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第3話 新しい体のこと


「はぁーっ、疲れた……!」

 魔王城の上階の方にある客室用の部屋。そのベッドに倒れ込むようにしてうつ伏せに転がり、僕は今までの出来事を思い出していた。


 気を失ったら、これまでいた世界とは別の世界に行ってしまっていたこと。

 自分の体が、少女勇者のそれに変わってしまったこと。

 元の世界に戻るために、魔王の子供たちと協力し合わなければならないということ。

 そして、強烈な個性の魔王女・魔王子たち……。


「はぁー……」


 喧騒から離れて一人ぼっちになると、意識していなかった寂しさやはるか遠くに来てしまった切なさが胸を締め付け始める。僕は日本に帰ることができるのだろうか? そして、元の体に戻ることができるのだろうか。

 さらさらした銀髪の前髪が僕の額とベッドの間で潰れているのを額に感じる。


「〈ティナ〉、かぁ……」


 アーロンさんに付けられた女の子の名前。確かにこの体に似合った可愛らしい名前だけど、いち高校生男子の僕には気恥ずかしい名前だ。でも、洋介って名前が、雪の妖精のようにはかない少女に全くそぐわないのもまた事実。

 とりあえず僕は、この世界にいる間は洋介ではなく〈ティナ〉であることを受け入れようと思った。不本意だけれどそのほうが色々とスムーズに行くだろう。もちろん、それはほんの一時的なものに過ぎないけれど。というか、そうであってくれ。


 ふー。

 柔らかいベッドに包まれるようにして、やっと僕は安堵を得ることができた。そうすると、自然と意識が銀髪の美少女(ぼくのからだ)に集中する。


 髪を触ってみる。

 初雪のようにさらさらとしたそれは、僕の手の中で溶けるように指の間を転がっていく。その一本一本がまるで生きているかのように滑らかな動きだ。髪の毛から良い香りが漂ってくる。女性の髪というのはみんなこんな感じなんだろうか? それとも、とりわけ僕の髪がそうなんだろうか。


 今度は腕だ。

 手首から肩まで、つー……と指を滑らせる。すべすべとした絹のような肌が心地よい。男だったときの僕の腕よりもずっと細くて頼りないが、この腕で剣を持って戦っていたというのだから驚きだ。きっと、腕力だけじゃなくて魔力で補助していたんだろう。


 喉は男の時にあった膨らみが消え、平坦になっている。ここからあの鈴を鳴らすような甘い声が出ていたのかと思うと変な気持ちだ。


 そして……


 自然と僕は起き上がり、胸当てや肩当てを取り外し始めた。胸が窮屈だったというのもあるけれど、|それを窮屈だと思わせている《・・・・・・・・・・・・・》存在を確かめたいという気持ちを消すことができなかった。……決して下心があるわけでない。

 それにしても、付けたこともない鎧をいとも簡単に外すことのできる自分自身にびっくりした。きっと、魔法と同じで、この肉体にある記憶の中に、鎧の外し方というのもあったのだろう。じゃなければ全く素人の僕ができるはずなんてない。


 鎧が外れ、僕は今まで胸当てに守られていた膨らみをまじまじと見た。


(ああ……ホントにあるんだ……)


 正直少女勇者に変わったと言われても、心の何処かでは半信半疑な思いが残っていた。でも、胸を見ると、その思いがきれいに消し飛ばされる。

 インナーに二つの小山を形作っているそれは、女の子としては多分……平均くらいの大きさなんだろう。でも、形はとてもきれいだ。


 服越しに、僕はおそるおそる僕のおっぱいを触ってみた。


 ぷにぷにぷに。


 弾力でもって指を押し返してくるそれは、紛れもなくおっぱいだった。女の子のおっぱいなんて触ったことのない僕が自分のおっぱいをいじっているのはなんだか変な気分だ。それに、多分インナーの中で着ているブラジャーが、胸を優しく包んでいる感覚もある。

 うう、僕男なのに、ブラを着ているんだ……。


 ぷにぷにぷにぷに。


 調子に乗ってずっといじっていると、がちゃというと音がして部屋の扉が開いた。


「わあぁぁ!!」

「失礼、入るぞ。……って、あれ?」


 おっぱいをいじっている姿を隠すために慌てて体を曲げてベッドで丸くなる僕を、怪訝な表情でアーロンさんが見ていた。隣には、シックなメイド服を身につけた一人の魔物の女性が立っている。彼女が魔物だとわかったのは、お尻の当たりから尻尾が出ていて、肌が夕焼けのように赤かったからだ。


