三話
「なん…で…」
六月二十六日金曜日、確かにそう言った。聞き間違いの可能性を否定するかのように、朝の情報番組は淀みなく進んでいる。
「母さん……。今日って何日で何曜日だっけ?」
「何言ってるのよ?二十六日の金曜日でしょ?」
「だよね……。そう…だよな…」
「早く起きすぎてボケてるんじゃない?顔でも洗ってきたら?」
言われた通りに顔を洗ったところで、頭の中は混乱している。自分の理解を超えた何かが起こっている。ただ、嫌な予感がする…。
「そうだ……、昨日のやり取り……」
思い出したかのように自分の部屋に駆け込んだ。目当てはスマホ。いち早く昨日の履歴を見て安心したかった。俺の中のごちゃごちゃした思考を吹き飛ばしてほしかった。
【NINE】を開いてミオナとのやり取りをスクロールする。だが、いくら探したところでデートの約束をした文面は見当たらなかった。
「どういうことだ……」
またも夢?いや、その言葉で片づけてしまっていいのか?
俺は馬鹿だが、鈍いわけではないと自負している。あらゆる可能性を模索する。そのさなか、部屋の本棚で並べられた漫画が視界に入る。
「まるで漫画のような―――」
ある馬鹿げた考えが頭によぎる。様々な物語で見たこと、聞いたことある”あの現象”と重なる。
「……な訳ないか」
俺も頭がおかしくなっているようだ。
考え込んでいると、下から「ご飯できたよー」と声が聞こえた。どうやら小一時間ほど経過していたようだ。
三度目の二十六日の朝、自分でも驚くほど冷静だった。何に驚けばいいかわからず、そんな状況だと人間は一周回って受け入れるのかもしれない。
俺は普段のように、平静を装って朝のルーティンをこなして家を出た。同時に隣の家から出てくるミオナの姿も見える。
「おはよう。アキト」
「おはよ……」
昨日のことを聞くのが怖くなる。でも、聞かないと進めない。
「ミオナ…、昨日の放課後のことなんだけど……」
「放課後?……昨日は真っ直ぐ帰った…よね?何かあったっけ?」
ハズレてほしかった予想は見事に当たってしまった。
「いや…。何でもない……。忘れてくれ」
「どうしたの?気になるよー…」
「いいからいいから」と歩き出す。学校へ向かう道中のミオナとの会話は覚えていない。
訳もわからず、ただただ告白が無に帰した絶望は言葉に表せない。学校へ着いてからもそれは変わらなかった。
悪夢を裏付けるような三度目の授業は、聞いているだけで頭が痛くなる。途中から考えることを放棄して、逃げるように校庭を眺める。視点は定まらない。先生に当てられたところで答えるのは容易だった。そんな事実も認めたくなくて。
「体調悪いの?」
お昼休み、ミオナが俺の顔を覗き込む。これもつい最近見たな……。
手元にはミオナが作ってくれたお弁当。どれも美味しそうで、どれも記憶に新しい。飽きることなんてないのだが、今日はなんだか味がしない。
「そんなことないよ……」
「そうは見えないけどなぁ……」
「ちょっと考え事してて…」
「そうなの?悩み事なら私で良かったら聞くよ?」
「いや、大丈夫…」
言ったところで……。ミオナなら茶化すことなく聞いてくれるかもしれない。けれど、告白の件がある。その部分を隠して話せれば良いのだが、俺はそんなに器用じゃない。万が一告白をしたということがバレたら、変なタイミングで伝わって失敗するかもしれない。そうじゃなくても、伝え方が下手な奴と思われる。そうなるくらいなら、秘密にしておこう。
濁しながら食べ進める。ミオナは心配してくれているが、しつこくは聞いて来なかった。
俺はまた別のことで悩んでいた。それは、今日告白をするかどうかについてだ。
もし、行動をなぞるなら、お昼休みの今、「放課後教室で待ってて」と言わなければならない。成功するかは置いといて、それを伝えなければ始まらない。そう思って臨んだ二回目を経て、現在、三回目のお昼となっている。特にリスクもないのだが、告白を何回も経験するのは嫌だった。俺の中で大切な思い出にしておきたかった。繰り返されることが確定しているわけではないが、可能性はある。もしこれが全部夢でした、となるならそれで結構。何にせよ、不安があるなかで伝えるべきではないという考えに至った。
この不思議な出来事と告白は切り離して、解決した後、正々堂々と思いを伝えるんだ!
