第20話『一生ぬぐえない罪』
倫理に反する事も色々と出てきますが書きます。
おこがましいかもしれないけれど、反面教師として、
似たような境遇に今いる人に何か一助となれば…
と少し思ってます。
・:・:・:登:場:人:物:・:・:・:・
本木リク(主人公)
本木君(本木雅弘さん風)
筒井君(筒井道隆さん風)
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「いい思い出をありがとう。お幸せに!」
インデックスカードに筒井君の汚い字で
そう書かれたカセットテープ。
それが筒井君からの最後の贈り物だった。
そういえば、
十代の頃、
彼とカセットテープで交換日記的なことをしてたっけ。
お互いラジオDJになりきってカセットに話し掛け、
恋人に聞かせたい曲を紹介して流す…
トーク部分は曲紹介でありつつ、
どんなに愛してるかを語るラブレターめいたものだった。
面と向かっては照れくさい言葉も、
メールなら語れちゃう、
今でいうとそんな感じかな。
「いい思い出をありがとう。お幸せに!」
と書かれたこのテープを受け取った時、
そんな彼の声が録音されているのではないかと、
少し期待してしまった。
思い出の詰まった四曲が刻まれたテープ…
彼の声は無かったけど、
今でも大切にしている。
筒井君と愛し逢ったまんま、
彼に見送られて、
本木君と結婚した私。
お互い愛し合ってることを感じてはいても、
もうどうすることも出来ない。
新しい別々の道を行く決心をして歩き始める…
二十歳の頃、
結婚に異常に憧れたばかりに葛山君を失い、
布施との間違った結婚にやっとの思いでピリオドを打ち、
なのに、筒井君とのハッピーエンドは幻と消えて、
もう当分は結婚という言葉は聞きたくもなかった私だったのに、
本木君からのプロポーズ…
「結婚を決めた理由は?」
人に聞かれると、
好きな人が、結婚したいと言ってくれているうちに、
取りあえず行っておいた方がいいかなと思って…と答える。
大なり小なりそういう微妙な計算が、
年頃の女には必ずあるものなんじゃないだろうか…
本当は、私の理想では当分結婚なんて考えずに、
のびのびと生きていたくて、
仕事も思う存分もっと徹底的に打ち込みたかったし、
花の二十代を謳歌し満喫したそのあとで、
三十代になってから結婚でも考えよう…
そう思っていたハズだった。
それが本木君との結婚話しになって、
一瞬小さな計算が働いてしまった…
年頃の女なら、
ごく自然なことなのでしょう。
きっと。
このまま、自分の理想とする結婚時期である三十代になって、
さあ、結婚でも…なんて思った頃には、
もうそんな縁なんてどこにも無くなっていたらどうする?
実際三十代になってみれば、じつは意外に全然大丈夫なことに気付くのだけど、
二十代のど真ん中にいる時に想像する三十代の自分は、
あまりに遠くて…
見えない遥か先の、三十代の自分の姿に自信なんてある訳もなく。
目の前でまさに今、
自分と結婚したいと言っている人がいて、
ましてやそれが好きな人だ。
この人と今結婚しなかったら、
もしかすると自分はもう一生一人孤独かもしれないと思うと、
やはり、
”それはそれで一生独りでもいいさ”
とは思えなかった。
少なくとも私は、
そう思える程、
強い女ではなかった。
今思えば、
まだまだ二十代で”これを逃したら一生一人”だなんて、
心配する必要なんか全く無いってわかる…
「その若さでまだそんな心配する必要一切ない!」
「ちゃんと自分の人生を満喫してからでも全然大丈夫!」
「人生80年のうち、大人として自由に生きられる
僅かな年月なのだから、焦って失う事は無い」
あの頃、そう言ってくれる年長者が居てくれたら…
結婚式、
二次会、
三次会、
四次会…
その日は夜通し仲間達が私と本木君を祝福してくれて、
”この人と幸せになろう”と、
自然に前向きな気持ちになれた。
新たな人生を歩こう。
ハネムーンの海外旅行へ旅立つ頃には、
私は本木君との幸せに心満たされていた。
前の結婚の時とはまるで違う、愛のある結婚。
絵に書いたような浮かれた新婚生活が始まった。
すべてが順風満帆といった感じだった。
仕事も順調…というより、
すごく上向きに成功を重ねている状態だった。
ちょうど結婚式の一ヶ月前に、
仕事で大きな評価を受けて、
ある特待研修に推薦され、
一週間程の出張をした。
これはとても名誉なことだった。
研修を終えて社に戻ると私の株はさらに上がっていった。
入社から六〜七年が経ってた。
自分で言うのは変だけれど、
人の何倍も地道に努力を惜しまずやってきて、
その結果、社内でかなりの優等生だった。
辛くて苦しくて、
何度も何度も辞めたい、
逃げ出したいと
思う事があったけれど、
必死になってやってきた。
夢があったからだ。
入社した頃からの大きな夢が。
だから、
どんなに苦しくても、
辛くても、
なんとか乗り越えて、
夢をこの手に掴みたくて頑張ってきた。
私が入社した時、
十年程先輩だった社の大先生に憧れていた。
あんなふうになりたい!
