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第21話『 人生を懸けた夢と代償』

・:・:・:登:場:人:物:・:・:・:・

本木リク(主人公)

本木君(本木雅弘さん風)

・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・







 誕生日の二日後に二度目の大罪を犯した私は

25歳になり、そして、

巨大な難関である受験を二ヶ月後に控えた二月、

三度目の大罪を犯してしまった。

一生かかっても、拭いきれる訳も無い大量殺人の罪。





 受験にむけての勉強に必死の日々…


 仕事から帰って夜九時頃、

クタクタの腰をおろす事も無く、

お腹を空かせて待っている夫の本木君に夕飯を作る。


 自分は疲れ切ってしまっていて、

逆に食欲もさほどない。




 洗い物を済ませて、

やっとひと息つけるのが十時半頃。

本木君はお風呂を済ませてTVを観ている。


 そんな時に仕事をするのも悪い。

内心はTVなんて観てないですぐ仕事に取りかかりたいけど、

しばし夫婦団らんの時間…




 零時頃、本木君がベッドに入る頃、

やっと残業に手をつけはじめる。


 仕事が片付いて受験の勉強を始めようという頃には、

すでに深夜二時頃。


 明け方四時か五時頃まで勉強して、

少し仮眠して朝七時には起きて…




 寝ている暇はない。





 それでも充実していて幸せだった。

本木君との暮らしは幸せそのものだったし、

夢を叶えるために身を粉にして打ち込んでいられることが幸せだった…









 私が向かおうとしている難関は、

少々特殊な分野。

沢山勉強したからといって

必ずしも合格出来るという類いのものでもない。


 この試験は、一種のオーディションの様な面があるので、

いわゆる「感性」が評価されなければ、

知識や技術だけでは駄目…

ある意味、運のようなものも大きい。



 運…



 私が犯した罪、

それを考えると私に幸運など、

向いてくれるはずがないと思えた。


 逆に不運に突き落とされて当然のことを

してきたのだから。







 殺した子供達を供養してもらったお寺に参って、

子供達に懇願した。



「身勝手なのは十分わかってる、

でも…、お願いだから私を助けて。

私を突き落とさないで。

私に力を貸して下さい。お願い…」






 この子達を殺してしまったその理由の大半は、

<親というものへの歪んだ思い>だけれど、

目の前に掴みかけている永年の夢とそのチャンス、

これも理由の一つだったのは否定出来ない。



 だからこそ、

何がなんでも掴みたい!



 掴めないで終わってしまったら、

いったい何の為にこの子達が犠牲になったのか!






 そう思うと、

こんな身勝手な祈りを

この子達に向かってせずにはいられなかったのだった。



 ただの犬死にで終わらせる訳にはいかない。


 犠牲になった子供達のためにも、

絶対に受からなければならないんだ!

なんて、間違っているだろうか…










 そして、いよいよ四月。

夢を賭けた試験に挑む時…

東京の受験会場へ向かった。





 全国から集まった受験者は総勢100名。

ただし、100名といっても全国の各支社の中から、

特別に抜擢を受けて推薦されてきた人間が100名なわけで。

考えてみればざっと1万名は超える同職種の社員の中から

選ばれてきた100名ということになる。


 そう考えると、

受験者達の顔を見ただけで怖じ気付きそうになる。



 そうでなくても緊張の極み。

畏縮したら終わりだ…

人の顔を見ないようにと、

足下ばかりを見る様にしていた。




 三度目、四度目の受験という者も少なく無い。

場慣れしている人も多い中、

初陣の私は圧倒されていた。







 1万名から選ばれてきたこの代表達の中から、

受かるのはたったの20名。



 何が何でも、その20名に残りたい!

残らなければならない!










 そして…







 奇跡は起こった。

信じられない事に、受かったのだ!



