第一夜・顛蹶(てんけつ)2
その時だった。ホールにけたたましいまでの笑い声が響いたのは。
<アハハハハハハハハはははハハあはははは>
<アハハはハッハハハあははあハ>
<アハハっあはははハハハハハはははハハ>
<アハハハハははハハっハハ>
<アハハハッハハあははっハハハハ>
その声は、まるで歌を歌うかのように軽やかで、しかし精神に直接衝撃を与えてくるような、威圧的な響きを持っていた。その時、ホールにいた人々のすべて――彼らの表情に浮かんだ感情を簡潔に表すとすれば、それは"畏れ"であった。
「な、なんだこの声は……!?」
「やめろ、頭が、割れる……っ」
「く、苦しい……」
その声は、脳内に直接働きかけてきて私たちの心を侵食していくかのようであった。
「み、見ろ! 上だ!」
冒険者の一人が上を見上げ、指をさして叫んだ。
果たしてそこには明らかな笑い声の発生源がたくさんいた。
天使だった。
天井画に描かれた、空に羽ばたく多くの天使たちが、口をあんぐりと開けてけたたましく哄笑しているのだ。
「え、こわ……」
あまりにも突然のこと、そして、意図の分からなさに、ナイアは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
そして、さらに訳のわからないことには、その天使たちが急に笑いをやめたかと思うと、歌を歌いだした。
<狂った秤は静謐に~>
<正義と秩序を紡ぎだす♪>
<枯れた光を呼び覚まし~>
<世界に濁った幸福を!>
<無垢なる血は無に帰した>
<大地は閉ざされ、灰に沈んだ>
<わたしたちはこの呪いを忘れない 忘れない>
そして動き出して、真ん中の黒い金属の筒のようなものの周りに集まっていくのだ。そして更に状況は混迷を極め、彼らは天井画の中心、すなわちその黒い円筒の中へ、スッと入っていくのであった。
かくして天使たちは消失し、黒き円筒だけが天井にぽつんと存在している。
「天使、こわすぎ……」
ナイアの言葉は、誰も何も喋らないホールの中でよく響いた。
しかし、恐ろしい出来事というのは、いまだ始まったばかりだった。
天井の黒き円筒が、徐々にせりだしてきた。と、同時に、円筒の中から青白い光が漏れだしてきた。
そして、青白い輝きが最高潮に達したその時、爆発的なエネルギーと共に、青白い天使たちが飛び出してきた。天使たちが飛んで行った、その先にいたのは、人間たち。
<狂った秤は静謐に~>
「や、やめろ!」
<正義と秩序を紡ぎだす♪>
<枯れた光を呼び覚まし~>
「うあ、なにしてんだこいつらぁ」
<世界に濁った幸福を!>
<無垢なる血は無に帰した>
「やめろ、服を引っ張るな!」
<大地は閉ざされ、灰に沈んだ>
<わたしたちはこの呪いを忘れない 忘れない>
「くそ、なんて力なんだ、こいつら!」
彼ら天使たちは歌いながら、人々を二人一組になってせり上がった台座の上まで運ぶ。恐ろしいほどの力で運ばれているのだろう。抵抗する屈強な体躯を持った者たちが、赤子のように運ばれていく。
ナイアは、この急な展開を迎えつつある状況に対して理解することをあきらめた。単純なことを考えようと思い立ち、この天使の子たちは歌うのが好きなのかなと考えていた。ふわたろうは天使たちが人間を運んでいるのを手伝おうとして婆さんにすごい剣幕で止められている。
「このッ―――き、斬れないか……」
騎士の一人が斬りかかってみるも、天使たちには実体が無いのか、手ごたえが感じられないようだった。
と、そこでレルゲンが冷静に気が付いたことを口にする。
「彼らは、みな冒険者たちではないか?」
どうやらその通りであった。天使たちに運ばれているのはすべて冒険者だけであり、それ以外の陣営の者――冒険者チームが使った部屋で寝泊まりをしていなかった者は、一人も混じっていなかったのである。
「ぐあああ! やめろおおお!」
天使たちは冒険者たちをゴミのように台座がある、せり出した舞台―――まるでステージのような場所に、ぽいと捨てていく。即座に冒険者たちの体で山が出来上がり、次から次へと乗せられていく同胞たちの重みのせいで、冒険者たちは身動きができないでいる。
「は、はなせ、はなせええええい!」
ひときわ大きな声で騒ぐのがセクトだった。
天使たちは最後の大仕事、とでも言うように今までの二人一組がなんだったのか疑問になるほど大勢で冒険者たちのリーダー、セクトにまとわりつく。
ナイアは昔、道端で死んでいた魔獣に虫がたくさんまとわりついていたのを思い出して気持ちが悪くなった。
「ぐあっ」
セクトは冒険者たちの山の頂上に横たえられた。その瞬間を天使たちは今か今かと待ちわびていたのであろう、手をつなぎ、円を描いて踊りだす。と、同時に天井の黒い円筒が赤黒い光を発する。とんでもないスピードでステージの床が内側に傾斜をつけながら左右に割れていく。
ぽっかりと空いた奈落の底へ、冒険者たちの体が落ちていくのだ―――そう確信したその時、天井から放たれた赤黒い光の奔流が冒険者たちを、セクトを、彼らのすべてを通り抜けて、通り抜けた後にはもう何も残さなかった。彼らは塵も残さずに蒸発したのだ。
そうして、天使たちは斉唱する。
<狂った秤は静謐に~>
<正義と秩序を紡ぎだす♪>
<枯れた光を呼び覚まし~>
<世界に濁った幸福を!>
<無垢なる血は無に帰した>
<大地は閉ざされ、灰に沈んだ>
<わたしたちはこの呪いを忘れない 忘れない>
(やっぱり歌うんだ……)
ナイアは心の中でそう漏らした。