仕事も、女性としても、憧れて止まなかった。
何年掛かってでも、
きっといつかあの先生のようになりたい。
そう夢見ていた。
その先生と同じポジションに就くためには、
ひたすら努力を重ね、
実績を積み、
そして人望が伴う人間にならねばならなかった。
社内のすべての上司、
また後輩もあわせて、
”この人なら”
という信頼を得ることは絶対条件で、
その上で、
支社長からの抜擢と本社への推薦が得られ無ければ、
そこへチャレンジすることすら許されないというポジション。
我が社の系列で、とある専門学校がある。
業界屈指の学校で、
世界的な技術者を数多く輩出している。
当然、一般入学は極めて狭き門。
その学校に社内推薦の特待クラスがあり、
年に一回、全国から支社長推薦を受けたエリートが
100〜200名ほど集結し、
合格枠20名に選ばれるための試験を受験する。
つまり受験できること自体が物凄い事だが、
受かるとなると奇跡に近い。
何年も支社長推薦を受けて何度も受験させてもらって、
それでも受からない人が殆どという超難関。
私はそこへ辿り着きたくて、
これまで必死にやってきたのだった。
何故こんな話をクドクドと書いているのか?
そうです。
私のこの<仕事の夢>への必死の思い入れが、
このあとの私に巨大な影響を何度も与えることになったのです…
私が本木リクになったばかりの頃だった。
なんと、
社内で私を推薦しようとう話が持ち上がったのだ。
しかし私が結婚したことで、
「結婚した人にこの話はどうか…」
と話が空転状態に。
結婚した人に数カ月間も長期出張はマズイんじゃないか、
結婚した人はそのうち子供が出来たりして辞めるだろう、
そんな感じで…
私は部長に呼び出され、
この推薦の話を聞かされた。
入社した時からこの何年間、
これを目標にやってきた、
その事を訴えた。
結婚したけれど仕事を辞める気もないし、
推して頂けるものならば、
私がそれに値するならば
是非チャレンジさせて貰いたいと気持ちを伝えた。
夫である本木君も、
私の永年の夢に近付くチャンスがやってきたことを
とても喜んでくれていた。
その後、私はついに支社長推薦を受けることになり、
九ヶ月後の選抜試験を受験できることになった。
チャンスは掴むことができた!
もう、こうなったら受かるために猛勉強!
死に物狂いで夢を掴む努力をしよう!
そのことで頭が一杯だった。
夏が過ぎ、秋が来ようという九月になった。
永年の夢を叶えるチャンスを手にした!
そのことで夢中になっていた私を、
悪夢が襲った…
生理がきていない。
気付いた時には、
もう三週間遅れていた。
悪夢が蘇る。
あの時もそうだった。
二週間までなら何度かあったけれど、
三週間遅れたのはあの時だけだった。
間違い無い…
恐ろしい確信を感じた。
それから気が狂いそうに独りで悩んだのは言うまでもない。
今、目の前にやっと掴んだチャンス。
結婚〜妊娠を見越して外されそうになったこの話を、
自ら否定して是非自分に!と受けた話だ。
今このチャンスを逃したら二度と私にはやってこないのだ。
そして、一年前葬ってしまった子のこと…
あの子を殺したのは、
自分が親として相応しい人間になっていないと、
簡単に親になってはいけないと固く思っていたからだ。
今も何も変わらずその思いは同じまんま、
子供に全てをかけて幸せにしてやる自信など全くない。
でも、もう人殺しなんてできない!
でも…、そしたらあの子はなんて思うだろう。
(なんで、自分だけ殺されて、この子は産んでいいの?)
(なんで、自分だけ殺されなきゃならなかったの!)