 入社してからのこの六〜七年、

どんなに苦しい時も、

この夢のために必死に耐えて頑張ってきた。

そして、重く辛い犠牲を払ってきた…






 この夢のために殺されたあの子達は、

私を突き落とさず、

私に夢を叶えさせてくれた。




 なぜあの子達は夢を叶えさせてくれたのか、

この事の深い意味を今でも考え続けている。


 答えはまだ今もわからない…













 数週間後には、単身で東京に引っ越し。

数カ月だけど大好きな夫としばらく離れて暮らす事になる。





 以前、私が二十日間ほどの海外出張から戻って再会した時、

本木君は私にプロポーズ。

離れていて急激に愛しさが募ってのことだった。


 また、彼が十日ほど海外旅行で離れていて再会したその時、

私は彼の子供を宿した。





 とかく、べったり一緒にいた二人が、

離れると必ず何かが起こる。



 なにか良く無い事が起きるのでは無いか、

そんな胸騒ぎがした。

とても嫌な胸騒ぎが。



 大罪を犯した私を、

子供達は地獄へ突き落とさず、

それどころか夢を叶えさせてくれた。

その代償に、

何か良く無い事が起きるのでは無いか…









「私、貴方の奥さんなのに、

何ヶ月も離れて暮らさなくちゃならないなんて、ごめんね…」




「長年苦労して掴んだ夢なんだろ?

すごいじゃないか。僕は大丈夫だから頑張って行ってこいよ。」




「本当に大丈夫なの?本当に、本当にいいの?」






 恐ろしく不安になっていた。

結婚前に何度かあった女がらみのトラブルが、

私の不安の一番の原因だった。



 私達は本当に気味が悪い程に仲が良く、とても幸せだった。

周りの誰もが羨む、仲のいい夫婦だった。

本木君はすごく私を愛してくれていたし、

私も本木君をとても愛していた。

とてもとても大切な存在になっていた。


(離れている間に、何か間違いが起こったら…)


 そう考えるとたまらない気持ちになった。

この幸せが壊れるのは耐えられない。


 いや、もっと、具体的な嫉妬心だ。

離れている間、夫に魔が刺すような事があったら耐えられない。

そのことで、頭が一杯になった。






 男の人は、浮気をする生き物なんだと、良くいう。

これはちょっと雑な言葉だと思うけど、

要するに、

男にしろ女にしろ、

浮気をする人間は半永久的にそれをくり返すんだと思う。

全くしない人間は(極僅かだと思うが)、

今後もしない可能性が極めて高いだろう。



 浮気するか、しないか、ではなく、

そこに浮気という選択肢が存在するかどうかの違いだと思う。




 浮気をするという選択肢をもち、それを使う大半の人間。


 浮気という選択肢そのものをまったくもたない一握りの人間。



 人はこの二種類しかいないのだろう。




 その理屈で言うならば、

本木君などは浮気をくり返して当然の人間なのだ。

それはもう分かっている。


 けれど、私にとって耐えられないのは、

今回の長期出張中にそれが起こることなのだ。






 私が今回のこの夢を掴むためにしてきたこと、流した涙、

数々の想い、いわば人生を懸けての夢。

その最中にだけは、不貞を犯してほしくない。


 どうしても、耐えられないのだ。その時だけは。



 別の時なら許せるかもしれないことが、

この期間中だけは絶対に許せない、

そう思った。

なぜだろう。

こんなに浮気にこだわったことなど、

今までなかったのに。




 私がこの夢のためにどれだけ懸けてきたか、

それを理解してくれるなら、

この期間中に私を裏切る行為なんて…










 本木君にその思いをすべて話して、お願いした。




 この数カ月、この期間だけは、

絶対に間違いを起こさないと誓って欲しいと。


 別の時なら許せても、

この期間の間違いは絶対に許せないと思うからと…





 数カ月の間、誠意を貫いてくれる自信があるかどうか、

とことん真剣に考えてみてほしいと。

たとえどんな据え膳シチュエーションが舞い込んできても、

間違いを起こさない自信があるのかどうか。





「健全な男なのだから、

魔が刺すってことも考えられるでしょ?

