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第27話『"その人"との出会い』

・:・:・:登:場:人:物:・:・:・:・

本木リク(主人公)

本木君(本木雅弘さん風)

高田さん(高田延彦さん風)

・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・





 少しだけ話はもどる…



 1997年の二月頃。

低迷していた仕事運に転機が訪れ、

私はまた大きな評価を受けて昇進し、

新しい仕事を任されるようになっていました。



 お酒の勢いでの成りゆきHや、

ネットでの割り切った恋愛ゲーム、

ちょうどそんな愚かな憂さ晴らしをしていた頃、

仕事がそうやって上向きになってきて、

私は何となく、あの果てしなくやるせない気持ちから解放されていった。







 夫である本木君はここ半年ほど外で女を作っていて、

毎日の帰りもだんだん遅くなり、

休日も”仕事”と偽って出掛ける事が多かった。


 けれど、もう何とも思わなかった。


 もちろんお互い様だというのもあるし、

それ以上に、<まもなく離婚する>

ということしか私の頭には無かったからでしょう。




 具体的に離婚をいつにすべきかと、

多忙になってきていた仕事の都合などと照らし合わせて

考えを巡らせていました。


 夏に大きなプロジェクトを抱えていたので、

それが済むまではバタバタしたくない。

仕事が落ち着く秋頃に離婚出来れば、

ちょうど仕事に支障が出ずに良いなあ…と、

自分の中で勝手に予定を立てていました。





 そんな二月か三月頃でした。

夫がついに重い口を開き、

離婚に応じても良いと言い始めたのです!


「出て行って一人でやっていくなら、

仕事とか金とか住む所とか、

そういう準備が色々あるだろ。

準備出来る迄はここに居て良いから、

そうすれば。」


 夫はそう言った。



 私が離婚を願い出てから、

ここまでくるのに二年。

ようやく夫の口から離婚の承諾がおりたのだ。





 時間をかけた分、お互いに充分に納得いく結果に辿り着けた気もする。

この苦しい二年は無駄では無かったと思った。


 お互いの将来を前向きに考えて、

別れようと思えるようになったのだから。





 二年の月日が争いの気持ちを薄れさせ、

お互いに円満に別々の人生を生き直そうという空気が生まれた。

夫の裏切りがこの離婚の原因だったけど、

私は慰謝料を取る気も失せていた。


 もしかして、私に慰謝料取られないための作戦で

二年引っ張ったのかな?

だとしたら、まんまとしてやられたかな…





 離婚を言い続けて二年、

とても長くて苦しい二年だった。

でも、この長い時間を掛けたお陰で冷静に多くの事を考える事が出来た。

私自身、結婚に向いてないな…なんて事も自覚したし。


 辛い時間だけど、

やはり離婚は勢いでするべきものではない。

と思う。







 私は28、本木君は31、

互いに今からなら充分に新しくやりなおせる年齢だ。

私の準備が整い次第、

この秋ごろには正式に離婚するということで話はまとまった。

それが三月のことだった。

秋までの半年は離婚準備のための同居が続くだけ…




 まさにその矢先だったのだ。

四月…、社の人事異動でその人に出逢った。










 四月一日のこと。

その人は前任者とともに、引き継ぎと挨拶にやってきた。

仕事をしていた私の目の前に、前任の上司が彼を紹介しにきた。





「こちらが今度僕の後任となった高田さん。

で、こちら本木さん。

本木さんは結婚してからも仕事がバリバリで有名だから、

高田さんも知ってるでしょう?」






「どうも高田です。

貴女が本木さんですか、予々評判は聞いてますよ。

一緒に仕事出来て光栄です。どうぞ宜しくお願いします。」







「本木璃玖です。これから宜しくお願いします。」








 会釈と挨拶、そのたった数分の短いやりとりの間じゅう、

私は心臓が、きゅうっ!と締め付けられるのを感じていた。

あの時の胸の苦しさは今も忘れない。





 松●聖子さんが再婚相手の歯科医師と出会った時のことを

”ビビビッッ!ときて…”

