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第39話『悪い事は悪い!』

倫理に反する事も色々と出てきますが書きます。

おこがましいかもしれないけれど、反面教師として、

似たような境遇に今いる人に何か一助となれば…

と少し思ってます。

 

「しばらく逢わないほうがいいかも知れない」




 この言葉が彼のメールにあるなんて、

想像した事もなかった。











 私のメールに珍しく親身に長文を返して来てくれた彼。

ちゃんとした返事、それは、

ずっと待ち焦がれていた事で

本当にすごく嬉しかったのだけど。


 その一行だけが、

私の心に大きな刃物のように深く鋭く刺さってきた。









 楽しみにしていた11/23。

もう何週間も逢ってなくて、

その日を指折り数えて毎日を我慢してきた。






 しかも九月以来、久々に外でのデート。

二人で本当に楽しみにしてた。














「その日だけは予定どおり逢う事にして、

その後しばらく距離を置くっていうのにしない?」








 そう言いたい。


 そう言って欲しい。






 言い出す踏ん切りも付かないまま、

11/23は孤独に過ぎて行った。

悲しかった。
















 私は13年間勤めた会社を年内で退職して、

独立開業する事になってた。

彼の奥様と顔を合わせながらこの会社で仕事を続けるのは

私にはこれ以上無理だったから…

(※第36話『残酷な手紙』参照)



 ここ数年、私の仕事が雑誌などでも取り上げられて、

私の仕事運は完全に上向き風。

退職までラスト一か月のこの時期、

寂しさを紛らすためには仕事に没頭するしかなかった。




 それでも埋まらない切ない時間、

せめて夜中のチャットで見えない誰かにお喋りを垂れ流す事で、

ノブヒコさんの事を考える独りぼっちな時間を埋めるようにしてた。




 仕事、仕事、仕事、

追い込んでて忙しい。




 でも寝る時になると、

ノブヒコさんを想って寂しくて眠れなくなってしまう。


 ”しばらく逢わない”っていつまで?


 ”しばらく”ってどのくらい?







 気を紛らわすために、

チャット仲間たちとお喋りを垂れ流す…













 当時よく話したチャット友達の一人に小栗君という

四歳年下、27歳の消防士がいました。




 レスキュー隊員でもある彼は、

絵に描いたような体育会系の爽やか好青年。



「璃玖さん、こんにちはっす!

連日の激務、お疲れ様っす!

自分は今日は勤務明けっす!」




 いつもチャットで会うとこんな調子、

ある意味一風変わった真っ直ぐな青年だった。










 


 基本的にクソ真面目人間の私と、

真っ直ぐで爽やか一直線の小栗君とは、

えらく意気投合し、

姉・弟のような感じから、

<親友>と呼び合うような仲になっていった。






 なかなか逢えない<彼氏>のことを喋るために

チャットしていたようなものだったから、

その<彼氏>が訳ありな人物である事は

チャット仲間たちにはオープンに話していたつもりだった。



 小栗君も、当然、私の彼が既婚者である事を

知っているものだとばかり思ってた。



 ところが、なぜだか、

小栗君は長い間それを知らずにいたらしい。

まあ多分、「既婚」とか「不倫」とか、

具体的な言葉を出してた瞬間に、

たまたま小栗君が居合わせなかった、

ただそれだけだと思うけど、









 お互いを親友と呼び合う間柄になってから、

その部分を知った小栗君。



「自分は、

”そういうのもあるよね〜”

とか、物解りが良い大人ぶった

変な同意はしたくありません。

悪いものは悪い!そうですよね?

そんなの璃玖さんらしくないっす。」





「……。」





「色々事情がおありなのかも知れませんが、

そんなの解りたくもないっす。

というか、事情があろうが、悪いものは悪い。

若輩者が生意気な口きいて失礼かと思いますけど、

璃玖さんならちゃんと解って下さる方だと思いますので。」







「……。」








「自分、言ってる事間違ってますか?