「気分がすぐれない様子だが……どうかしたのか」

「なんでもありません!! なんでも!」

 慌ててごまかす僕を、クスクスとメイド服の女性が笑っている。


「そうか。なら良い。紹介しよう」

 アーロンさんは隣の女性の肩をポンポンと叩いた。

「彼女はメリア。魔王城のメイドの一人だ。そなたの身の回りの世話をすることになっている」

「メリアです。よろしくお願いします」


 メリアさんはペコリと頭を下げた。真面目そうで良い人だ。どうやらこの世界であった人の中では一番常識人みたいな感じがする。


「こちらこそ、よろしくお願いします。きっと短い間の付き合いになるとは思いますけど……」

「ん? 短いとは?」アーロンさんが尋ねる。

「半分願望ですよ。僕だって、あんまり長い間この体で過ごしたくはないですからね」

「そうか? そうであれば良いのだがな……」


 アーロンさんは何やら悩んでいる。あれ、魔王の魂を戻す方法はやっぱり見当もつかないのかな。それとも……(これは僕にとって悪い想像だけど)魔王を復活させる方法と僕を元の世界に返す方法は全く繋がりのない別のことで、僕はただ単に騙されているとか……?

 いやいや、ここはアーロンさんを信じるしかない。他に何か頼りにできるものなんて無いのだから。


 バタンと扉がしまって、部屋には僕とメリアさん二人きりになる。ニコリと微笑みを浮かべて、彼女は口を開いた。


「では、ティナさん、寝間着にお着替えしましょうね」

「うん……。って、えええ!?」


 驚きの声を上げてメリアさんを見るが、何を驚いているのかわからないというきょとんとした表情で彼女は僕を見つめ返す。

 いやいやいや、だめでしょう! 女の子に下着を見られるなんて……。

 あ、でも、僕も今女の子だった。


「う、うん。よろしく、ね」

 こわばった笑顔でそう返す僕に、メリアさんはもう一度ニッコリと笑い顔を向けた。






 うう……恥ずかしかった……。

 白い清潔そうなブラジャーやパンツを見られながら、メリアさんに着替えを手伝ってもらった僕。まるで可愛い妹に接する姉のように、僕よりやや背の高いメリアさんは丁寧に僕のインナーを脱がせ、代わりに空色の柔らかい生地のパジャマを着せてくれた。着るものだけ渡してくれれば自分で着替えるとも言ったのだけれど、協力すると言って聞かなかった。僕を着替えさせることがそんな楽しいのだろうか……? うーむ、わからない。

 パジャマの気持ちの良さを全身に感じながら改めてベッドに横になる。こっちの世界の文明も結構進んでいるみたいで、衣服の出来は日本と遜色がない。家具や、建物のつくりも立派なもんだ。まあ、こっちには〈魔法〉という大きな武器があるのだから、たとえ機械が無くてもそれで技術力の差を補える部分もあるのだろうけれども。いや、そもそも機械は無いのかな? 魔界には無いだけで、人間の世界にはあるのかもしれないぞ。物理の法則が同じなら、きっと誰かがニュートンやエジソンになるだろうから。


 それにしても、元勇者の体だというのに、魔王の娘たちは結構優しくしてくれたな(ミアに至っては抱きついてきたし)。もしかして、面識がなかったりして。

 そうすると、勇者と戦った魔物というのも案外数は少ないのかもしれない。いや、戦ってなくても、ダルクやミアはセレスさんの姿さえ知らなかったみたいだから、この世界の人間と魔物の対立はそれほど激しくはないのかもしれないなぁ。

 明日、この世界のことについてアーロンさんに聞いてみよう。


 そう言えば、お風呂はどうしましか? とメリアさんに聞かれた。

 うん、困った。服越しならまだ良いけれど(おっぱいをいじったのは〈良い〉とはちょっと言えないかもしれないけど)、流石に裸を見るのはまずい。女勇者(セレスさん)に申し訳ない。でもお風呂に入らなければ、汚れちゃうしなぁ……。

 新しい体に新しい環境。悩みは尽きない。



────────



 ──ティナ(洋介)がベッドで色々と考えている頃──


「わからん……どうして父上が? そして、勇者に起こった異変……。タイミングが良すぎる。」

 机に座り、積み上がった書物を読みながら、第一王女アーロンは頭を悩ませていた。

「まるで地上の厄介者を一網打尽にしてしまおうとするかのようだ。勇者と魔王、それらが一気に消えて、得をするのは誰だ? そいつがこの騒動を引き起こしたに違いない」

 アーロンは疲れた目を指で抑えて、フーッと息を吹いた。眼鏡をとり、机に置かれたタオルで汗の滲んだ額を軽く吹く。

「まさか……。いや、ひょっとしたら……あの伝承の……。いや、まだそう断定するには材料が少なすぎる。まずは魔物たちから、そして次は人間どもから犯人探しだ。きっと捕まえてやる。魔王軍参謀長としてのプライドにかけて……!」


 アーロンは心のどこかで恐れていた。この事件がただの愉快犯の仕業ではないことを。強大な力を持つ父親の魂を封印した存在が、さらに強大な生物であるという事実を果たして否定することができるだろうか?



 戦いの気配は静かに、しかし確実に、魔王の娘たち、そして、すやすやと眠り始めたティナの運命を飲み込もうとしていた。



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