と表現したのが古い話で有名ですが、

その時の私に走った電流はビビビッッどころでは無かった。


 何とも表現しがたい、

産まれてこのかた誰に出会っても感じたことの無い、

言い様のない胸騒ぎと、

全身の血の流れが一気に逆流するような感じ。


 初めての、俗に言うこれが一目惚れというやつなのでしょうか…



 決して二枚目でもなく、

背が高いわけでもなく、

ごく普通のサラリーマン。

80キロ以上なのは軽く見て取れる太っちょな彼。



 真面目で大人しそうで、

嘘のつけない人柄がにじみ出た顔。



 下心や性欲なんて微塵もなさそうで、

女にモテようなんて意識はカケラも無いカンジ。



 どこまでも控えめで、

でも人に利用されるようなオバカではなく、

芯の強さと聡明さを優しく隠し持っている目をしている。







 一目惚れ…

私は、一目惚れ否定論者だった。

その日までは。


 完璧に反対派だった。

一目惚れなんてあり得ない!

そう思っていた。



 なぜなら、

<一目惚れ=見た目に惚れる>

って事だと思っていたからだ。

そんなのおかしいって。


 人に惚れるってのは見た目なんかじゃないし、

人間なんて話したり接していってやっとその人が解るものなのに、

一目で惚れるなんてそんなこと馬鹿げてると思っていた。

そんなのは本当の恋じゃないと。

そんなのは絶対に納得できないと。



 確かにその理屈はある程度正しいと今でも思ってはいる。



 しかし…

人は子供から大人になるにつれ、

色々な物を身につけているものなのだ。


 例えば、顔。


 人相は18歳頃までは産まれ持ったものでしか無いらしい。

でもそれ以降は、その人の生き方や性格が

実際に顔を変えて行くものだそうだ。


 例えば、出で立ち、たたずまい、

話し方、表情、仕種…


 これらもすべてがその人を現していると言える。

大人になればなる程その人の内面がそこに現れるのだ。


 第一印象というものは30も過ぎた大人になれば、

その人の人となリをそのまま現すらしい。







 そしてもうひとつ大人になると変わるもの、

それは見る側の目。

人は大人になるにつれ、人を見る目を養って行く。

様々な多くの人を見て成長するなかで、

人の内面や良さ、心を見抜く力を身につけて行くものだ。

もちろん全部を見抜ける訳ではないけれど…





 そんなことを諸々考えてみれば、

青少年期の一目惚れは、

ただ単なる憧れ的な曖昧なモノだと言えるけれど、

大人になってからの一目惚れには

場合によって信ぴょう性があるとも言えるのだ。


 もっと言うならば、

大人になれば恋に落ちるまでに要する時間は少ないのかも知れない。

自分を表現する事も、

人を理解する事も、

うまくなっているのだから。



 でもまあ、それと同時に、

大人になればなるほどハードルが高くなって、

簡単には恋しなくなっていくものだけど。














 どうしようもない心の動揺にうろたえながら、

私は同時に、愕然としていた。

自分の運の悪さを恨んでいた。

私には若い頃からの絶対的ポリシーがあった。


<自分の上司とは寝ない。恋愛もしない。>


 さんざんバカなことをやってきた私だけど、

それだけは堅いポリシーだった。


 彼は私の直属の上司としてやって来た人だ。

絶対に手出し厳禁の人間なのだ。

ましてや、

私はまだ独身ではない。

この秋離婚することが決まっている身だけど。



そして、

彼自身もまた家庭のある人だった。






 どうしようもなく複雑な想いが私の心を掻き乱していった。




 こんな表現は適切かどうか分からないが、

飢え死に寸前の状態で、

目の前に大好物の食事を並べられて、

それでも食べてはイケナイ。

手かせも足かせも無い、誰も見ていないのに、

食べてはイケナイと自分にただ言い聞かせている。

もう目は食事に釘付け…

そんな感じだった。


 なんでこの人とこんな形で出逢わなくちゃならなかったの?!



 堪らなく苛立ち、言い知れぬ絶望感でいっぱいだった。



 飢え死にしようとも、

必死で自分を律しなくては!