間違ってませんよね?」







「うん。間違ってないね…」












 既婚者の彼との事は、

当然身の回りの誰かに話す事は出来ない。

まして彼は同じ会社の人間だもの。

誰が誰と通じてるか解らないのだから、

実世界では親友にでさえ彼の素性は言えなかった。


 でもバーチャルなチャットの中でなら、

私がどこの誰かも解らない、

相手がどこの誰かも解らない、

唯一ありのままを吐露することが出来た。




 そんな中で吐き出す不倫話など、

誰も否定したりしない。


「切ないよね」「辛いよね」

「でも愛し合ってるんだよね」

適当な肯定の相づちをうってもらえて、

一人で溜め込んだストレスのガス抜きをする。







 誰も、否定したり、

叱ったりしてくれなかったし、

それを望んでもいなかったし、

小栗君の真っ直ぐな反応にビックリした。



 当たり前の正論を、

真っ直ぐ堂々と言われて、

面を食らった。














「璃玖さんらしくない!」

そう言われた事が、ズシンときていた。






 悪い事だと解っていながら自分に言い訳しながら…



 人を欺いて傷つける行為を続けてる…








 コソコソと人に隠れてビクビクしながら生きてる…










 違う。違う!



 堂々と前を向いて生きていたいハズ。



 誰にも本当のことが言えず、

コソコソ嘘にまみれてるのは嫌!









 小栗君の言う通り、

ぜんぜん私らしくない…















 しかもこんなに苦しい。









 ひどい言い方をすれば、

彼の奥様を傷付け苦しめても、

それで私が幸せでたまらないなら、

変な言い方だけど、理にかなってる。




 でも違う。




 彼の奥様を傷付け苦しめる行為なのに、

私もこんなに苦しくてたまらない。




 誰も幸せじゃないなら、

なんの意味があるというの?











 確かに彼といて、つかの間の幸せは大きい。

彼を愛し、愛されているという、

それだけで物凄い大きな幸せ。

だけど、

あまりに苦しみの方が大きい。








 どうせこんなに苦しむのなら、

別れる苦しみに耐えるのも同じじゃないかな。


 付き合い続ける苦しみは、

彼の家族も、自分をも苦しめるばっかりだけど、

別れる苦しみは、

少なくとも彼の家族を幸せにする。



 同じ苦しむなら、

人として、

ハッピーな方向にむかって頑張りたい。


 どうせ苦しむのなら、

前向きな、堂々とした生き方で頑張りたい。














 私、いったい何のために一人で苦しんでるんだろ…







 人を傷つけるために苦しんでるの?






 自分もズタズタになりながら?













 ボロボロになって苦しんで我慢したって、

誰も褒めてくれないよ…

誰に言う事すら出来ない。

誰も喜んでくれない。










 彼は私の人生で最愛の人だから?


 私が唯一、全てを捧げて傍に居たいと思った人だから?






 彼にとっても、私が最大の恋愛だと…








 でも、だから?

<悪いものは悪い!>








 しかも苦しくてたまらない。













 私、なにやってんだろ…






 






 小栗君とは、チャットだけでなく、

メールや電話でも四六時中コミュニケーションしていて、

本当にお互いの色んな事を語り合った。



 遅くまで語りあって、

翌朝にはモーニングコールしあったり…

1999年、携帯のメールはまだ無い中で、

小栗君は<イタ電>と称して携帯をワン切りして鳴らす。

マナーモードにしていれば仕事中でも携帯がブルブルする度に、

「お疲れさま!」

「頑張れ!」

「元気?」

ワンコールだけの無言の声かけ。


 そうやって1日に5回も10回も励ましてくれる小栗君。

私もふとした時にはイタ電返し…







 かなりベッタリな関係。

でも、小栗君は、私に恋愛感情はないと言い切る。


 あくまで親友だと。





 年上の女性は、敬愛こそすれ、

恋愛の対象にはみれない、

それが彼の持論。








「璃玖さんが、もし同じ歳とか歳下だったら、

何かそういう違った感覚もあったかと思いますが、

いや、でも、31歳の璃玖さんだからこそ

今そういうステキな女性になっておられる訳で、

自分は今の璃玖さんを素晴らしい人だと尊敬してますから。

やっぱとても大切な親友っす!」




















 十一月の初めに逢ったっきり、

ノブヒコさんと逢えないまま一か月が過ぎ、

十二月になった。



 いよいよ今月末に私は会社を去る。







 本社でお世話になった先生方に、

逢いに行って退職と独立のご挨拶をしなくては。


 十二月の中旬に東京に行く事にした。







「せっかくだから、二〜三日あっちでゆっくり遊んできたら?」








 ノブヒコさんにもメールでそう言われて、

プチ旅行気分。



 でもなあ〜、

東京ったって、別に行きたい所もないし…




 どこ行こうか。








 ノブヒコさんとの想い出の横浜にでも

寄り道する?



