12.エピローグ
※BGM 流るる時
〔テキスト〕
三日後。
矢切長義と矢切国広は、色取山にある温泉旅館を訪れていた。
そこは、かつて龍樹の本丸だった場所だ。
本丸を最低限の改装で旅館にしており、二人が泊まる部屋も当時からのものだった。
部屋は奥まった場所にあるため温泉や食堂からは遠いが、その代わり他より広くゆったりとしている。
そこは第一部隊隊長兼近侍の部屋だった場所で、奥まった場所にあるのは隣室で暮らす審神者を守るためだった。
そしてここは、山姥切長義の部屋でもあった。
とはいえ室内に当時の物は残っておらず、内装は普通の客室と何ら変わらない。
「さて、さっそく取り掛かろうか」
長義は部屋まで案内してくれた従業員が居なくなると、押し入れの襖を開けた。
「この押し入れの向こう。
審神者の部屋とここの間には、元々別の部屋があったらしい。
山姥切国広――お前は、キリクニと呼んでいたかな。
あいつの部屋がそこだったんだ」
長義は押入れに敷き詰められた布団を丁寧に取り出し、畳の上に積み上げていく。
国広の手伝いもあって、上段の布団は見る見る内に無くなっていった。
「山姥切長義はキリクニの帰る場所を守ろうと、あいつの部屋を封印することにした。
空き部屋と認識されていたから誰かが入ることはなかったけど、建物を売り払う時に中の物を全て捨てられる可能性があったんだ。
それを阻止するために、襖や窓を外して壁にして、この部屋以外から入れないようにした。
突然現れた壁を不審に思うものも居なくはなかったけど、そもそも使われていない部屋だから誰も深く追求しなかった。
そして建物自体を壊されては意味がないから、審神者――家主にここを売って旅館にするよう進言した。
旅館が無くなって取り壊される可能性もあったけど、幸い老舗にまで成長したようだ」
「言われてみれば、隣の部屋まで遠かったな。
おまけにキリクニの部屋がある部分だけ、壁の塗り方が少し雑だった。
あれはあの長義が、自分で埋めたのか」
「さすがよく見ているな。
国広、頼む」
長義が促すと、国広はスマホのライトを付けた。
空になった押し入れの上段を、くまなく照らしていく。
「山姥切長義は、キリクニを探すためにかなり資金を貯めていたらしい。
そしてその全てを、キリクニの部屋に隠した」
「それで、そのお金を依頼料として貰うわけか」
「まぁ、そういうことだね。
ついでに、部屋の様子も見ておきたいし」
「なるほど。
……あ、あったぞ」
国広はそう言って、押し入れの隅を照らした。
長義が国広の背後から覗き込んでみるが、何も見つけられない。
「行けば分かるか」
長義は国広のスマホを借りて、押し入れの上段に登った。
先程国広の指摘した場所を照らすと、そこに小指くらいの小さな凹みがあった。
取っ手だった。
「結界があるな。まったく、どこの俺も用心深い」
祖父母の家で起こった事件を思い出し、長義は思わず苦笑した。
ちなみにその事件の後国広に送った守り石は、穢れをため込んでしまったため駒獅子のある神社で浄化中だ。
長義は手刀で結界を破り、取っ手に手をかける。
押し入れの壁は引き戸になっており、開けると山姥切長義のより少し広い部屋があった。
四方を壁に囲まれているため、昼間だというのに明かりは天井の照明しかない。
人工的な明かりで照らされた部屋は、とにかく統一感がなかった。
天板が三毛猫の顔をした折り畳み机があるかと思えば、重厚な作りの桐箪笥がある。
壁には所狭しと西洋画や屏風絵が飾られ、床には碁盤や愛らしい熊のぬいぐるみが置かれ、棚の上には花瓶や壷やダルマなどが飾られている。
その多くに修理の痕跡があり、いくつかは直しきれなかった損傷があった。
整理されてはいるものの、とにかく物が多いので乱雑な印象を受ける。
山姥切長義によれば、ここの山姥切国広は収集癖があったらしい。
ごみ捨て場などからまだ使える物を積極的に回収し、修理して使用していたのだ。
物であるが故に、捨てられるのを見過ごせなかったのだろう。
「遅いのです!