もしも、その可能性がわずかでも、

あるかも知れないというのなら、

私は東京に行くのをやめる。

人生を懸けてきた夢だけど、

その夢よりも貴方のほうが大切だと思うから。

この夢をここで捨ててもいいと思えるくらいに嫌なの。

この期間に間違いが起こることが。」




「……」





「カッコつけなくていいから真剣に考えて欲しいの。

ぶっちゃけ0.01%まではわからない、

もしそうなら正直にそう言って欲しいの。」







「…俺を信用しろ。

俺はそこらの男とは違う。心配するな。

リクにとってこの夢がどういうものか

俺だってわかってるんだから。」






「……」





「不安にさせないように毎日欠かさず電話するよ。

それでも心配なら、

毎日日記つけておくよ。

何時に帰って、誰とどこで何を食って、

何時に寝て、って毎日細かく書いて報告するよ。」





 何度もしつこく食い下がる私に、

彼は力強くそう言ってくれた。



 それですべて安心したわけではなかったけれど、

彼のその言葉を信じて、私は東京に行くことにした。








 心配で心配でしょうがなかったけれど、

彼がそこまで言うのだから、

自分で口にした以上、

自分で言い切った責任を感じて

この数カ月を自重してくれる位は

期待できるかと思って。





 それでも、やっぱり胸騒ぎと心配は拭えなかった。


 東京での生活を始めてからも、

毎週金曜の夜には新幹線に乗り、

本木君のもとに帰った。

そして束の間の週末を過ごして

日曜の最終で東京に戻る。

毎週彼は、ホームで出迎え、ホームで見送ってくれた。








 一ヶ月ほどして私達の初めての結婚記念日。

記念日当日は月曜だったため離ればなれだったけれど、

前日に二人が初めて出会った思い出の場所に食事に出掛けた。


 毎夜の電話、

帰る度に見せてくれる一週間分のメモ日記。

そうして、数カ月が過ぎた。











 東京で、平均睡眠時間が二時間という生活をしながら、

必死で勉強して、私はその学校での全課程を修了し、

その道のスペシャリストになって

戻った。






 秋が来て私は26歳になった。

私達は、ますます仲良く幸せに暮らす夫婦に戻った。



 結婚前から、二人でのデート以上に仲間とみんなで会う事が多かった

そんな私たちだったから、

我が家には仲間が集まることがしょっちゅうだった。

みんなで食事して、呑んで…



 東京への単身赴任生活から戻って半年ほどが経った四月の初め。

結婚してそろそろ二年… 

いつものように仲間が集まって、呑んで食べて、

そんな時だった。

私の耳に信じられない言葉が聞こえてきたのは…



 酔った友だちが、口を滑らせてしまったのだった。

私が東京にいる間の本木君の裏切り行為について。



 耳を疑った…




 しかし、酔いに任せて次々に他の友だちも、

半年が経過して気が緩んだのだろうか…

そうだそうだ!

とふざけて囃し立てだした。






「何言ってんだよ!バカなこと言うなって!」



 本木君は冗談だと否定しているが、

もろに顔が引きつっている。




 見ているこっちが、

もう少し何でもないような顔して見せればいいものをと思う程、

彼の顔は引きつり形相が変わっている。


 そして、あろう事か、しまいには開き直り始めたのだ。




「こいつらにそそのかされて、

後に引けなくなったんだ、許してくれ。」



 そう言って笑い、茶化しはじめた本木君…

友達とのノリで風俗に行くのを断れなかっただけだと言う。

後ろでは酔っ払いの友達が、

「それだけじゃ無いぞ〜」

と有難い情報をくれる。





 じつは私も気になっていた事があったのだ。

以前に私は本木君の手帳を不意に目にし、

その中身に疑惑を抱いていた。


 私が東京にいた間、

彼が見せてくれていたメモ日記と食い違う内容が

手帳に何日か記されていたのだ。



 結婚前から何度かトラブったことのある女、

あの奈摘さんと会っていたらしいことが書かれていた。



 酔っ払いの友達の言葉は、

まさにそれを裏付けするものだった。














 耳鳴りのように、

言葉が頭の中に響いていた。



 友達の言葉、

ヘラヘラ言い訳する夫の言葉、

頭の中でおぞましい音が鳴り響いていた…




 脳を打ち抜かれたかのように呆然としていた。






 目の前にいた、愛する夫が姿を消し、

わけの分からない言葉を吐く男が現われた瞬間だった。




第22話『平成七年の七夕』へ続く

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