 うーん。でも10年後くらいに…って言ってたのに、

まだ早すぎるよな…。









 あの時は、彼が大学のお友達の結婚式で…






 あ!そうだ!

彼がどんな所で育って、どんな所で青春を送ったのか、

その場所を見てみたい!











 大学は東京、

実家は千葉だって言ってた。


 彼が過ごしたその場所を

私も見て触れて感じて来たい…










「M大かあ…懐かしいねえ。」


 ノブヒコさんは嬉しそうに、大学時代の想い出をメールに綴ってくれた。

しばらく逢わないと決めてから、

メールの頻度は少し増えた気がする。











 東京のM大、そして彼の育った千葉…


 そっか、小栗君も千葉だ!

案内してもらおうかしら。






「千葉にいらっしゃるんですか!

おお!それは熱烈歓迎っす!

自分の勤務と重ならなければ、

しっかりご案内ご紹介させて頂きますよ!」





「ありがとう!」





「千葉は広いですからね、

どこに行きたいんですか?」





「えっとね、●●●にはとにかく行きたいの。」






「●●●?

何があるんです?

なんでまた●●●?」







「うん…、彼の実家がね、●●●なの。」







「そういう事でしたら、

自分は嫌です。

どうしても行きたいなら璃玖さんお一人で行って来て下さい。」








「そっか。そうだよね…

わかった。一人で行くよ。」







「そんな所に行かれて、どうするつもりなんですか?

なんでそんな所に行くんですか?」










「彼の過ごした場所を見ておきたくて。

ただそれだけ。」








「なんとなくわかるような気もしますが、

でもやっぱりよくわかりません。すみません。」









「私もよくわからない。

でも、でもね、たぶんネガティブな方向の発想じゃないと思う。

何か、こう、自分の中の色々を整理していこうとしてる気がする…」









「前向きな事なら、応援します!

いつも前向きでステキな璃玖さん、

それでこそ璃玖さんです!

千葉へは別の機会に是非いらして下さい!

いっぱいご案内しますから!」









「そうだね。年が明けて会社辞めたら、

少しは自由が利くし…

あらためて千葉、遊び行くよ。」






「ハイ!

璃玖さんが自分に逢いに来て下さるなら、

しっかりおもてなしさせて頂きます!

楽しみにしてます!」













 十二月中旬、東京。

本社へ挨拶に行き、

いよいよ私はこの会社を去るのだと実感…


 色んなものを犠牲にしながら、

この会社で必死に上り詰めて来た。

ずっとこの会社にいて骨を埋めるつもりもあった。


 だけど、去るんだな、私…








 東京周辺のチャット仲間たちが

私に会いに集まってくれた。

千葉から小栗君も来てくれた。



 写真とかは何枚も見せてもらってたけど、

実物に逢ったのはお互い初めて。




 ちょっと俳優の伊藤英明さんにも似てるかな。



 180cm近いと聞いてはいたけど、ほんと背高いんだね。




 そして、しゃべり方、そのまんまだね。







 体育会系というか、軍隊っぽいというか、

そのマジメで爽やかでハキハキした好青年っぷりに、

他のみんなも感心してた。


 やっぱちょっと変わってるよね。


 でも皆に可愛がられるタイプだよね。



「小栗ちゃん、カッコイイよね〜〜〜」


「いや、小栗ちゃん、可愛い〜〜」





 女性陣はもちろん、男性陣にもモテモテな小栗君。




 皆とのチャット以外にも

個人的にベッタリな親友関係になってた私たちは、

特別親密だとは皆に悟られないように、

なんとなくわざとヨソヨソしくしてた。














「もっと璃玖さんと話したかったので残念な部分もありましたが、

でもまたすぐに千葉にいらっしゃるんですよね?!

来週あたり来ますか?!(笑)」





「ら、来週?!はははは…

来週は無理だけど…」




「いつにしますか?!」







 そんな調子で、

なんとなく小栗君のペースに巻き込まれる感じだった。







 ノブヒコさんの過ごした町、

青春を謳歌した大学、

それらを肌で感じて来て、

同じ場所に触れて来て、

私は自分が気持ちを整理しようとしている事を感じていた。



 最後に彼のルーツに触れて、

同じ場所に立ってみたかった。


 そんな感じだった。











 もう彼と一か月半ほど逢ってない。

メールでは仲良くしてるけど。




 ”しばらく逢わない”

っていつまでのつもりだろう?





 もうすぐクリスマス…

第40話『ターニングポイント』へ続く

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