 彼の歓迎会。

近くに行きたくてしょうがなかったけれど、

自分を抑えるため、遠く離れた場所をキープしながら、

目は自然と彼を追い続けてた。



 お酒がすすみ、酔いがまわり出すと、

誰もが冗談だと解るような大きな声で茶化して言ってしまう。



「高田さんって、私、めーっちゃくちゃタイプぅ♪」




 当人も周りも大声で笑った。

そんなことくらいしか出来なかった。

それが私の中で膨らむ想いを密かにガス抜きする

せめてもの手段だった。



 本当は近付きたくてしょうがなかった。

でもそれは許されない。



 その後も事あるごとに、

そうやってふざけて茶化してた。


「高田さんは、私の好きなタイプなんだから、襲っちゃいますよー私♪」



 そんな冗談を何度か飛ばして、

膨らむ想いをガス抜きしてた。




 


「本木さんのタイプが高田さんなんて、

ぜ〜ったいアリエナ〜イ!」




「高田さん知ってます?

本木さんの御主人って超二枚目だし〜!

マラソンとか体鍛えてて、めちゃカッコイイんですよ〜!

高田さんとは正反対!ってカンジですよ〜」



 私がこの秋に離婚するなんてまだ知らない職場のみんなは、

本木君と私はラブラブ夫婦だと思い込んでいる…







 お陰で私のガス抜き発言は、

誰もが微塵も疑わない<冗談>として、

お約束ネタみたいになってた。


 彼もこの冗談に悪い気はしていなかった様だけれど、

みんなと同じく全くの冗談としか受け取っていなかった。



 それに、彼はそんな事で女に目の色を変えるようなタイプじゃない。

女になんて興味ないのかしら?

とすら思わせる人なのです。









 この人、いったいどうやって奥様と結婚出来たのかしら?

不思議なくらい色恋に無縁な感じの高田さん。




 そんな高田さんが私の心に住み着くようになり、

どうしようもない片想いに落ちてしまった私は、

途端に当時の割り切った関係の男達と会うのがイヤになった。

顔もみたくない。


 そういう関係の男達がいる自分が、

イヤでイヤでたまらなくなり、

すぐにキレイさっぱり全て手を切ったのでした。


 既婚者で上司の高田さんと、どうにかなる訳もないけど、

とにかく身辺をキレイにしたかった。

心も身体もすべてキレイに彼だけを想っていたい一心だった。




 本気で人を好きになって恋をすると、

他の誰にも指一本触れたくないし、

もちろん触れられたくない。



 誰かを本気で全身全霊で愛している時は、

他の誰にも触れる気にはなれないのが本当だと思う。

もしそうでないならば、

それは本当に愛しているとは言えないと私は思う。


 よそ見や浮気が出来る状態というのは、

そこまで心底相手を愛していない時に出来ることなのだ。

心に隙間がある時に。

隙間なく全身全霊で愛している時には絶対にそれは出来ないものだ。

これは分かりやすい愛情のバロメータではないだろうか。







 ともかく、彼と仕事を一緒にするようになった。

仕事は仕事。

私は仕事に関しては徹底的な人間だから、

それはそれ。

妥協はしない。


 ところが、高田さんとは仕事面で驚くほど息が合う。

お互いがお互いの仕事をとても評価し、

信頼できる強力なパートナーとなった。


 私もかれこれ会社で十年選手となっていて、

長年夢中で仕事をしてきたけれど、

こんなに尊敬と信頼の出来る仕事仲間は上にも下にも居なかった。

最高の充実感を感じて仕事に没頭出来た。

その位の良きパートナーシップが築けていた。



 色ボケなんて吹き飛ぶ気すらした。









 そんな四月の終わり頃、

接待の飲み会があった時のこと。


 私は接待した先方の上役に飲めない酒を随分飲まされて、

ひどく酔っぱらってしまい、ダウン。

二次会でカラオケを唄っている高田さんの隣で

眠ってしまったのまでは覚えているのだけど…


 それ以降の記憶が全くとんでしまったのだ!





