迷宮の地下深くで
ふわたろうが壁に開けた穴の先には、人ひとりが身をかがめてやっと通れる幅の洞穴が続いていた。
少し進んでは後ろに合図を送り、身をかがめつつ、ゆっくりと進んでいく。ふわたろうの大きさではとてもギリギリで、苦しそうである。
現在、それぞれが離れ離れになって洞穴を進んでいるわけだが、こうした場合に怖いのは、やはり各個撃破されることだろう。しかし身をかがめなくては通れない洞窟の中という制約によって、離れ離れに進まざるを得ない。なぜなら、地形的に行動を束縛された状況で一か所に固まっていては、罠などで一網打尽にされてもおかしくはないからだ。
事実、先頭の私は水溜まりの中の落とし穴や、降り注ぐ鍾乳石などの罠を起動させてしまい、その都度ヒヤヒヤしながら後続の婆さんに合図の声をかけていた。
「出口だ」
なんとか洞穴の先、開けた空間を見つけ、気が緩む。その瞬間、私は自らを律した。なぜならばこの悪辣なダンジョンが、その程度の人間心理を熟知していないはずがないからである。すなわち、この瞬間、この場所には確実に何か罠が仕掛けられている。
その判断はきっと正しかった。けれど、ゆっくり慎重におっかなびっくり石橋を叩いて渡るかの如く進んでみても、きたるべき災難は降りかからない。
少し疑心暗鬼になりすぎたか?
そんな感情が脳裏をよぎった時、私の目は通路の先、目指すべき洞穴の出口の先の様相を見て、釘付けになった。そして、不用心にも魔力につられ、突き進んでしまうのだ。
そして、洞穴の出口を飛び出す。
そこは、今までに見たこともない、ゲッティローグの街がまるごとすっぽり入ってもまだ余りあるほどの大きさの、巨大な地下空間だった。
天井からは山ほどの大きさの鍾乳石が垂れ、まるで地獄の剣山といった様相を呈している。また、降り注ぐ水は瀑布となって地底の海に吸収される。
そして地下空間を彩るのが、赤、橙、黄、緑、青、紫、白。極彩色の奔流だった。
それというのは、これまた巨大な水晶の塊で、それがびっしりと地下空間の壁や地面、天井、鍾乳石などに絡みついて、覆っている。これらが発する淡い光は、しかしその量によって強い光となって地下空間を照らしている。いったいこれらの水晶を地上に持って帰れば何代分の財産を手に入れることが出来ようか、いやきっと浪費家百代を養っても余りあるであろう、それほどの水晶の量であった。
しかも、ここがダンジョンという特殊な場所であることを考慮すれば、この水晶はただの鉱物としての水晶ではないかもしれない。
「ナイア、先ほどから声が聞こえんが、死んだか」
後続の婆さんが洞穴からにゅっと顔を出す。遅れてふわたろうが婆さんを邪魔そうにぐいぐいと外へ追いやり、地下空間の中へ到達した。
『なんて綺麗なところだろうね!』
ふわたろうが「フスー、フスー」と鼻息荒く興奮を露にする。どうやらこの光景がお気に召したようだ。
「これほどの魔水晶……この水晶たちは一体幾星霜の年月をここで費やしたのやら」
婆さんも珍しく感情っぽく言葉を紡いだ。
「この大きさで、この量の魔水晶となれば……少なくとも、一国の軍事力が賄えるじゃろう」
「そんなもん? 大国の総生産に匹敵すると思うけど」
「さすがにそこまで行くかは分からんじゃろうよ。これだけ得られたなら需要と供給のバランスが崩れて単価も下がろう。それに、あたしゃそんなことを言いたかったんじゃないよ。これだけの大型魔水晶、軍事転用すればどれほどの魔術兵器を作れるだろうね。それだけじゃない。今までその貴重性を考慮して見送られてきた大型魔水晶を用いた実験がいくつあると思ってるんだい。まず間違いなく、採算度外視の実験がバンバン行われて、いくつもの理論が見つかって、いくつかのブレイクスルーが起こるだろうね。サイズの大きな魔水晶がこれだけあるというのは、それだけで新たなる兵器の造成を約束するものなんじゃ」
いつになく早口で婆さんが言う。というか、途中から早すぎるし何て言ってるのか分からな過ぎて聞き流していた。
『熱くなるのはいいけどさ、一番気になるものの存在を忘れてはいないかい?』
そうだった。私たちの目の前には、地下に似合わない明るい緑色の草を纏った緩やかな丘陵と、いくばくかの木々たちに囲まれた、丸太を組み合わせた様式の邸宅がぽつんと存在していたのだ。




