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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

子宮――ナナちゃん奇譚②怖くて悲しいお話たちより

作者: 天野秀作

主人公七菜、通称ナナちゃん。彼女は人よりもずっと〝やさしい〟霊感の持ち主だった。心に傷を負った霊たちが、彼女に救いを求めてやって来る。

 ナナちゃんは、今年三十三才、わけあって風俗業を生業にしておりました。

 私から見ればまだまだ若く、魅力的なお嬢さんなのですが、こと風俗の世界では、三十を超えるともうすでに熟女枠になり、人妻系もしくは、マザコン系を好む客層がターゲットとなるのだそうです。実際、貰えるお金も二十代と三十代では差があるとのこと。


 でも本人は「あはは、あたしなんかもう十分オバちゃんやで、若い子には敵いませんわ」とあっけらかんと話します。


 実はナナちゃんはシングルマザー。若く見えますが、十才と八才の二人の娘さんがいます。なんと旦那は二人目の娘が生まれてすぐに愛人と蒸発したきり、今現在も行方不明。しかも多額の住宅ローンと借金を残したままだったそうです。


 普通は自己破産するとか、行政に頼るとかいろいろしそうなものですが、ナナちゃんはすべてをそのド根性で受け入れたのです。それが、彼女の風俗嬢となった理由でもあるのですが、しかもわずか五年ほどですべての借金を返したと言うのですから、まったく恐れ入ります。


 そして借金を返した後も、二人の子供のために毎日とっても頑張っているわけです。私はそんなナナちゃんを応援しています。ああ、断っておきますが、私は彼女の客ではありません。彼女とは男女の敷居を越えた絆で結ばれているような気がします。前世とか、もっと前から知っているような気さえしています。前にも書きましたが、彼女はきっと私のソウルメイトなのかもしれません。 




 さて、いよいよ本題に入りたいと思います。彼女も私と同じでとても憑依体質でした。変なモノをしょっちゅう引き寄せたりくっつけたりしています。その関係で私と話が合ったわけなのです。




 ナナちゃんは二十五才でその世界に入ったのですが、これは彼女が風俗を初めて間もない頃のお話です。


 彼女が初めて勤めたお店は、市内の某出張型のマッサージ店、いわゆるデリヘルと言うやつでした。ある日、店から指名が入って、彼女は市内の場末にあるマンションへと向かった時のことです。 




  子  宮




 場末にしてはけっこう高級そうな分譲マンションだった。


 エントランスで教えられた部屋番号を押し、ロック開錠される。




  ――帰って。




 マンションに入った途端、小さな子供の声が聞えた。


 ナナちゃんは一瞬、訳もなく悲しくなって、本当に帰ろうかと思った。しかし、仕事を初めて日も浅く、そんなことできるわけもない。幼い二人の子供の顔が浮かぶ。頑張らねば! 


 ナナちゃんは気合を入れてエレベーターのボタンを押し、目当ての階数ボタンを押した。




  ――帰って。




  まただ。また声が聞えた。これはいよいよヤバいかと思う。でももう後には引けない。 


 そして部屋に入る。客は四十代ぐらいのどこにでも居そうなサラリーマン風の男性だった。


 飾り気の一切ない簡素な部屋だった。けれど、掃除の行き届いた清潔な部屋だったので、ナナちゃんは少し安心した。心配していた女性の気配もなかった。


 六十分コースで時間も短かったので、さっそく仕事を始めようとした矢先だった。


 まだ仕事に慣れないことと、極度に緊張していたせいか、ナナちゃんは急に気分が悪くなり、お腹も痛くなって来た。それで恐る恐る、男性に許可をもらい、お手洗いを借りた。


 そして慌てて便座に座ったところでナナちゃんの意識はぷっつりと途切れた。




 ドンドン、ドンドン、ドアを激しく叩く音で我に返ったナナちゃん。


 外で男が何か大声で叫んでいた。しかしナナちゃんの意識はまだ朦朧としている。


 とうとう外側からドアをこじ開けて、男がトイレに入って来た。


 見上げる。目が合う。男の顔は血の気がなく、酷く何かに怯えているように見えた。


 あかん、ヤバイ! 咄嗟に身の危険を感じたナナちゃん。ナナちゃんは用心のため、トイレ内にハンドバッグだけは持ち込んでいたので、すぐに携帯を取り出そうと足元を見た瞬間、とんでもないものが目に入った。


 「えっ! ちょ! 何やこれ!」 


 戦慄が走る。なんと、自分の下腹部に、いつも護身用に持ち歩いている百均の果物ナイフがぷすりと突き刺さっているではないか。


 次の瞬間、腹部に焼け付くような激痛を感じてナナちゃんはその場に倒れ込んだ。


 カラン……ナイフが床に落ちる音が聞こえた。




 そしてナナちゃんが次に目覚めたのは病院のベッドだった。


 ぼんやりした意識の中でナナちゃんは思い出していた。トイレに駆け込んで慌てて下着を下ろし、便座に座り込んだ途端、確かに女性の声を聞いた。




  ――子宮なんかいらん




 そして無意識で護身用のナイフをハンドバッグから取り出して、自分の腹に突き立てたのだ。


 幸いなことにおもちゃに毛の生えた程度のナイフだったことに加え、非力な女性の力だったので傷は内臓までは達していなかった。腹部を数針縫うだけで済んだ。しかし警察にはこっ酷く叱られて、病院には多額の治療費を取られるという散々な目に遭った。  


 警察の話によれば、その客の男はいくら待ってもトイレから出て来ないナナちゃんに異変を感じてトイレをこじ開けたらしい。それで腹部にナイフの刺さったナナちゃんを発見してすぐに救急に連絡したのだと言う。つまり男に襲われたのではなく、その逆だった。




 後日、ナナちゃんがその男にお礼とお詫びを言うために再会したが、その時信じられない話を男から聞いた。


 実はその男には人には言えない悲しい過去があった。


 男は、かつて付き合っていた女性との間に子供が生まれたが、女性には精神疾患があり、満足に育児もできなかったらしい。そして子供が三才の時、女が目を離した隙に、子供は四階のベランダから転落して死んでしまった。     


 女はそれを悔やみ、男の留守中にトイレで自分の腹を出刃包丁でえぐって自殺を図った。


「子供が死んだのはすべて私のせい。私が殺した。私みたいな女が子供を持つことなど初めから許されなかった。だからもう二度と子供ができないように、子宮を壊す。こんな不幸なものはいらない」


 遺書にはそう書かれてあったらしい。




 「あんた! あかん! お祓いに行き! その彼女、まだここにいてるよ」


 そう言い放ってナナちゃんはマンションを後にした。


 子供を思う女の情念の強さは、同じ母であるナナちゃんには痛いほどわかる。


 もちろんナナちゃんもその後すぐにお祓いに行った。




                                 続く



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