恩人さん達のせいで、小柄は三日も無駄にしたのです!」
部屋の中央で、五歳ぐらいの男の子が仁王立ちしていた。
金と黒が混じる髪を肩まで伸ばし、白い着物と赤い袴を身にまとっている。
国広と同じ翠色の目が釣り上がって、気の強そうな印象を与えた。
密室に忍び込んでいる以上、普通の人間でないのは間違いない。
長義が押し入れの中で戸惑っていると、背後から「どうした」と国広の声がした。
長義は男の子を警戒しつつも、部屋に降り立った。
国広もそれに続く。
「えっと……誰だ?」
国広が怪訝そうに訪ねると、男の子はどこか誇らしげに答えた。
「小柄は小柄なのです。
山姥切長義の写しにして、新刀の祖堀川国広が傑作にして、龍樹の右腕にして第一部隊隊長 山姥切国広……の小柄なのです。
まぁ、第一部隊隊長と右腕の座は結果的に長義のヤローに取られましたが、実力は今だって劣ってないのです」
「こづか?」
国広の疑問に、長義が答える。
「刀に付ける小さな刀だよ。
木を削ったり、緊急時には手裏剣代わりにすることもある。
彼はキリクニの小柄、所有物のようだ」
「説明ありがとなのです。
小柄は恩人さん達にお礼と、国広……ついでに長義の近況を伝えに来たのですよ。
立ち話もなんなので、取り敢えず座るです。
長義の友人が定期的に掃除してたらしいので、綺麗ですよ」
三人は、愛らしい三毛猫の折り畳み机を囲んで座った。
室内は小柄の言う通り掃除が行き届いていて、塵一つ落ちていない。
「友人というのは、本丸の刀かな」
「そうです。なんか、同じ美術館に居た古い友人らしいのです。
そいつらには国広を探してるのがバレて心配されたらしくて、力になりたいと言われて掃除を頼んだようなのです。
隠し事がバレるなんて、長義は意外と抜けてるのです」
同じ美術館の古い友人とは、南泉達で間違いないだろう。
山姥切長義が抜けていたというより、昔馴染み故に異変に気付きやすかったという方が正確なはずだ。
「では、本題に入るのです。
まずは、国広をあの場所から出してくれてありがとうなのです。
おかげで国広達は、山守に転生できたのですよ」
山守というのは、その名の通り山を守る怪異だ。
姿形は特に定まっておらず、狼や熊といった動物の時もあれば、老婆や少年の時もある。
山に害をなす怪異や人間を退治したり、山で迷った人間を助けたりするらしい。
その特性故か、目撃例は山とその周辺に限定されていた。
「転生って、随分と早いね。
あれから、まだ三日だろう」
「神域から黄泉に行く途中、鬼女が居たあの山――橋那山の神様に呼び出されたらしいのですよ。
山神様は交霊術で呼んだ適当な魂を狛狼に入れて、山守を作ろうとしたみたいなのです。
国広達はあの山と縁が深くなっていたから、それで呼び出されたようなのですよ。
ちょっと穢れてるけど強いし悪い奴でもないしと、山神様は国広達の魂を使うことにしたらしいのです。
ついでに神域から山に放り出された小柄も回収されて、山神様の声を人々に届けるカラスになったのです」
「なるほどね。
神域から漏れ出た瘴気で、橋那山は穢されていた。
それによって、山の神の力もかなり抑え込まれていたはずだ。
鬼女が倒されたことで山の神は力を取り戻したが、次同じようなことがあれば対処できない。
その為の戦力として山守を作ったわけか。
うん。あの二人を選ぶ辺り、君達の主は見る目があるよ」
「ふふん。小柄もそう思うのですよ。
国広は伊達に第一部隊隊長だったわけじゃないのです。
それに長義のヤローはいけ好かないですが、信用はできるやつなのですよ」
小柄はそう言って、得意げな笑みを浮かべた。
どうも小柄は、山姥切長義を嫌っているらしい。
もしかしたら山姥切長義は、刀でなくなった今も山姥切国広を「偽物くん」と呼んでいるのかもしれない。
だとしたら、小柄のこの態度も頷ける。
自分の主が「偽物」と呼ばれるのは、いかなる理由であれ気分がいいものではないだろう。
