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屋敷の中へ

 とりあえず、屋敷の中へ入ってみよう。そう決めた婆さん、ナイア、ふわたろうトリオは警戒しながら屋敷玄関へと近づいていく。


 近くに来て気付いたのだが、この屋敷は遠目で見たときよりも巨大な屋敷だった。いったいここに誰が屋敷を立てたというのだろうか。


 屋敷の大きな扉を叩く。暗色の木材で作られたそれは、決して華やかなものではないが、屋敷全体の色合いと調和し、洗練された品の良さで以て来客を出迎える。


 扉の前に婆さんとふわたろうが着いたところで、コンコンとドアをノックする。


「どうぞお入りください」


 誰かの声がする。男の人の声であるようだった。


 扉を開き、言われた通り、中に入る。扉の先にはすらりとした銀髪の執事が立っていた。その奥には何人もの人々がいて、こちらを値踏みするような視線を向けている。


 豪華絢爛な大広間。天井には巨大なシャンデリアがぶら下がり、壁には巨大な絵画がかけられている。首を吊る人の周りに人だかりができている様子が描かれた、なんとも趣味の悪い絵画だった。何か部屋の真ん中には台座のようなものがあり、ちょうど絵画と同じような首吊り用のロープがある。と、そこで近くに立っていた執事が動きを見せたので、そちらに意識を向け直す。


「わたくし、執事をしております。ザカリアと申します。以降お見知りおきを。」


 見事な所作で挨拶をする。その立ち居振る舞いに、皆じっと注目してしまう。その動きは、まるでダンスの動きのひとつであるかのようで━━━━それほど美しく、洗練されたものだった。


「この階層は一種のセーフエリアとなっておりまして、魔物などはおりません。ぜひとも肩の力を抜いてリラックスしていただきたい。」


 そう言って、ザカリアが大広間に面した二階通路の方に手のひらを向けて皆の視線を導く。もしここが戦場だったとして、知らないエリアが広がれば、その分、生き残る確率は低くなる。だからその時、半ば本能的にナイアは素早く地形を観察した。これは"邪神の箱庭"での戦闘で学んだ生存スキルのひとつであった。


 大広間の両脇の奥に階段が設置されており、そこから二階に行けるようになっている。屋敷の二階にはドアが五つある。屋敷内部の左側に二つ、同様に、右側にも二つ。残す一つは二階の真ん中。すなわち、両脇の階段のスペースに挟まれるようにして存在していた。


「客室は全部で五つございます。そのどれを選んでくださっても構いません。と、言いましても私共()も近頃この屋敷に来たばかり。差し出がましいことを言う資格などないのですがね」


「おっと、言い忘れておりました。私はある方の執事として働いているのですが━━━━この場所についてもいろいろと疑問もあるでしょうが、まずは私たち(・・)について自己紹介をしましょう。どうぞこちらへ」


 その間、奥に控える集団━━━━よくみれば二つのグループがあるようだった。一方は冒険者風のいでたち。もう一方は騎士風の装いである。騎士たちの服装は、どこかで見たことがあるようなデザインだ。━━━━は一言も声を発することなく、ただ、執事ザカリアに連れられる私たちに、険しい視線を浴びせるのみであった。


「ウェリシア様、客人をお連れいたしました。」


 客室の一室、その扉の前に案内される。コンコンとノックをした後、「入れ」という年歳若い男性━━━━少年の声が聞こえた。ザカリアが扉を開き、促されるがままに中へ入った。


 そこはまるで執務室であるかのようだった。暖炉の前にどっしりと構える巨大な机━━━━執務机は、ちょうど玄関の扉と同じ暗色の木材を使って拵えられた一品であると推測され、ここでも洗練された美、過度に華美を求めすぎない風流の在り方を魅せられる。


