ザカリアの独白
この大空洞には昼も夜もございません。なにしろ極大の魔晶石が、絶えずまばゆいばかりの光を放ち、いつでも外は明るいままなのですから。
ですが、我々が人間である以上、睡眠というものがどうしても必要です。明るい中でも寝れることには寝られますが、しかし暗いうちでないと寝つきが悪いという方もいるでしょう。
わが主であるウェリシア様は、まさにそうした方でございます。
私がこうしていまお屋敷の中の燭台から火を全て消して、明かりを落とそうとしているのもそうした理由でございます。
もっとも、ここに来た一月前から、これは既に私の日課と化しています。
さてと、こちらの仕事は……こんなところで終わりにいたしましょう。そして、お次にセクト様にお渡ししなければならないものがありましたので、そちらを終わらせてしまいましょう。
執事の仕事というのは多岐に渡ります。しかし、その全てを全身全霊で以て片付けることこそ、最低限のラインで仕事を全うしたと言えるのではないでしょうか。
もちろん、無理難題に対して、いささかの修正を加えて頼まれたものとは違う仕事をしてしまう時もありますが、そちらはそちらで、主人や、そのご友人様たちの喜ばれる結果になっているかと存じます。
それにしても、真っ暗になったお屋敷の中で、私が持つ燭台の火だけがぼうっと浮いて見えます。それにとても静かです。まったく昼間の喧騒が嘘のようで、ほんとうに同じ屋敷の内部なのか不思議でしかたがありません。ひょっとすると、屋敷の中には私が一人だけいて、他の方々というのは私の孤独感が生み出した幻影なのではないでしょうか。
そんなことを考えながら二階から階段を下りて一階に向かっておりますと、トン、トン、と背後から音がします。どなたでしょうか。この暗い中、燭台の火も使わずに階段を下りるのは、なかなか難しいことでしょう。
私はわずかな恐怖を感じつつ、しかし執事としての品格を維持するために、あえて堂々と振り向いて声をかけました。
その時、私は暗闇の中で光る二つのものを視ました。
それは私に訪れた死神の双眸だったのでしょうか。しかしそんなことはどうでもよいことです。
私の腹には、強烈な異物感と熱さが、ここがお前の死に場所だとでも言うように、強く主張しています。ナイフは抜かれ、大きく割かれた腹からは止めどなく血があふれ出してきているのを感じます。
まるで、血と一緒に身体の中の大事なものがごっそりと逃げていくかのようでした。血が出ていくのと同時に、体の中の熱も漏れていくのです。
それは、緩やかに迎える死でした。
私は最後の力を振り絞り、なおも立ち続け、やがて、一歩、一歩と階段を下りていきます。
しかし、お恥ずかしながら私の意識はすでに濁りはじめ、自分が立っているか倒れているか、判別もつかないような有様です。
ですからおそらく、という言葉を文頭に持ってこざるを得ないところがあまり締まらないですが、私は死の瞬間まで、執事として、品格を損なわないように立ち続ける所存です。
あれから階段を下り続けていますが、私はきちんと一階にたどり着けているのでしょうか。それとも、階段のなかばで糸の切れた傀儡人形のようになってしまっているでしょうか。
そうでなければいいのですが……。