「本来は国広が直接礼を言うべきなのですが、それが無理なので小柄が来たのです」
「それなら、直接家に来た方が早くないかな」
山姥切長義なら、矢切家の場所を知っている。
彼に尋ねれば、わざわざ三日も待ちぼうけを食う必要などなかったはずだ。
「そうですけど、国広の荷物を取りに来たかったのですよ。
きっと皆、国広の所に帰りたいはずなのです。
移動はなるべく少なくしたかったので、ここで待つことにしたのです」
部屋の物は年季が入っていたが、自我を持つほどの力は感じられない。
帰りたいというのは、あくまで小柄の主観だろう。
「鬼女が居た橋那山は、恩人さん達には嫌な思い出しかないでしょう。
でも、いつか国広達に会いに来てあげてくださいです。
鬼女が居なくなったことで、今は平和でいい山なのですよ。
色取山と違って山道もあって登りやすいですし、小柄の翼で山頂に運んでやることもできるのですよ」
「分かった。今度、南泉も含めた三人で行こう」
国広が、力強くそう言った。
普段なら止める長義だったが、この時ばかりはそうしなかった。
「では、小柄はそろそろ帰るですよ。
あ、これは長義の依頼料です。余程値下がりしない限りは、十分足りるはずなのです」
小柄はそう言って、テーブルの上に『100g』と彫られた金の延べ棒を置いた。
本物であることを証明する刻印がしっかりと彫られ、持ち上げると確かな重さがある。
「それでは、本当にありがとうございました」
小柄が立ち上がり、深々と礼をする。
次の瞬間、部屋中にカラスの黒い羽が舞った。
その羽が視界を瞬く間に黒く染めたかと思うと、次の瞬間には明かりが消えて部屋が真っ暗になっていた。
長義は慌てて、点けっぱなしだったスマホのライトで辺りを照らす。
小柄の姿はなく、ただ空っぽになった部屋があった。
舞っていた羽も、三毛猫の折り畳み机も、桐箪笥も、屏風絵も、部屋を埋め尽くした何もかもが無くなっている。
天井を照らしてみると、吊るされていた照明さえ無くなっていた。
長義はライトを下ろすと、国広に向かって微笑んだ。
「用は済んだし、久しぶりの温泉旅行を楽しむとしようか」
※BGM ひらひらり
〔テキスト〕
「この一週間ずっと考えて、いい方法が浮かばなかったんだ。
だから、単刀直入に聞く。
どうすれば、俺はお前に償える」
山守の国広がそんな事を言ったのは、彼とその本歌が転生して一週間経った頃の事だった。
この時山守の長義は丁度見回りから部屋に戻ったところで、それを見計らって国広が訪ねてきたのだ。
訪ねたと言っても、襖一枚開けただけである。
国広と長義の部屋は隣同士で、襖一枚で繋がっているからだ。
それは、国広のためだった。
山神に交霊術で呼び出された時、長義達の魂には瘴気による影響が残っていた。
特に国広は、ほとんど化け物になりかけていた。
そんな状態で、山守になれるわけがない。
そこで二振りの魂は、清められることになった。
長義の方は転生したその日に終わったのだが、長年瘴気に晒された国広はそうはいかなかった。
最低でも一年かかる上に、その間境内から出られない。
もし一歩でも出てしまえば、山の瘴気に当てられ、たちまち化け物へと転じてしまう。
また浄化の効果は国広の精神に大きく左右され、いつまた悪化してもおかしくなかった。
この問題を解決するため、当人の意思に関係なく二人の部屋は隣同士となった。
国広の精神は、前世で背中を預けた長義の気配を感じることで安定したからだ。
とはいえ、お互い積極的な交流はなかった。
会話は最低限を通り越し、ここ数日は挨拶程度しかしていない。
顔を見たのが食事の時だけ、なんて日もあった。
それが珍しく声をかけてきたと思ったら、伝えられたのは謝罪の意思だった。
「あの時俺の瘴気を取り込まなければ、お前にはもっと自由な未来があった」
骨董品の座卓を挟んで長義と向かい合った国広は、どこか苦しそうにそう言った。
国広も長義も、その姿は刀だった頃と寸分違わない。