◆◆◆

後日、高田さんから詳しくきいた

(私が記憶を失っていた時間の)

出来事の話。




 接待のカラオケが終わってお開き。

一人で立つことすら出来なくなった私を、

どうしようという話になり…


 そのままタクシーに乗せても帰れないだろうし、

女性だからどこか連れ去られても恐いし、

誰か送って行ってあげないと!という話から、

なんと高田さんが私を送って行くハメになり二人でタクシーに。



 高田さんは自他ともに認める真面目で人畜無害な人物として有名。

女性を送らせるなら彼がこの世の誰よりも安全だと、

その場の全員が言い、選ばれたのだそうだ。




 タクシーに一緒に乗って深夜、私の自宅へ向かった。

どこまで?と聞くと一応答えたらしい。


 自宅のすぐ近くの橋に着いて、

「ここで結構です」と私が言うので車を降りると、

私は家へは行かずに川辺に降りて行き座り込んでしまった。



 いつも私が犬と一緒に座って、

泣いていた指定席だ。





「家はどっち?御主人に迎えに来てもらおうか?

僕が御主人に電話しようか?」



 そう言う高田さんに私は、

「絶対に主人にだけは電話しないで!」

とだけ何度も何度も大声で言っていたらしい。


(大声で何度もというのが酔っ払いの典型的なクダ巻き状態ですね…)





 挙げ句に、そのままその場でうずくまって動かなくなり、

眠りこけてしまったらしい。

フラつく私に仕方なく高田さんは隣で肩を貸していてくれてた。




 オイオイ、どうするんだ?コレ?

そう思いながらも彼はとにかく様子を見るしか出来ず…




 しばらくして、ふいに私が目を覚ましかけ…

というか、寝ぼけているのか目を覚ましたのか良く解らない感じで、

うつろに彼を見て…


「なんで?なんで?なんで高田さんがここにいるの?」


「高田さんだ…? 高田さんだ…?」



 ぼそぼそそんな事を繰り返し言ってたらしい。

とにかくうつろな様子で、

目の前に彼がいることが理解できてない風だったと。






 

 そして私は、

「なんでいるの?」

を連発したあげくに突然、

「キスしてもいいですか?」

と言ったかと思ったら答える暇もなく…


 なんといきなり彼にキスしたのだそうだ!



 彼は撥ね除けこそしなかったらしいが、

(というか拒む暇もなかったとの事)

受けもせず、ただ唇をこわばらせていたそうだ。



 一瞬のキスだったらしいけど…とんでもないハナシだ!





 それから、なだめすかして、

なんとか自宅前に私を送り届け、

彼はようやく帰れたのだとか。



「責任感、それで頭が一杯だった。

でもいきなりキスされたのは

”ラッキーだったなあ♪”と思った。」


 というのが、後日聞いた彼の感想。


◆◆◆






 翌日、

目が覚めた私はどうやって帰ったのかもわからないまま出勤し、

高田さんが送って行ってくれたことを同僚に聞いてビックリ!

