表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/48

第34話『20代の精算・卒業』

倫理に反する事も色々と出てきますが書きます。

おこがましいかもしれないけれど、反面教師として、

似たような境遇に今いる人に何か一助となれば…

と少し思ってます。

 29才の春を目の前に、私は必死にもがいていた。


 我が社の転勤がらみの人事異動は四月、六月、十月、一月あたり。

赴任期間の平均を既に超えているノブヒコさんは、

いつ辞令がおりても不思議ではない状況にいる。


 前回は近県から転勤してきた彼が次に転勤するとしたら、

遠距離になる可能性が極めて高い…




 彼が遠くに行ってしまう?!


 私達はどうなってしまうの?


 私は、どうしたらいいの?






 私は、当時、『遠距離恋愛”不成立”論者』だった。

遠距離恋愛なんて、絶対に続かないに決まってる、

そう思っていました。



『遠くのダイヤより、近くの石ころ』

そうなるに決まってる、

遠くに離れてて、お互い何をしてるかも解らない状況で、

滅多に逢う事も無くて、毎日が寂しくて、

切なさから来る気持のイライラで関係にも溝が出来たりして、

そこに身近に気になる人でも出来たら、

そっちに傾いてしまうに決まってる。


 人間って弱くて、寂しいものだから…



 距離が出来れば、気持にも少しづつ距離が出来、

次第に冷めていっちゃったり、

結局はそんな風に壊れてしまうもの…

少なくとも、当時の私に遠距離恋愛は絶対に無理だと思えた。



 誰にも負けないと言える程、私は寂しがり屋(今もそうかも)。

寂しさに耐えられる訳が無かった。

それでノブヒコさん以外の身近な他の男に私が走る事は無いけど、

きっと泣いたりイライラしたり泣き言しか言えない

凄くイヤな女になってしまう。


 私が泣き言ばっかり言って、

二人の関係にどんどん溝を作ってしまうに違いない。

そうやってブチ壊してしまうなんて嫌…







 そんな風に当時は遠距離恋愛について完全否定でしたが、

今はちょっと解って来ました。


 若い頃っていうのは、精神的にも未発達ということもあり、

遠距離恋愛が成立しにくいのではないでしょうか。


 まして若い頃には身近に恋のチャンスが幾らでも転がってる。

だから、寂しさと上手に付き合うなんて高等芸も出来ないし、

身近な新しい恋に浮つきやすいから遠距離恋愛は難しい。


 ましてや若者には金銭的にもキツいでしょうから。

それを重荷と感じるようになってしまったり…





 成立しにくい遠距離恋愛がもう一つ。

途中から遠距離になっちゃう場合。

これもまた、難しいでしょう…


 それは遠距離恋愛に限らずだけど、

例えば毎日会ってたのが、

何らかの事情が変わって週に一回しか会えなくなるとか。

毎日電話してたのが、週に一度になったりとか。


 いつも身近に居たのに遠くに離れてしまったら、

当然、その分の”不足感”を感じることになり、

”不足感”はすなわち”不幸感”となってしまう。

(このことを私はこの後、痛い程に味わうことになります。)



 毎日食事を食べるのが当たり前だけど、

それを急に週に一回しか食事を食べられなくなったら?


