることになったのだ。


 せっかくもらった人生を変えるチャンスだ。ここで手を抜くことなどありえない。俺はより一層剣の稽古に励んだ。どうやら、本当に俺には剣の才能があったようで、騎士団の中でも剣の腕に関しては一目置かれるようになっていた。

 それがまずかったのだろう。平民上がりの騎士というものは、貴族から騎士になった者にとってはそもそもが攻撃の対象であったのだ。周囲から期待されるほど、おれは貴族からの攻撃的な視線を強く感じるようになっていった。


 おれが所属する緑風(りょくふう)騎士団の団長は、貴族でありながら平民である俺を取り立てたことからもうかがえるほど、まるで貴族と平民との垣根を感じさせない人であった。だが、一方で貴族だけで構成される(こう)()騎士団は、ことあるごとに緑風騎士団の廃止を求める奏上を陛下に行ったりと、それはとてつもない敵視のしようであった。


 そんな折、(こう)()騎士団との合同ダンジョン探索の話が俺に持ち掛けられた。尊敬してやまない人であり、おれを拾ってくれた恩人でもある緑風騎士団団長からじきじきに話されたとあっては、断るわけにはいかない。

 団長は俺を気遣い、この話は受けるのをやめてもいいというが、そうなれば団長の立場が悪くなるのは目に見えていた。なにせ、この話は(こう)()騎士団から持ち掛けられた話。裏があるのは目に見えているが、これを断れば、団長が口がさない者たちによってどんな風評被害を受けるか分かったものではない。


 だから仕事を断りなんてしなかった。俺は、この判断が間違っていたとは思わない。

 だけど、あそこで失敗をすると分かっていたら、おれはこの判断を変えていただろうかと考えてしまう。


 いや、変えなかっただろう。すべては運命で、おれはこうなる運命であったのだ。

 しかし、運命が変えられないとしても、おれは願ってしまう。悪に報いを、正義の鉄槌を。


 視界がかすむ。その中で、おれはソイツに言ってやったんだ。


「後悔……させてやるぞ。お前を必ず」


 そうしたら、ソイツはこう返したんだ。


「そうか。後悔させてくれよ」


「ああ。俺の名はレルゲン。お前を、いつか後悔させる者だ……」


 負け惜しみでも何でもいい。何かをソイツに言ってやりたい気分だったんだ。












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