長義の体は透けていないし、国広は両目が揃った上に肌も鈍色ではなくなっていた。
ただしもう刀ではないので戦装束ではなく、二人とも白い着物と赤い袴を身にまとっていた。
「お前は主や皆の側に居ることも、遠い国や町に行くことも、誰かと恋をすることだってできた。
少なくとも山守として、山に縛られることはなかったはずだ」
山守は、山神の領域から出られない。
その領域は主に山中のみだが、秋だけは麓の町まで広がる。
何故なら、山神は田畑の神としての性質も持つからだ。
秋には畑に降り立ち、恵みをもたらすのである。
山守が山神の領域から出るには、それこそ死んで転生するくらいしかない。
それでも山守になったのは、それが二振りの魂を清めてもらう条件だったからだ。
もし断っていれば、化け物として転生することがないよう、魂もろとも消滅させられていた。
そうなればもう、現世にも、黄泉にも、何処にも存在できなくなる。
「……気にくわない。
俺が自分で考えて、自分で決めて、選び取った今だ。
それを偽物くんなんかに、不幸だと決めつけられる筋合いはないよ。
そういうお前こそ、どうなんだ。
本当は、今だって本丸に帰りたくて仕方がないんだろう」
国広は驚いたように目を見開き、少し考えて「そうだな」と答えた。
「本丸に未練がないと言えば、嘘になる。
けど、俺はいいんだ。
龍樹の刀に戻れて、龍樹や本丸の刀達に思い出して貰えた。
今は新しい主がいて、役目があって、お前や小柄と言う仲間がいて――これ以上、望むものは何もない」
「それは……単なる妥協だろう」
中途半端に気を使うくらいなら、いっそ素直に罵ればいいのにと長義は思った。
長義が国広に託されたのは、国広が刀として本丸に帰る事だ。
結局、長義はその願いを叶えてやれなかった。
長義はその事で国広から恨まれていると思っていたし、同時にその憎しみを受け止める義務があると感じていた。
「それは違う。
お前の言葉を借りるなら、こうなる事を俺自身が選んだんだ。
俺はお前に未来を託して、お前は俺の期待に応えてくれた。
だから俺は、今こうしてここに居られる。
これは……妥協なんかじゃない」
長義の目を見据え、国広はきっぱりと答えた。
その瞳はどこまでも真っ直ぐに澄んでいて、嘘がない。
「変なことを聞いて、すまなかった。
俺に何かして欲しいことがあったら言ってくれ。
これは償いじゃなくて、助けてもらった礼だ。
それじゃあ、ありがとう」
国広は軽く頭を垂れると、立ち上がり長義に背を向けた。
襖に手を掛けて、物で溢れた自室に戻っていく。
襖が閉じて二人の部屋が分断されれば、またいつもどおり。
お互いに深く関わることのない日々が戻ってくる。
何が好きで、何が嫌いで、何を考えていて、何を思っているか。
お互いそれを知ることもないし、知ろうともしない。
それで問題ない。
必要な連絡はきちんとするし、連携だって不思議と取れる。
山守の役目にも私生活にも、一切支障はなかった。
「待て」
だというのに、長義は国広を引き留めていた。
『俺は山姥切国広という刀に対して色々思うところはあったけど、お前自身には興味がなかったんだ』
かつて、長義は国広にそう言った。
そこに嘘はない。
そしてそれが過去の話であることも、また事実だった。
襖を半分開けたところで、国広の手が止まる。
国広は驚いたように振り返ると、長義をじっと見つめて次の言葉を待っていた。
長義は会話の糸口を必死に探し、やがて見つけたそれをそっと口にした。
「……そういえばお前、文句も恨み言もいくらでも聞くって言ってたよな」
それは国広が連れ去られる直前、長義に囁いた言葉だった。
国広は記憶を辿るように視線を動かすと、「言ったな」と静かに答えた。
「お前には言いたいことが、山ほどあるんだ。
長くなるから、飲み物くらいは用意してあげよう。
お前、何が好きなんだ?」
〔テキスト〕
TrueEnd
ふたつの山守