顔から火が出るとはこの事だ。





「申し訳有りませんでした!全く記憶が無くて…」



 記憶が抜け落ちていて訳も分からず謝る私だった。

二人っきりの時間のこの大失態の詳細は、

数カ月後まで私は知らないままだった。









 高田さんは上司とは言っても、

私より二つだけ年上の30歳。


 私と本木君が結婚した同じ年に高田さんは社内結婚。

彼より二歳年上の奥様は寿退社、

間もなく四歳になるというハネムーンベビーの

息子さんとの三人家族。


 類い稀な邪心のない雰囲気の持ち主。

真面目で純粋で、

とっても控えめだけれど気さくで人当たりが良い。

大人しそうなクセに仕事には情熱的で、

どこか頑固な芯を持っていて、

でも嫌みのない人の良さに溢れた人望厚い人物。




 女にモテる事とは無縁そうな、モテない君タイプ。

人としては好かれる人物だけど、

「男として?ナイナイ!」

と即答されるタイプだ。


 ”恋愛”とか”性”とかが存在しない

別世界に生きてる感じの

なんだか異星人っぽい人で、

危険さとかエロさが微塵も無い。

事実、奥様以前の恋愛経験も殆ど有ったか無かったか…

と数える程度だとか。



「高田さんと裸の美女を密室に一晩置いといても、

絶対に何も起らない。」


「その状況でも絶対、

アレ?風邪引きますよ?って

毛布掛けてあげるだけっぽい。」



 男性からも女性からもそんな風に言われている人でした。





 本人も大真面目に、

「それはその通りだ。100%何も起らないね。」

と言うくらい。

そんな、ある種、奇特な人物。



 そういう彼のすべてに私はどんどん惚れ込んでしまいました。










 <接待泥酔キス事件>の一週間程後、G.Wの合間のこと。

課の親睦会があって、もちろん彼も一緒だった。


 その日も結構酔っぱらっていた私だったけど、

記憶を無くすほどではなく、イイ調子だった。



 お開き解散〜!となって、

みんなごちゃごちゃと帰りだす…

私はいつもの通りに部下や後輩達を先にタクシーに乗せ、

それぞれちゃんと帰るのを見届けてから帰ろうとしてた。


 みんなを見送ってふと気が付くと、

その場に残っていたのは高田さんと私の二人っきりだった。


 私は前回の事件の事はまったく記憶に無いし知らないので、

<初めて二人っきり>という状況にドッキドキ。




(やだ緊張しちゃう!でもなんてラッキーなんだろう♪)




 イイ調子に酔ってたので結構単純にウキウキだった。



 折角のこの状況、

すぐ「それじゃ!お疲れ様でした!」と帰るのは寂し過ぎる…

一分でも二分でもいいからもう少し一緒にいたいなあ。







 自宅が遠方だった高田さん。

電車はとっくに無くなってるしタクシーで帰るのはちょっと…

という状況だった。


(ネットカフェが登場したのは2001年以降だし、

1997年のこの時は当然そんなものは無い。)






「高田さん、どうするんですか?」




「ああ、僕は大丈夫だよ、

深夜映画でも観るか、喫茶店にいてもいいし、

カプセル泊まってもいいんだし。

適当に時間潰すから本木さん気にしないで帰って。」






 酔っぱらった頭で、瞬時に色んな事を考え、迷い、

なんだか混乱した何かをゴクリと一息飲み込んで、

私はこう言った。





「じゃあ…、私、高田さんとちょっと付き合ってあげます!

それか、カプセル泊まるんならそこまで送ってあげる!」




 お酒の力が無ければこうは言わないなあ〜、きっと。







 そして二人で歩き出した。

私にとっては、二人で歩いているただそれだけで、

もう雲の上を歩いているみたい。

そんな幸福感で一杯だった。


 もうこのままどこまでも道が続けばいいのに!

と心から願った。


 しかも、前回ほどではないにしろ、

酔っぱらっていてほんの少し足取りが危うい私を、

高田さんが時々支えて歩いてくれたのだから。




「高田さんはぁ〜、めちゃ私のタイプなんだからあ、

そんなに優しくすると襲いますよぉ!」



 冗談でしか言えないホントの気持ちを思いきりふざけて言う。





「あっはっはっは!!!

