第一夜・顛蹶(てんけつ)1
「みんな。その魔獣は犯人ではないよ。犯人は、人間だ」
そう言ったのは、いつのまにか事件現場――台座がある場所の中心、すなわちザカリアの骸の近くに腰を低くし、その背中にじっくりと視線を落とす少年―――ハンスであった。
「犯人が人間だぁ? なんかそういう証拠ってあるのかよ」
ハンスがいる場所へ足を運ばせながら、そのように言葉を吐いたのは冒険者たちのリーダー、セクトであった。
「ったく、なんか今日はおかしなことばっかり起こるよなあ。この台座んとこも、昨日までこんなじゃなかっただろ。一体どうしちまったんだか」
たしかに台座がある場所は、昨日とは違いなぜかせり上がっているようだった。
せり上がった部分の側面には、魔道具の中身を覗いた時に見えるような、いや、もしかしたらそれ以上といえるかもしれない―――緻密で複雑な部品の集合が顔をのぞかせている。
そのすべてが天井から突き出す円筒と同じ金属でできているようだった。
冒険者たちのリーダー、セクトがドスをきかせた声を響かせる。
「これを見てください。―――ザカリアさん、失礼します」
ハンスがザカリアの体を持ち上げ、そのお腹に刻まれた痛ましい裂傷を見せる。
「これは……」
剣を帯びる冒険者や騎士たちは、サッと顔色を変えた。
凶器が刃物類なら、真っ先に疑われるのは常に武器を持ち歩いている我々だ、とそう考えていたのだろう。しかし、それは杞憂に終わった。
「刃物類の跡、ですね。しかしこの大きさの裂傷であれば、大きな刃物ではないでしょう」
ほかならぬハンスからの言葉で、剣などの刃物を持ち歩く騎士たちや冒険者たちへの疑いの目線は消えたと言っていい。しかし、依然として刃物を扱える人間が犯人である以上は、どの陣営の人間たちも等しく疑わしい。
「つまり、ナイフか?」
そう言ったのは、騎士たちのリーダー、レルゲンだった。それに対し、ハンスが返す。
「断定はできないが、その可能性は極めて高いと言える。傷口の小ささの割に、体の深い部分にまで傷が到達している」
「そうか、それじゃあ、血の付いたナイフを持ってるヤツが犯人、てなことだな」
レルゲンの言葉に、ハンスが首肯する。
「とはいえ、犯人もそれを見越してナイフの処理ぐらいはしているだろう。隠せば終わりだしな。しかし、とりあえずナイフを持っていればそれだけで怪しいってことは確定なんだ。だから、今この場で、この屋敷の中でナイフを持っている者について調査を行いたい。異論はあるか?」
レルゲンの言葉に、セクトが反応する。
「オイオイ、ナイフを持っている、イコール犯人て、そんなおこちゃま理論が通用するかよ。頭湧いてんじゃねえのかあ?」
セクトの荒々しい物言いに、場の空気に緊張が走る。
「なんだセクト? やけに荒っぽい言いぶりじゃねえか。ナイフの調査がそんなに嫌か? てこたあ、なにかやましいことでもあるってことだよなあ?」
レルゲンも負けじと煽る。場は一触即発の空気となり、しかしその空気は何かに気が付いたレルゲンの一言で、急速に混沌なる状態へと至ることになる。
「おい、ところでセクト。その……腰につけてる短刀はなんだ?」
「あ? これは違えよ。これは昨日、ザカリアの旦那に預けられたもので……ウェリシアさんもそのことは知っているはずだ。そうだよな? ウェリシアさん」
「あ、ああ。昨日の夜、ザカリアが彼のもとへそれを届けに行ったことは知っている」
「三日ほど前になるが、ザカリアの旦那には整備を頼んでたんだよ。なにしろ俺の愛刀だからな」
そう付け足すセクト。たしかにウェリシアがセクトの発言を裏付けるのであれば、セクトの言うことにも説得力が付くだろう。
しかし、ここで一部の人々にはとある疑問が生じていた。
「三日前に整備を頼んだってのは分かった。だが、昨日の夜だと? それは、つまり――ザカリアが死んだのは夜中って感じだが、その直前にセクトのもとへ短刀を返しに来たって、そういうことか?」
「なんだよ、俺のことを疑ってるのか? まあいい。よぉく見ると良い、オレの愛刀の輝きをよう」
そうして、彼はその短刀を抜いた。抜いてしまった。
「え……?」
それは誰が漏らした声だったか。しかし、驚くのも無理はないだろう。
その短刀には、犯行の動かぬ証拠と断じるに足りる、真っ赤な血液がこびりついていたのだから。
そうして、ホールには静寂が訪れた。誰も、突然のことに対して何も言葉を紡ぎだすことができない。
しかし、一つだけ、ホールに集まる人々の中で共有された意識、すなわち、ただ一つの共通した見解というものがそこには生まれていた。
「セクト、お前もう、言い逃れできねぇぞ、それは」
「ち、違う! 断じて違うぞ! 俺じゃない! 俺じゃないんだ!」
皆が共有する見解――すなわち、『執事ザカリアを殺害したのは冒険者パーティー『黄昏を待つ』のリーダー、―――セクトである』という明らかなる事実。
その時だった。ホールにけたたましいまでの笑い声が響いたのは。