殺した我が子の責めたてる声に、
何度も何度もうなされ、
眠れない。
白夜のような夜を過ごす…
起きている時でさえ、幻覚に襲われる…
寝ても覚めても、
恐い夢を見ている。
いや、
寝ているのか起きているのか、
判らない状態が続く。
現実と夢との区別がつかなくなってくる…
殺した子の亡霊が目の前から離れない…
夫はこんな悩みを理解するはずもない。
前の子の時はまだ結婚していなかったから、
私の意志を尊重してくれた。
今は違う。
悩むなんてこと自体が
タブー中のタブーだろう。
言えない。
本来ならばそもそも、
子供を喜んで産める状態で無い以上、
避妊を徹底するのが筋ではあるが、
私と本木君はれっきとした夫婦。
夫婦である以上、避妊するなんて本木君は理解してくれない。
せめてもの避妊に、
私は危険日の夫とのSEXをそれとなく拒んで回避する、
そんなことしか出来なかった。
目の前の二度とこないチャンス…
親というものへの屈折した思い…
殺したわが子の責める声…
私は、悪夢のような決意を固めた。
九月の終わり頃、
実兄の結婚式のために取っていた三連休を利用して、
夫が仕事に行っている隙に一人で病院に行った。
夫の筆跡をまねてサインした手術の同意書を持参、
手術を受け、一人でフラフラしながら家に戻った。
「ちょっと具合が悪いから、寝ていてゴメンネ。」
ベッドに潜ったまま声を殺して泣いた…
何も知らない夫の顔を見る事は出来なかった。
手術の次の日、
何事も無かったかのように装って、
体に鞭打って結婚式に夫婦揃って参列。
本来なら術後は安静が必要だったので、
当然ながら熱が出て、腹痛に襲われた…
朦朧とする意識の中で、
私は必死で謝っていた。
殺した二人の子と、
何も知らない夫、本木君に…
一年前は本木君も一緒に背負ってくれた重い罪。
今度は私一人で背負い続けなければならない、重過ぎる罪。
葬った二人に責められない為にも、
絶対にこのことを後悔する生き方をしてはならない。
何が何でも夢を掴んでみせる!
心に固く誓った。
途中で挫折なんかしたら、
”何の為に殺されたのか!”
そうあの子達は責めるだろう。
あの子達に申し訳が立たなくなってしまう。
そう思った。
殺した我が子達が常に自分を見ている…
あの子達のささやき声が頭を離れなくなった。
いつも、
どんな時も、
頭に過るのは、
(殺されたあの子達がどう思うだろうか…)
そればかりになった。
二人の命を犠牲にしたのだから、
死んでも受からなければならない!
ハードな仕事、
主婦業、
その後で、
寝る時間を殆ど取らずに無我夢中で試験に向けて勉強。
そんなふうに月日が過ぎ、
いよいよ試験も間近に迫った二月。
信じられない事に、
またしても悪夢が起こった…
神様は私に死ねと言ってるのだろうか?
今度ばかりは、心底、お腹の子と心中するしかないと考えた。
死んでしまいたい。
これ以上罪を重ねるくらいなら。
もう、すべて消えてなくなってしまいたい…
もともと、産まれてきたくなかった私だもの、
生きていたいとも思わない。
もうこの子と死んでしまいたい。
しかし逆に、
私は過去に殺した子供達の声に脅され、
その声に従うしか出来なくなっていた。
(私達の為には死ななかったくせに、その子とだけ死ぬの?)
(私達は殺しておいて、その子だけいいなんて許さない!)
その声が、私が死ぬことを許してくれなかった。
三人もの人間を殺してしまった。
それも我が子を…
この子達の声は一生聞こえ続けるだろう。
一生掛かっても、
どうやったって、
償いきれない大きすぎる罪。
私は、これだけの大罪を犯している連続殺人犯です。
この罰として、
いつか恐ろしい地獄に突き落とされることになるかも知れません。
いや、そうなって当然なのです。
道ばたで野垂死にするとか、
通り魔にメッタ刺しにされるとか、
もっと恐ろしい目にあうとか、
とにかく、
幸せにはなれない、なる資格のない人間になってしまったのです。
三人もの人間を殺したんだもの。
即刻死刑、それも死刑一回じゃ足りない…
誰かが私に死刑を執行するその時まで、
この子達を殺した事に意味のある生き方をしなければならない。
この子達が納得してくれる人生を。
今も、これからも、その思いは消えない。
この子達は、
今私が立ち向かっているこの夢への挑戦を、
叶えさせてくれるのだろうか?
それとも、
そこから突き落とすことが、
この子達から私への罰なのだろうか?
いよいよ試験日は迫っていた…
◇◆◇◆◇
P.S
この話は、書こうかどうしようか、
ずっと、長い間悩んできました。
自分にとってあまりにもヘビーだということ以外にも、
読んでいただく方のなかには、
気分を害される方もあるだろうからです。
悩んだ挙げ句、やはりすべてをきちんと書いてみることに決めました。
気分を害された方には、心からお詫び申し上げます。
第21話『 人生を懸けた夢と代償』へ続く