何言ってるの!はいはい。そうですね。」






 まるっきり1ミリも本気になんてしないで笑っている高田さん。

そんな彼が愛おしくてたまらない。




 映画館の前まで歩いた私達。

平日に深夜映画なんてやっているはずもなく…





「じゃあカプセル探します?」




「いやあ、実はさあ、お金もったいないからさ、カプセルは。

まあどっかその辺でテキトーに過ごすよ。」




「じゃあ喫茶店かあ…、

あ!ねえ!喫茶店もいいけど、それじゃあさ、

ちょっとだけ付き合ってくれませんか?」




 酔って浮かれてたし、勢いがついて言ってしまったのだろう。

思いきった事を口にしたもんだ。




 もう少し、もう少し側にいたかった。

ただそれだけ。





「そこの河原を酔い覚ましに散歩したいんで付き合って下さいよ。」



 彼は快く了解してくれて二人で河原を歩き、

川べりに腰をおろした。



 私は水辺が好き。

河原や海辺でボーっとしていると、本当に癒される。



 川のせせらぎを聞きながら、

水面を眺めてぼんやりと二人で座ってまどろんでた。

もう別に何も話もせずただボーっと心地よく…





 心地よ過ぎるその状況。

せっかくの高田さんとの貴重な時間だというのに、

そのうち酔いと睡魔で、朦朧としてきて、

コックリコックリ…居眠りをしてた。二人とも。


 眠りこけているうちに

私達はすっかり寄り添ってしまっていて、

私は知らぬ間に彼の肩に頭を預け

胸につつまれるような体勢で眠っていた。




 何度かぼんやりと目が覚めかけ、

何となく感じるその体勢に

”うわあ♪夢みたい♪”

と思いつつ…また眠りに落ちていた。




 そんな体勢で寄り添ったまま、

どのくらい時間が経ったのだろう…


 ふとまた目が覚めかけ、ぼんやり薄目を開くと、

私の顔と彼の顔がくっついてすぐ目の前にあった。

もうそのままキスっていうくらいに近くに。


 お互いの唇が触れる寸前の所にあって、

お互いのかすかな吐息がそのまま感じられた。



 ??


 彼は起きてるのかしら?

わからないまま、

朦朧としながらもドキドキが最高潮に達していた。


(私は前回キスしたことを全くその時点では知らなかったのだから。)




 寝ぼけているし、

酔っているし、

なぜかこんなに唇が接近してるし、

キスくらいなら許されないかしら…


 とかなんとか、酔っ払いの頭でそれはそれは延々、

自問自答を繰り返し…




 ダメダメやっぱダメ!

そのまま、ためらいの一時間が過ぎた。





 こんな状況になっても、

全く何もしようとしない理性の塊の彼。

それとも眠りこけてて気付いてないの?この状況…


 そんな彼だから、ますます好きになってしまう私。







 お互いの唇の距離はわずか数ミリのまま。

そして、とうとう、ちょっとした拍子に

不意に一瞬、二人の唇がかすかに、ほんのかすかに触れ、

またスレスレのところに離れ、

そして、本当に遠慮がちにかすかに触れるか触れないかという感じで、

彼の唇が私の唇に触れた。


 キスというよりも、わずかに唇が触れた。



 ためらいがちに何度か、わずかに唇が触れ、

私はドキドキしながら、

ためらいながら本当に軽くわずかに応えた。


 数分間そんなキスをした。




 そしてまたそのまま眠りこけて、

夜が明け…


「ふぁぁ〜、すっかり眠っちゃいましたね…」


 

 夜中のあのキスは、

お互い起きていたのか寝ていたのかも解らない、

酔ってて覚えているのかいないのかも解らない。

キスをしたのか、それとも寝ていて偶然に唇が当たっただけなのか、

それもよく解らない…


 河原で座り込んで寝てしまい、

そして朝になり起きただけ…

そんな感じで、たいした会話もせず、

お互いに始発電車で帰宅した。





 でも私としては、

こんなにドキドキして嬉しいキスは今までの記憶には無い!

というくらい嬉しい、ときめいたキスだった。

今でもはっきりと覚えている、私の人生ベスト1のキス。







 河原で寝て朝帰りしたその日の午後。

嬉しい余韻に浸りつつも、困惑していた私。


(この次会ったらどう接すれば…)


(覚えていないフリでもする?それとも…)


(どう接すればいいの???)



 そんな事をあれこれ思い巡らせていた私。

休みだった私の自宅に、

なんと高田さんから電話が!




 おどろいた!

一体なんだろう?


 どう接するか心の準備がまだ出来て無いのに!



 とにかく、物凄く焦って、恥ずかしくて、テンパって、

彼が何か言う前に、

開口一番こう言った。



「あ、あの、昨日はスミマセンでした!!!

酔いと睡魔で朦朧としていたものですから、

つい変なちょっかい出してしまって!!

ホントに申し訳有りませんでした!!」



 とっさに開き直って謝った私。


 あ〜〜あ、

どーしよう……、

トホホだよ〜







第28話『真夏の熱病〜離婚へ』へ続く

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