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第22話『平成七年の七夕』

・:・:・:登:場:人:物:・:・:・:・

本木リク(主人公)

本木君(本木雅弘さん風)

・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・






 愛が深ければ深い程、

相手の事を信じきっていればいる程、

相手のことがすべてであればある程、

その愛を、信頼を、裏切られた時の衝撃は大きい。



 逆に言うならば、

裏切られて冷静でいられる人がいるとしたら、

それは愛情がその程度のうすっぺらなものでしかなく、

相手をとことん信じきっていないからだ。

私に言わせればそう思う。


 あと、その当人も相手に裏切りを持っている

なんて場合も傷は浅いのかも。




 とことん愛し、信じきっていた人に裏切られる衝撃…

18の頃、私の過ちを聞いた時の、

あの時の筒井君の衝撃を思い知った気がする。



 私が他の男と寝るなんて、

あの頃の筒井君の頭には微塵もなかっただろう。

そんな彼を裏切った…

同じ事が自分にも返ってくる。

因果応報だ。










 本木君と結婚して二年が経ったこの年の春、

絵に書いたように幸せな新婚生活から、

事態は急変した。



 悲しいとか、辛いとか、

そういう気持ちは起こらなかった。



 愛する夫が目の前から姿を消し、

代わりに、

軽蔑と嫌悪の対象となった見知らぬ男が現れた。

そんな感じだった。







 今までチョコチョコあった浮気話とは訳が違う。


 人生を懸けてきた夢…

私が、何年もかけて必死に追い掛け続けて

やっとの思いで掴んだ夢。


 そのために払ってきた余りにも大きな犠牲、大罪。




 それらすべてのことも、

彼に裏切られるくらいなら投げ捨てても良いのだと、

あれほど必死で頼んだのに…



 一生浮気をするなと言った訳でも無く、

たったの二〜三ヶ月。

どうかその期間だけはと、

私のすべてを捨てる覚悟で頼んだのに…




『夢を捨てる必要なんかない。何も心配するな。

俺を信じろ。俺はそこらの男とは違うし、お前の気持ちも分かっている。』




 そう言って信じさせたくせに…








 人のそういう真剣な思いを平気で踏みにじるその裏切り行為は、

<軽蔑>という文字で私の愛情を塗りつぶしてしまった。




 これでもかと言うくらい、

私は夫を軽蔑し、嫌悪するようになった。

そんな男と暮らす毎日のすべてが

とてつもない苦痛の固まりとなった。





 家に居たく無い。




 その気持ちから、

残業に残業を重ね、

今迄以上に仕事の中に身をおくようになった。



 そうするうち、仕事にまた色々と意欲が湧いてきて、

あれこれとやりたいことが生まれ、

また新たな夢がぼんやりと湧き上がったりもしていた。


 私は仕事が終わったあとの時間や、休日を利用して、

幾つかの学校に通い、資格を取る勉強をすることにした。

莫大な学費は、ローンを組んで、

膨大な学習は、睡眠時間をさいて。





 本木君との二度目の結婚記念日が最悪の気分で過ぎていき、

七月、資格を取るための学校申込みにあたって、

最終学歴の卒業証明書が必要となり、

手続きのために高校に足を運ぶことになった。



 懐かしい高校時代。

青春そのものだった…





 青春時代に思いをはせる事、

それはそのまま、筒井君との思い出を懐古することだった。





 筒井君との輝いた高校時代…



 卒業、そして浪人時代…



 19歳の別れとあの約束…



 22歳の復縁…



 そしてあのプロポーズ…




『オレあと何年か仕事頑張ってさ、

平成七年七月七日に式挙げよう。

七夕でさ、七が三つ並ぶ日だぜ、凄いだろ。ぜったい幸せになれる。

もう一度戻ってきてくれ。今度こそやり直そう。』







 そうだ。


 なんてことだろう!





 平成七年七月七日、

それは来週のことなんだ!

そのことに気が付いて、驚いた。



 当時はずっとずっと先の遠い話しだと思って耳にしたこの日が

もう来週なんだ。

まるで架空の日のように思っていたのに…





 本木君との結婚、それが筒井君との卒業式となって、二年。

遠い友達になっていた筒井君に連絡をとった。


 もちろん、

”あのとき結婚しようと言ってた日がやってきた”

からではなく、

”高校に用事があるから”