 食事の有り難みを痛感するだろうけど、

それ以前に壊れちゃうよね。

会える喜びよりも会えないストレスが遥かに上回って

押しつぶされてしまう…






 途中から遠距離になるってのに対して、

最初からの遠距離ってのもある。

特に近年のネット恋愛の普及で、この手の”最初から遠恋”が増えてる。


 この場合、もちろんそれなりの寂しさや切なさはあるけれど、

満たされていたものが減らされるという”不足感”は生まれない。


 それどころか逆に、最初は偶然ネットで出逢っただけだったのが、

どんどん接触が増えて行くのだから”不足”とは対照的。



 メール等で接点が増える。


 チャットやインスタントメッセージなどでもっと会話が増える。


 そのうち電話などで直接的な接点も増える。


 遠くてもたまに逢いに行くようになり、その頻度も増えて行く。




 …という具合に、

何事も足りない所から”増えて行く”ばかりの恋愛だから、

同じ遠距離恋愛でも成立しやすいのでは無いかと思います。

”不足感”よりも”充足感”が増して行くから。


 金銭的負担も、この”充足感”のお陰で苦になりにくい。

美味しいものを食べるより、洋服を買うよりも、

好きな人との接点を増やす為に使うお金に何より価値を感じるから…









 遠距離恋愛が成立するかどうかは、

これらの他に、何よりも、

どれだけ”大人”かという事も大きいですね。


 例え、途中からの遠距離恋愛でも、

精神的に凄く大人であれば、身近な石ころに浮ついたりしないし、

”遠くてもダイヤはあくまでダイヤ”ってことがちゃんと解ってて揺らがない。

石ころじゃあ、ダイヤの変わりにはならないことも、

本当に大切なものは何かってことも、

30代40代と大人になればなるほど解って来て、

遠距離恋愛も可能にするのだと思う。



 本当に幸せなのは、身近なもので寂しさを埋めることじゃなくて、

遠くても本当に愛してる人と愛を育むことなんだって、

寂しさと上手に付き合う術も身についてくるのカモしれませんね、

大人になれば。


 そしたら、逆に、

”近くに居ても遠い人、遠くに居るのに近い人”

っていう現象も起こり得るんだろうな。



 それに大人になればなるほど金銭的にも…

20歳よりは25歳、25歳よりは35歳の方が

多少なりとも豊かで、遠距離でも接点を増やせるだろうから。









 でも、当時の私は、

ノブヒコさんと遠距離恋愛になるなんて絶対に不可能。

間違い無く壊れてしまう。ぜったいそんなの成立させられない。

耐えられる訳が無い…



 絶対に離れたくない。

離れられない。


 それだけだった。






 


 じゃあ、彼の転勤が決まったら、どうするの?…







”彼について行ける?”








 その言葉が何度も頭に渦巻いてた。

何もかも全てを捨てる事になる。

今の生活、

ここまで築いて来た仕事、

今後の仕事や目指してる夢、

身近な友達…


 何もかもを捨ててでも彼について行くことが出来る?




 妻子ある彼は何も捨てないというのに…






 今まで私は色んなものを犠牲にしながら、

自分の描いて来た人生をガムシャラに生きてきた。

仕事の夢を実現する為に必死の努力をして来たし、

私の子供達はその為に犠牲になって殺されたと言っても過言ではない。




 愛する男の為に何でもしてあげようと思ったり、

一生一緒に生きて行きたいと思ったことはあっても、

結局、私は自分の何もかもを捨ててその男に

人生のすべてを捧げようとはしたことは無かった。







 ノブヒコさんにとって私は人生の中で、最大の恋愛だと…



 私は?

私にとってノブヒコさんは?


 私の29年の人生の中で最大の恋愛って…?



 15歳からくっついたり離れたりを繰り返して来た筒井君?




 この15年間、結局私は彼以上に誰かを愛したことは無かった。

どんな恋愛をしても逆に「私には筒井君しかダメなんだ。」

という思いを再確認するばかりだった。


 今こんなに愛しているノブヒコさんのことは

所詮は筒井君にはかなわないのだろうか?

入院中ずっとそれを自分に問いかけてた。




 四月、六月の人事異動では結局ノブヒコさんに辞令はおりず、

次の異動時期である秋までは取りあえず考える時間が与えられた。






 筒井君の為ならば、私の人生のすべてを棒に振って捧げられるかも?

そう考えた事も何度かあった…けれど、

それでもやっぱり、すべてを投げ捨てる事に”我慢が出来る”

と思えたに過ぎなかった気がする。

彼の為なら”喜んで捨てたい”と思えた訳では無かったということだ。








 筒井君…

本木君との結婚末期だった平成七年七月に再会し、

お互いどうすることも出来ない十年分の愛情を燃やしたあの一年余りの日々…

(※第22話『平成七年の七夕』参照)



