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鬼ごっこ1

「おなかがへった」


 朝から腹がグーグーと鳴って仕方がない。先ほどなどは、近所のおばあさんたちと会話していたときになんの警告もなしに訪れて、とても恥ずかしい思いをした。


 私は激怒した。必ずや、邪知暴虐の腹の虫を除かなければならぬと決意した。


 まあそのおかげで飴を貰えたので、結果オーライみたいなところはあるが。


「この飴、(あめ)え~……。さてと、今日は何か獲物があるといいな」


 そう言いながら森の中を進むんでいくと、なにやら罠の方が騒がしい。


「かかってるー!!!」


 そこには大きめのシカが柵の中に閉じ込められ、じたばたとしているところだった。


「つぶらな瞳ね……」


 シカがこちらを見ている。これから何をされるのか分かっていないのだろう。純粋な目だ。


「せいやっ」


 錆びついた斧を大きく振りかぶって、そのまま振り下ろす。振り下ろした刃はシカの脳天に直撃し、色々なものがぶちまけられた。それを見て、私は自分自身に関するあることに気が付いて驚いた。


「なんか……割と無感情?」


 これは単に私が非情な人間だからなのだろうか?


 顔に飛び散った返り血を拭う。思ったよりも濃い色。


 ああ、私ったら本当に殺してしまったのね。けどその感情の裏で、……とっても、今晩のご飯が楽しみだ。


「お肉、お肉~♪……せいやっ」


 斧を振り下ろす。また血を浴びる。


「はは、これで神父さんにも報告できるかな」


 達成感があった。嬉しさがあった。私はこの時、得意の絶頂にいた。


 そして、"ソレ"が現れたのは突然だった。


「グルゥ……」


「ぁ……」


 "ソレ"はドシドシと、巨躯を揺らしながら近づいてくる。


 "ソレ"の名前は、キング・グリズリー。獰猛な肉食獣だ。いつか読んだ図鑑に書いてあった。


 血の匂いに誘われたのか?いや、そんなことはどうでもいい。今は、一刻も早く逃げなければ。


 キング・グリズリーがゆっくりと近づいてくる。そして、四本足の獣は顔を上に向けると……二本の足で地に直立し……


「ヴァアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」


 吠えた。


 森が揺れた。そう錯覚するほどの轟音。私は無意識のうちに耳を抑えていた手をどける。こんなのは人間の敵う相手じゃない。


 瞳がこちらを向く。視線が直交する。まずい、と思った時には既に、私の身体は無意識に走り出していた。一瞬間の後、キング・グリズリーが地面を蹴った音がした。


 怖い。


 走る。


 人面キノコに追われていた時よりも早く。


 走る。


 死にたくない。


 走る。


 こんなところじゃ死ねない。


 背の低い木々をくぐって逃げる。


 本当にわずか背後に、キング・グリズリーが枝をバキバキと折りながら私に迫っている。


 これじゃあ体力が尽きた瞬間にお陀仏だ。……もしそうでなくても、私が今向かっているのは街の方向。


 どうするか。このまま街に突っ込んだら、大変なことになる。きっと大勢の死者が出るだろう。衛兵が倒してくれるだろうか?いや、図鑑には魔獣狩り専門の騎士たちが討伐の任を負うと書いてあった。キング・グリズリーは辺境の街の衛兵程度が倒せる魔獣ではない、ということだ。


 前方に岐路が見える。右側はゲッティ―ローグの街。左側は森の奥の方へと続いている。


 どうする、どちらを選ぶべきなんだ。


 ……あーあ。あんなバケモノ、どのみち私じゃ倒せないわ。かといって、逃げ続けても血まみれの私はすぐに匂いで居場所を突き止められてしまうだろう。


 はーあ。完膚なきまでの詰み、ね……。


 左。


 私は一か八かにかけることにした。


 それはどうにかして逃げ続けたいという希望。叶うはずもない、可能性なんてこれっぽっちもない。


 けれど、腹は決まった。


 私は森を駆け抜ける。全速力で。これを逃げ切りさえすれば、生き残る可能性がぐーんと上がるのだ。


 走った。


 走って、走り続けた。


 そうしてようやく、目的の場所にまで辿り着いた。


「はあ……はあ……」


 そこは、崖の上だった。


 キング・グリズリーは、ゆっくりと近づいてくる。それに合わせて、私は後ずさりする。怯えから震える体を抱きしめながら、崖っぷちまで追いやられる。


 じりじり、じりじりと近づいてくる。もし人間なら「観念したのか?」とでも言う場面だろう。いや、「追いかけっこはもう終わりか?」かもしれない。私はキング・グリズリーから、勝者の余裕みたいなものを感じていた。


 酸素不足のせいか、意識が朦朧としている。それでも、言いたいことははっきり言うと決めている。


「キング・グリズリー……お前みたいなやつが大嫌いだわ。人がせっかく喜んでいるところを邪魔して、何もかも台無しにしようとする」


 一歩、二歩と捕食者は距離を詰めてくる。


「でもね、私いま、あなたに感謝しているの。だって、はっきり分かってしまったから。この世の中に自分を助けてくれる都合のいい神様なんていないんだって。だってそうでしょ?どうして神様は私を殺そうとする獣までお創りになったの?どうして飢饉が起きるの?」


 人間、追いつめられると何かよく分からないことを口走るものだ。


「私は自分勝手なの。自分勝手に生きると決めたの。だから自分に都合のよくない神様なんて認めない。神様なんて信じない!私は自分が生きたいって……そう思った感情を信じるの。きっと、生きることへの執念は誰にも負けない。だから私は自分の執念を信じる!!!」


 ついに捕食者が両手を広げて飛び掛かってきた。


 私は目をつぶり、崖の縁を蹴って後ろに飛ぶ。宙を舞う体。なんだか心までフワフワしているみたい。


 捕食者の魔の手は空を切った。私は崖下に落ちていく。


 キング・グリズリーが、所在なさげに佇んでいるのが見える。ばーかばーか!ざまあみやがれってんだ!!


 でも、こちらを見るその目はすごく悲し気で、驚くほど純粋なものに思えた。


 私は息を大きく吸い込む。


 まだだ。まだ私の戦いは始まったばかりだ。


「さあ、ここからがおおいちばッんんッ」


 物凄い衝撃と共に、私の意識は闇に溶けていく。


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