「今度は何?いきなりグーに力込めて…」
俺の覚悟は、無意識に拳に力を込めていたようだ。「午後もがんばろーってこと……」と誤魔化すと、笑われたので、恥ずかしかった。でも、ミオナが笑ってくれるならどんなことでも頑張れる!
待ってろミオナ!すぐに解決して告白するからな!
人知れず決意をして、午後に備えるのであった。
午後の授業も全く同じ。変化があったのは帰り道だった。それもそのはず、前回と違って今回は恋人ではなく、友達のままだからだ。今までのを夢とするなら、今回の方が正しいのかもしれない。
あの時のぎこちなさは無く、スムーズに会話は続く。悪いことじゃないのに、何だか泣けてくる…。
表面上でいつもの俺を演じながら家まで帰った。
部屋に戻ると、この出来事についてすぐに考える。
まずは現状を把握…といっても何もわからない。
六月二十六日金曜日を繰り返しているということだけわかっている。今が三度目で、内容に変化はなく、全く同じだった。
次に可能性。
最有力は夢の中ということ。2度目までが夢で今日が現実。もしくはまだ夢の中。もっと言うなら、何かしら事故や事件に巻き込まれて意識不明とか?そんな記憶はないのだが、有り得なくもない。
もう一つは朝、漫画を見てパッと思いついたもの。
「タイムリープ……」
さすがに、非現実的だ。とはいえ現象としては一致しているので、あながち飛躍しすぎという程でもない。だからといって信じているわけではないが…。
そして一番大事な対処法。言い方を変えればこれからどうするか、だ。
大きく分けると二つ。同じ行動をとるのか、行動を変えるのか。考えていたわけではないが、前者はすでに試してある。その結果、今に至っている。それを踏まえて無駄と切り捨てるのはまだ早い。何回か試してわかることもあるし、そもそも夢だったら意味がないので、まだやってみる余地はある。
もう一つの行動を変えるというのも試す価値有りだ。変化がないなら自分から変えていくしかない。それがきっかけでわかることもあるだろう。百歩譲ってタイムリープだったとしても、そもそも、物語でよくあるそれは何か事件や出来事の結末を変えようと起こっている。分岐点から別のルートへ進む手段のような場合が多い。今の俺に心当たりはないが、知らないところで関わっているのかも。
そうなるとどう変えていくかが問題だ。何も起こっていない以上、具体的な案が浮かばない。学校には行った方が良さそうなのだが、そこでどうするか。どうせ何回か受けた授業だし、抜けて見回りでもしてみるか?それとも、それを意識しながらもう一度周りの様子に気を配って過ごしてみるか?
「あー……もうわかんねーよ……」
いくら考えても具体的な案は出てこなかった。
結局、「夢でしょ」「何かの間違い」そんな考えに行きついてしまう。そうであってほしいという本心だ。
また繰り返すようなら、その時決めよう。自分で自分を納得させてこの日を終えることになった。
寝る前、スマホを確認する。前回あったミオナとのやり取りはない。自分で決めたことだ。
「こんな状況すぐに抜け出して、絶対告白してみせる!その為に何か行動を起こさないとな!」
夢であってほしいと願いつつ、繰り返される「今日」を覚悟しながら眠りに着いた。
◇
本来、休みであればまだ寝ているはずなのだが、心のどこかで「金曜日だろう」思っていたのか平日と同じ時間に目を覚ます。
リビングに行くと母が朝の支度をしている。母の起きる時間は平日も休日も大体同じだ。
「あれ?今日は早いじゃない」
その一言に違和感を感じたが、あまり気に留めなかった。
いつもの情報番組を観ようとテレビをつける。ピッ。
【おはようございます。六月二十七日土曜日、モーニングサタデーの時間です】
「え?」
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