「離婚が成立しても、俺には知らせないでくれ。」

突っ走りそうな想いにお互いに必死でストッパーを探し、

そう話していた筒井君。

だから、それから一年経ってやっといよいよ離婚って時にも

彼は話さなかった。

またお互い気持が乱れて苦しむに違い無いと思ったから。





 すっかり事が終わってから、

「正式に離婚したわ。」

と彼女も一緒の席で話したら、

「本当に別れたのか…」と驚いてた。




「もう少なくとも10〜15年は再婚なんてしないわ。

もしかしたらもう一生独りかもね…」



「そんなこと言ってるヤツに限って、

あっという間に再婚とか言い出すに決まってンだ。」




 そう苦笑いしてた。智子ちゃんは複雑な顔していたけど、

彼女も一緒の場で離婚を事後報告したことで

少しは安心したようでもあった。


 お互い、もう今は戻れないんだと、

私達の長かった恋愛は、15年近く経ってやっと、

終わったのかも知れないと、お互いが自然にそれを

受け止め始めていたような気がする…








 そんな風にこの二年間は、

年に何度かくらいは彼女も一緒で顔を合わす程度だった筒井君。


 29才の夏、あと数カ月で20代が終わろうとする頃、

私は、久しぶりに筒井君と二人で会うことにした。


 二人で会うのは二年ぶり…




 私達がまだ19だった頃、

二人でランチをしたりお茶したり、

何度も通った喫茶店…

十年ぶりにその場所で二人でランチ。

近況を話し合った。


 ノブヒコさんとの出逢いのこと、

そして彼をとても愛してること、

彼とのこれからのこと…

全てを捨てられるかどうかと悩んだ事も。





 今まで描いて来た将来もすべて白紙に撤回して、

何も無い、ただ彼の行く先々をついて回るだけの

永遠に不倫の恋人としてノブヒコさんの側にいる人生…



「僕の気持ちはずっと変わらない。

僕は絶対に気持ちが離れたりしないんだよ。

ずっと変わらずに想っていられるんだ。」


「もう何があったって一生忘れられる訳がないんだよ。」



 そう言ってくれる彼の愛を信じて

その愛に添い遂げる人生…





 時には単身赴任があれば凄く側に居られるかも知れない。




 時にはちっとも会えなくて独り孤独に切ない思いばかりかも知れない。





 不倫の恋人の側にいる事だけが目的の、他に何もない、

そんな人生…








「私ね、そんな人生も素敵じゃないの。って思えたの。」







 そう。なんと私にはそう思えたのです。

産まれて初めて、

全てを喜んで投げ捨てようと思えたのです。




 今迄、あんなにも多くの犠牲を出しながら自分の生きる道を

ひたすら守って生きて来た私が…





 ノブヒコさんと連れ添っていられるのなら、

本当に何もかも失っても幸せだと、そう思えたのです。


 そんな風にまで愛せる人と巡り合えたこと自体が究極の幸せだし、

その人と一緒に居る事に全てを捧げられるなら幸せじゃない!って。








「そっか…。そんな風にまで想えるってのは、

女として凄く幸せなことだよな。」


「しかし、それがまたよりによって、他人の夫だなんて、

お前はとことん不幸なヤツだよな…

これだから俺はお前から目が離せないんだよ、全く。」






 私の人生の半分を誰よりも深々と知っている筒井君は

そう言ってくれました。












「長い間、ずっとずっと、筒井君以上には誰も愛せなかった。

ノブヒコさんを愛するまでは…

15年とても長かったけど、やっと私も筒井君を卒業出来たみたい。」





「えええ!?今頃かよ?!

お前まだ俺のこと卒業してなかったのぉ?」







 そうふざけて笑った筒井君。




 そして九月がやってきて、

私の20代が終わろうとしていた。





 生まれて初めての大失恋…


 自暴自棄な時代…


 そこからの愛のない結婚…


 そして地獄の苦痛の日々…


 離婚、筒井君との再会、そして彼からの幻のプロポーズ…


 元ヤクザ君との結婚騒動…


 本木君と出逢って再婚…


 三人もの我が子を殺した大罪…


 幸せな結婚の崩壊と筒井君との再会…


 そしてニ度目の離婚…ノブヒコさんとの出逢い。






 なんだかざっと思い返すだけでも走馬灯のように、

いろんな場面がリアルに蘇ってくる。

激動の20代だった気がする。


 みんなやっぱ、20代ってそんなものなのかしら。




 ずっと憧れていた30代は、

一体どんな10年なんだろうか。









 私の青春そのものだった筒井君を

やっと本当に卒業して、

なんだかまっさらな気持…





 30才の誕生日の前日、

私は質屋へ行きました。

持っていたってしょうがない20代の遺物を処分する為に。


 本木君からもらったダイヤのエンゲージリング。

150万ほどしたものだったけど、売り値はなんと23万円。

私の20代の精算価格は23万円かあ〜





 なんだかとってもすっきりしたような、

イイ気分な20代最後の日でした。



 思い残しも無く、

めいっぱい生きたっ!

というのが実感だった。



 明日から、どんな30代がやってくるのだろう…

第35話『不足感は、すなわち不幸感』へ続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