「学校に卒業証明書もらいに行くんだけど、

久し振りの学校、付き合わない?」


 筒井君はもちろん快く付き合ってくれた。





 例え、あのプロポーズのことが無かったとしても、

やはりきっと、母校を訪れようという際には必ず、

筒井君に声を掛けたに違い無いと思う。


 高校時代の一番の親友は間違い無く彼だったし、

彼は私の青春そのものだったのだから。






 学校の事務局で用事を済ませたあと、

放課後の人気の少なくなった校内をぶらっと歩いた。



 廊下、自転車置き場、教室…

あの頃のみんなや自分の笑い声が聞こえてくるようで、

とてつもなく、いろんな思いが押し寄せてくる。



 言い様の無い、込み上げてくる涙をぐっと堪える。






「しかし、綺麗になったよな。お前、イイ女になったよ。

小猿みたいだったクセにさ。ははは…」




 私をまざまざと見ながら少し照れくさそうに茶化し笑う筒井君。





 そう…

あの頃、筒井君はよく言ってた。

大人の女、カッコイイ女、イイ女、

こんな風になれよ、って。





 あれから時が過ぎ、

私はそんなカンジの女になることが出来ていたのかもしれない。

というより、

彼が言ってたそういう女になろうとして生きてきたんだと思う。




「イイ女になった」か…



 彼が今一緒にいる彼女は、そういうタイプの女ではないし、

私は別の人の奥さんになっている。


 化粧をとったら、中身は何もかも、

あの頃のまんまの様な気がするのに…







 教室の机に座ってみる。

まるであの頃、放課後に残って彼とお喋りしていた時のよう…



 

 そうしていると、

まるで何も変わらないかのように時間は止まって感じるのに、

あれから十年近くの時が流れていて、

色んなことが起こって、

そしてもう、あの頃とはまるで違う時間を生きているのだ。



 たまらない思いが込み上げてきて、

込み上げてきた涙がこぼれそうになった。



 溜まった涙を筒井君に悟られないように顔を背けて堪えた。







 懐かしい高校を訪れて過ごしたわずかな時間、

この時間が私の心を揉みくちゃにした。


 それからの数日は、なにかそういう思いで呆然と過ごしていた。





 どうしても、もう一度あの場所に戻りたくなった。

どうしてももう一度学校に行きたくなった。

何故か、もう少しだけあの空間に浸っていたくて、

その想いで何も手につかなくなった…






 筒井君にもう一度声を掛け、

付き合ってもらう事に。

進学塾の講師をしている彼の仕事が終わるのを待って、

夜11時頃から、車で学校へ向かった。



 こんな時間、当然門は閉まっているし、

乗り越えて忍び込むのもなんだなぁ…

と、車でぐるぐる学校周辺を回っているうちに、

突然の雨が降り出した。





 学校の見える校庭裏の児童公園の前に車を停め、

しばし雨の様子を伺う。



「おい、雨だぞ。もうやめとこう。今日は諦めろよ。」



 そのうちに雨は、この季節特有の激しい大雨となり、

やがて雷が鳴り響いた。




「な、リク、もう帰ろう…」




「そうだよね…。うん。でも…、でも…」




 私はどうしても諦めきれずにいた。

なぜそんなに学校に行きたかったのか、

それは、なぜだろう…



 もう少しだけ、思う存分にあの頃の時間に浸ることで、

自分の今の混沌とした心をリセット出来るような気がした?


 未だに上手く説明出来ない強い気持ちが、そこにあった。

としか言い様が無い。





「じゃ、もういいな、もう行くぞ。」

と筒井君が言った

その次の瞬間、

私は車を飛び出し公園のなかへ走っていた。

学校の見える場所に向かって…





 少し小降りになった雨に濡れながら、

柵の向こうに雨に霞む学校、グラウンドを眺めていた。



 後から、筒井君がやってきて、

少し離れた私の斜め後ろから一緒に学校を眺めていた。









 とめどなく色んなことが押し寄せてきて、

また涙が溢れてきた。

今度はもうそれを止めることは出来なかった。



 とにかく涙が止まらなかった。





「もうビショ濡れになるから、戻ろう。」



 筒井君が私の腕をひく。



「うん、でも…」



 私はまだその場を立ち去れない。




「風邪ひくだろ。それに、ビショ濡れで帰ったら、

旦那がびっくりするぞ。ほら…」




 そう言って腕をひかれて筒井君と向き合った。

一瞬の沈黙…。






 雨がまた急に激しく降りだし、

私達はドシャ降りにうたれたまま固まってしまったように

ただ数秒間、見つめあっていて、そしてキスをした。



 雨が一層激しくなり、雷の音が聞こえた。

雷雨にうたれ、学校の見える夜の公園で、

二人ともズブ濡れのまま夢中でキスをしていた。






 涙と雨…

化粧が落ちてまるであの頃のままの私…





第23話『十年愛』へ続く

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