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堀がトイレに行ったため一人で甘いカシスソーダを飲んでいた。
自分に声をかけるのを見計らったのか、近くにいた北村が自分に話しかける。
「堀も結構変わったな」
「大体女子はみんな変わってないか?」
「まあそうだけど堀は、昔はとっつきにくい性格してたろ。今も違う意味で近寄りがたい雰囲気あるけど」
確かに堀をよく知らない人間から見ればとっつきにくい性格だったのだろう。関わりにくい。部活でも会話の輪に入ることはしなかった。
だがそれは彼女が多数の人間の言葉を聞き取るのが苦手であるからだった。
クラスが一緒だからグループで話し合いすることもある。自分は堀に片想いをしていたからよく見ていたのでその過程で知った。
そう思うとつくづく自分は気持ち悪い人間だったんだなと自嘲する。
「…………もしかして狙ってる?」
「馬鹿か俺は嫁しか見てねえよ」
「めっちゃ嫁好きじゃん」
そうこう話しているうちに自分のグラスの中身も無くなっていた。
トイレから帰ってきた堀もそのまま会話に混ざってきた。
「北村君は前川さんと同じ高校だったよね。付き合いはその時から?」
「よく覚えてるな。……前川と付き合い始めたのは高3の時だよ。堀は彼氏いるの?」
眼鏡の向こうで眉を下げて困った顔を浮かべた。
「少し前までいたんだけどねー……」
「あっ、なんかごめん……」
北村は何かを察したのか気まずそうな顔を浮かべる。自分は堀に恋人がいたということにわずかながら衝撃を感じた。
堀自身、片想いをしていた自分も含めモテないわけではなかった。
『あの、今日下級生から告白されたんですけどどうしたらいいですか?』
部活中、誰と指名をせず突然堀が話しかけてきたと思えば、その内容が衝撃的だったのでその場が凍り付いてしまった記憶がある。
その時は先輩の一人が堀に会話を切り出した。
『堀サンはどうしたいんです?』
『なんで先輩が敬語になるんですか。……うーん、どうするってか、告白されても私にとって知らない人だからなぁ。あっちも月曜に返事欲しいって言って逃げちゃったし』
常日頃から自分達に彼女はいらないと宣言しておきながら、身近な人の恋愛事情に対して興味がないと言う訳でもなかった。しかもその身近な人が部の中の紅一点である堀であるなら尚更。オタサーの姫ほどの優遇はしなかったが、みんなそれなりに気に掛けてはいたのだ。
部員のみんなで根掘り葉掘り聞き出した。
『……その下級生はどこの部かわかる?』
『多分バスケ部だと思う』
『おのれ陽キャどもめ!!』
『あの、前から思ってましたけど、みんなよく陰キャ陽キャ言ってますよね。それ惨めになりません?』
『今日の堀ホント容赦ないな!』
オタクは陽キャが天敵だ。少なくともこの天文部においてはそうだった。
だが相談してきた堀の意思を汲み取り、断るなら「気持ちは嬉しいけどごめんなさい」と言え。絶対に嫌そうな顔をするな。という助言をしてその話は終わった。
当時から堀のデリカシーのなさをみんなはよく知っていたから。
だが後日下級生が堀に告白したという話が学校中に広がってしまった。
堀は知らないと言っていたが、その下級生はイケメンだったということもありそこそこ有名な生徒だった。
だが恋バナ好きな女子たちの噂で堀はその下級生を認知していない、興味ないということも知られ、かなりショックを受けている姿を遠くから見かけた。
今思えば大人しい彼女はちょろそうだと思ったのかもしれない。
その話を聞いた天文部員一同は、堀に告白した下級生に対して内心合掌した。天敵である陽キャ相手でも自分の醜態を学校中に晒されるのは流石に可哀想だった。
そしてその事件をきっかけに自分は堀への告白をする勇気もなくなってしまった。