 三人(二人と一匹)は心の中で、揃ってこう思った。「おしゃれだ……」と。しかし、ひとつだけこの部屋の調度品とは浮いたインテリアがあるのがナイアは気になった。部屋の中央に置かれた、真っ赤な水晶の玉のことである。


 と、そのとき執務机に座り、手を胸の前に組んだ少年が、暖炉の中の暖かな橙色の炎を背にし、口を開いた。


「俺はフォルサード伯爵家が当主、ウェリシア・フォルサードだ。王都からきた」


「伯爵⁉」


 今まで聞いたことのない高い声で驚きを表現したのは婆さんだ。


「フォルサードと聞くと、あまり聞きなじみはないが、確かに王都でその名を耳にしたことがある。……官職だけに付いている、いわゆる法衣貴族であったと記憶しているが……」


「おや、我らの名をご存知とは、なかなか貴族の情報に明るいようですね。フォルサード家は皆、人見知りが多いもので、社交の場にもあまり出ませんのに」


「いえ、昔から貴族の方々とは関わる機会が多かったものでして」


「なるほど。失礼、身分のある方とお見受けします。お名前をお伺いしても?」


「いえ、名乗るほどの名はございません。」


 ピシャリ、と。婆さんの口調には、深く掘り下げることを許さない圧を感じさせた。


 そうか、婆さんは貴族だったのか。どおりで時折、わずかな所作、立ち居振る舞いの中に育ちの良さのようなものが見え隠れしたわけだ。


「しかし、そうですね。呼ぶ名前がないと、なにかと不便でしょう。ここはロズ(ばあ)とでもお呼びくだされば幸いです。」


「ああ、それではロズ婆と、呼ばせていただくよ。」


 今更だが、婆さんの名前を知らなかったことに気が付いた。婆さんを「婆さん」と呼称していたために、名前を聞く必要性を感じなかったためだ。


 ……でも、もしかすると結構長く一緒に旅していて、同じ時間を共有することも多かったのに、名前すら知らないって結構やばいことなのでは……。


 いや、しかし婆さんも婆さんで「私の名前は○○です」なんて初対面の時に自分から言ってくれなかったし、聞いたら答えてくれたかもしれないけど必要のない会話なんて私も婆さんもしなかったもんだから……。というか、婆さん呼びが私の中で定着してしまった時点で何かもう他の呼称はしっくりこない、受け付けない体になってしまったのだから仕方がない。仕方がないと思おうじゃないか。


 ナイアは納得した。自分をそう納得させることに成功した。


「それでは他の方々のお名前もお聞かせ願おうか。いろいろ話すべきこと、話したいことは山々だが、まずは自己紹介といこうじゃないか。」


 そうして、自己紹介が行われる。ふわたろうの自己紹介はナイアが代わりに行った。ふわたろうの好きな物がシカの肉だとナイアが伝えた際、たかが使い魔の説明に人間と同じ情報量を割くな、とでも言うような、なんとも冷たい空気が流れたのだが、ナイアは気づかなかった。


 自己紹介が一通り終わると、ウェリシアがパン、と手を打って言う。


「ここで一つ貴殿らにはお願いがある。出来ればだけど、ここに来たのは我々が一番最初だから、基本的には我らの言うことを聞いてもらいたい」


 そのやや高圧的な物言いに、すこしむっとなって表情が硬くなるナイアたちのトリオ。それを見て、ウェリシアは一転し、下手に出るような柔らかい物言いで声を発する。


「おっと、ついつい偉そうな口を叩いてしまったが、すまない。なにかと貴族気分が消えなくてね。ダンジョンの中では貴族も平民も関係ないのに、忘れていたよ。まあ、ここでは共同生活だ。困ったことがあれば言ってくれよ」


 室内には、ウェリシアの話す声とは別に、暖炉の音、そして紙の本……そのページをめくる音が聞こえている。暖炉とは離れた場所に本棚と窓があり、そこに安楽椅子を置いて本を読みふける少年がいるのだ。


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