動物を狩ろう
神父さんからもらったにんじんを餌にして、ついに罠を使う機会が訪れた。
「こんなのをよく作ったな、わたし。」
完成した罠を見て、私は自分のことを天才だと思い始めていた。
作った罠の前で動物を待っていても、彼らは鼻が利くから人間が近くにいればすぐにわかる。絶対に近づいてこないだろう。
そこで、私は遠くの木の影で動物が来るのをひたすら待ち続けた。
しかし、待てども待てども来ない。日も暮れかけ、そろそろ帰ろうかと思い立った時、ようやく罠に何かがかかった。
扉が閉まるのが見えたが、いったいどんな獲物がかかったのだろうか。
期待に胸を躍らせてちかづいてみると、そこには小さくて白うさぎがいた。
「肉だ!!!!!!!!」
今夜はうさぎシチューだ!!!!!!
私は狂喜乱舞した。持っていた斧を手に取り、刃の先をうさぎに向ける。
「ごめんね、うさぎちゃん。きみの命は無駄にしないからね」
教会で食べたシチューの味を思い出す。
私のシチューだ。私のシチューはもうすぐそこまで来ているんだッ!!!
こんなところで、罪悪感なんて感じて、斧を振り下ろさないなどという選択肢があるだろうか。
しかし、なんだろう。この気持ちは。
くりっとした瞳が、汚れを知らない純粋なその視線が私の瞳を捉えている。
なぜだろう。なぜ私はいま、無意識に視線を逸らしてしまったの?
私は…
沈みゆく太陽を背にして、城壁をくぐる。
教会の前を通りかかれば、神父がちょうど教会から出てきた。
「おや、どうでしたか?」
「…今日は、ちょっとダメだったです。でも、明日は期待しても大丈夫ですよ!」
帰れば、味気のないスープと硬くて美味しくない黒いパンが私を待っている。
考える。
もし私がウサギを持って帰れば、お父さんは喜んだだろう。
そうなるはずだった未来を、私は自らの選択でふいにしてしまった。
私の判断は、正しかったのだろうか。
「あの。神父さん」
「はい、なんでしょう?」
「あまりうまく伝えられないんですが…」
まとまりのない、結局何を聞いているのかも分からないような私の話に、神父は真摯につきあってくれた。
「ナイアはよく考えているのですね。そうですね…私の場合、迷ったら神様に聞きます。ああいえ、直接聞くというわけではなく、…なんというのでしょうか、神様の教えに背かない選択は何か、自問自答するという表現が正しいでしょうか」
神様というのは、イマイチ漠然としすぎていてよく分からない。けれど、神父はあると信じているし、信じているからこそ自分にとって正しい選択が何か、分かるのだろう。
私は自分で目にしたものしか、理解ができない。
神父が信じる神というのも、ふわっとしすぎていて信じられない。…ふふ、こんなことを人前で言ったら罰せられてしまうかも。
でも、少し分かった気がする。大切なのは、信じることなのだ。それは、神様をというわけではない。心の中に、ひとつ絶対に信じられる何かを持つことだ。信念と言い換えても良いかも知れない。
「…そう、ですね。自分にとって大切なものがなんなのか、少し分かった気がします」
神父と別れた後、家への道すがら考える。私は、なぜうさぎを助けたのだろか。わたしにとって、あのうさぎは晩御飯以外の何物でもなかったはずだ。あれが人面キノコだったら、容赦なく斧で殺していた。
考えても考えても、答えは出ない。ただの情けといえばそれまでだろう。だが、この問いに何か、大切なものが隠れている気がするのだ。私にとって、大切な何かが。
「ただいま」
扉を開けると、父が酒を飲んで酔っ払っていた。
「うお〜。母さんかと思ったよ。おかえり」
「何言ってるのよ、父さん」
母さんならもう、五年前に死んだじゃない。
「お前は本当に母さんそっくりだなあ。…その物憂げな顔、母さんにそっくりだよ。でも、お前はおてんばしてる時が一番可愛いんだからな。お父さんは、お前にずっと笑っていてほしいぞ」
酒の力を借りて饒舌になった父さんが、普段は絶対に言わないであろうことまで喋る。
これはだいぶ飲んだだろう。
「ちょっと、お酒の配給は少ないんだから飲みすぎないでよ!」
「大丈夫だって、ずっと前から溜めてた分だから」
そういって、父さんはグラスについだワインをぐびぐび飲み始めた。…まったく、もう。




