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天国と地獄

 しかし扉を開けてしまったからにはもうこのドアを押す腕をいまさらひっこめるという気にはならなかった。というか、人のよさそうなおばあちゃんがめちゃくちゃこっちを見ている。めっちゃ目が合ってる。どうしよう。いまさら戻れないよ。


「こんにちは」


 話しかけられてしまった。もう終わりだ。


「こんにちは……すみません、おすすめありますか?」


「そうさね。今の季節なら、バッフォル・ボアの山菜添えってところかね」


 なんだそれ。よく分からんがうまそうだ。それにしよう。


 注文を頼んでから、すぐに料理が運ばれてきた。目の前でジュウジュウと湯気を立てる、焦げ目のついた猪肉の塊。理性をゆるがすお肉の匂いのなか、わずかに香る荒っぽい野生の臭みがいいアクセントだ。辛抱できない。さっそく料理を口に運ぶ。


 一口目、私はいま天国にいるのだと錯覚した。

 二口目、私はいま生きていることに感謝した。

 三口目、私はこの世界で生き続けようと決意した。


 そうしていつのまにか、私は料理をたいらげていた。おばあちゃんが話しかけてくる。


「アンタ、旅の子かい? そんな歳で、すごいねえ」


 少し見ただけで私が旅してきたことを当てるとは、このあばあちゃん、なかなかただものではない。長年の経験やカンというものは全く軽んじるべきものではないのだな。

 おばあちゃんは、少しの間私の身体を観察してから言った。


「その恰好じゃ、相当無理してきたんじゃないかね。ほら、水浴び場を貸すよ」


「でも……」


「なに金はいらんよ。とっとと入ってきな」


 私はお言葉に甘えて風の唸り亭の水浴び場で水を浴びた。頭からばさーっと冷たい水をかぶったら、なぜだか涙が出てきた。それはこの世のものとは思えないほどの料理を味わったからだろうか。それとも────人の温かさを知ったからだろうか。


 水浴び場から出てきた私は、待ち構えていた兵士たちに無銭飲食の疑いで牢屋へ連れていかれた。扉から引きずり出されるとき、助けを求める視線をおばあちゃんに向けると、ぷいとそっぽを向かれた。私は何があってもこの店をつぶし、あのババアを地獄の底に引きずり落としてやることを決意した。



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