第9話『失恋』
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松尾リク(主人公)
筒井君(筒井道隆さん風)
葛山君(葛山信吾さん風)
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19歳のG.Wから続いていた葛山君との生活。
彼の仕事の都合で一時は寮に帰ったりして
距離を置いたりしたこともあったものの、
またやっぱりお互いに一緒にいたくて戻る…
そんなふうに同棲生活が続いていた。
この幸せな暮らしを続ける中で、
ハタチになったばかりの私は、
<結婚>に異常なまでの憧れを抱いていた。
<恋愛>と<同棲>と<結婚>の違いを訳もわからずに、
とにかく葛山君との結婚に憧れた。
今から思えば一緒にさえいられれば、
結婚を望む必要なんて何もなかったのに。
それに、当時ハタチの私からは大人に見えた葛山君、若干23歳。
まだまだ結婚を考える年齢ではないことも、今なら解る。
けど当時の私にはそんなこと何も見えなくなっていたし、
むしろ彼のほうから一緒に暮らそうと言われた時点で、
彼から結婚を求められたかのような気になって舞い上がっていたし。
ただ、好きで好きで、たまらなくて、
好きになればなるほど、
彼も同じだけ愛してくれているかと不安で不安で
しょうがなくなってきていた。
結婚が、永遠に愛し会える約束なのだと思った。
思い込んでいた。
この舞い上がる幸せな毎日を
この先もずっと確定するのが<結婚>なのだと。
幼稚な私の勘違いと思い込み。
ただ、
今のままずっと愛しあっていたかった、
本当はそれだけだったのに。
いきなり結婚をチラつかされて舞い上がった後、
なかなか結婚話が進まないことに不安を感じ始めた私は、
いつしか事あるごとに葛山君に結婚をせっつくようなことを言っては、
ヒスを起こしたり、泣きすがったりすることが多くなっていった。
彼は「好きだ」と言ってくれているのに、
愛が見えないと泣いてばかりいる私だったから、
とうとう葛山君は、
「少し距離を置こう」
と、寮に帰ってしまった。
一旦別々に暮らして普通のカップルとして楽しく付き合っていこう、
ということのはずだったのだけど、
離れたことで私の心が余計に乱れ、
ますます泣きすがってばかりに…
そして、とうとう葛山君からの連絡がぷっつりと途絶えてしまった。
「来週は展示会とかで忙しいし逢えないけど、
再来週の水曜には逢えるから、電話するよ。」
そう書かれたある日の置き手紙。
その葛山君の言葉だけを信じて
次の水曜日まで待っていた私。
こんな泣いたりすがったりばかりの私じゃなく、
再来週の水曜日までにちゃんと笑顔に戻って、
そしてあの楽しい日々をやり直そう!
そう自分に言い聞かせて、
寂しさも我慢し、再会の日を待った。
約束の水曜日。
前の夜から、水曜当日、木曜日の朝まで、
一睡もしないで彼からの電話を待ってた。
独りぼっちの部屋で…。
携帯電話は無い時代です。
部屋から一歩も出ず、電話機を抱きかかえて二晩を明かした。
涙が止まらなくて、
どうしようもなくグシャグシャになりながら、
いろんな事を考えながら…、
死にたくなる程辛かった。
どんなに待っても、電話は鳴らなかった。
それから、毎日鳴らない電話を待って泣いているだけの日々だった。
毎日眠れずに過ごし、だんだん頭がおかしくなっていくようだった。
悪い夢を見ているんじゃないかと何度も思った。
あんなに幸せに暮らしていたんだもの。
今日家に帰ったら、きっと部屋には葛山君がいて、
すべてが元どうりで…、そうに決まってる。
きっと悪い夢なんだ。
そう毎日祈りながら帰宅して、
真っ暗な独りの部屋で泣いていた。
彼が出て行って、一ヵ月が経ち、
泣いて泣いて涙も枯れて、
私はすっかり壊れてしまっていた。
完全にイカレタ私は狂ったように、
言い寄ってくるいろんな男と寝た。
誰にも何も感じなくなっていた。
ただ馬鹿なことをして気を紛らしていたかった。
みじめさや寂しさを忘れていたかった。
それだけ。
どうしようもない自堕落な行動を繰り返しているうちに、
不思議なことに、いつしかほんのわずかだけれど、気が紛れて、
心が軽くなっていくのを感じていた。
何もかもが馬鹿げて思えてきて、
なんかどうでもいいや…って思えるようになって、
気分が軽くなって、
救われた気がした。
この時から私は<愛>を信じなくなっていた。
<愛>なんて糞食らえだと思うようになっていた。
突然私の前から姿を消した葛山君。
そんなに別れたいなら、
私のほうから、
「別れましょ」
ってケジメをつけてあげようか、
最後くらい良い女でいたいから。とか、いろいろ考えた。
でも、
やっぱり本当に何か事情があって急に連絡出来なくなっただけで、
私を捨てた気なんてないのかもしれない。
だとしても、
私にこんなに辛い思いをさせた仕返しに、
「もう別れる」
って、言ってやろう!とか、
それはそれは色々考えた。
突然の音信不通から二ヶ月が経った頃には、
それもこれも、
何もかももう、
どうでもよくなってきていた。
心がマヒ状態で、
悲しみもなんだか良く分からなくなっていた。
何もかもが遠い昔の夢だったみたいに思えてきた。
あまりに荒んで乱れた自分が、
あの頃の自分とはかけ離れて思えたからかな…
辛さも紛れ、なんとなく笑えるようになりかけていた頃だった。
突然、葛山君が帰ってきた。
汚れきった私の前に。
もう忘れてしまおうとしていたし、
万が一再会しても、別れを言うつもりでいたのだけれど、
いざ目の前に彼の姿が現われると笑っちゃうくらい弱い。
どうしていいか分からなくなってしまっていた。
動揺の極みだった。
葛山君の心はもちろん、自分の心も分からない。
恨んでいるのか、
愛しているのか、
もう忘れたのか、
まだやり直したいのか、
何がなんだか分からずに…。
葛山君は、
「別れたくない」
と口走りながら、私を抱いた。
彼と再び抱きあえたことで、
愛しあえた気がしたけれど、
やっぱりそれは幻でしかなかった。
彼は彼なりにいろいろあったようで、
とてもすべてに疲れ切っていた。
だから私の元に駆け込んで来ただけもかもしれない。
私が愛してやまなかった彼の輝きはそこにはなかった。
純粋だった私の心も身体も荒みきってた。
結局そのあと一、二度逢って、それきりになった。
特に別れ話もしていないまま、
二人の糸はプツリと切れた。
けれど、
私は今度はそれをまっすぐに受け止めることができた。
もう以前の私とは変わってしまっていたから。
生まれて初めての<失恋>だった。
リクは地獄への一歩を踏み出していた。
第10話『乱れた生活〜地獄へ』へ続く
まっすぐな恋をした時代を経て、主人公リクは段々と変わって行ってしまう。
ただまっすぐに恋していただけのハズだったのに、過ちを犯しながら傷付き、
どんどん汚れていく。そしていつしか地獄へ…。
本当は誰よりも<愛>に生きたいのに。リクに真実の愛はみつけられるのか…




