第19話『二度目の結婚そして卒業』
倫理に反する事も色々と出てきますが書きます。
おこがましいかもしれないけれど、反面教師として、
似たような境遇に今いる人に何か一助となれば…
と少し思ってます。
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松尾リク(主人公)
本木君(本木雅弘さん風)
筒井君(筒井道隆さん風)
智子ちゃん(田畑智子さん風)
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人殺し…
たとえ、
この世に産まれる前の命だとしても。
私は人の命を奪ってしまったのだ。
それも、
自分の子としてこの体の中に宿っていた命を。
人の命の重さに、大小なんてない。
まだ身体のパーツも出来上がっていない妊娠二ヶ月ほどの胎児でも、
立派な大人でも、
人は人…
だから私はこの子を殺した罪を、
一生背負って生きねばならない、
そう思った。
そして罪を背負うという意味で、
絶対に、
この子を殺したことを後悔するような生き方をしてはいけない。
後悔するくらいならば何故殺したのかと、
きっとこの子は私を責めるだろうから。
心からそう決意した。
私は24歳の誕生日を迎えた。
本木君は27歳。
こんな若い二人が親の援助無しで自力で頑張っているにしては、
素晴しく立派な結婚の準備が進んでいた。
新居も、結納も、結婚式も、
すべてが会社の跡取りとして、
立派すぎるくらい立派に整ってきていた。
本木君は、
本当に私と結婚できることが嬉しくてしょうがないと、
浮かれどうしだった。
秋が過ぎ、冬が来て、二月。
この年のバレンタインデーがちょうど日柄の良い日曜日で、
私たちは二月十四日、結納を交した。
生まれて初めてのバレンタイン告白のことを思い出す…
13歳。あの年のバレンタインデーも日曜だった。
あんなにドキドキした恋は最初で最後だったな。
あれから十一年、
あの時の同じ日曜のバレンタインデーに
私は着物を着て結納の席にいた。
この結納が四ヶ月後の結婚式への正式な婚約だ。
本当にこれで良いのだろうか…
布施との結婚の時とは訳が違う。
その実感は日増しに大きくなる。
これでもう、後戻りは出来ない。
結婚の日が迫って来て、
日に日に本木君との結婚が現実味を増して来て、
段々自分の気持ちがはっきりしてくるのがわかった。
私はまだ筒井君を忘れられない…
新しい生活のことを考えるにつれ、
常に筒井君のことを考えていた。
一生どんなことがあっても、
この愛だけは変わらないと思った。
それなのに、
今度ばかりは恐らく本当に終わりになってしまうだろう。
それで良いのだろうか?
筒井君と出会って九年…
高校の入学記念のクラス写真、
明かに不安げな表情のリクの斜め前に、
明かに不満げな表情の筒井君の顔が並んで写っている。
私は勉強よりデザインをやりたくて、
中学を出たらデザインの専門学校に行きたいと思ってた。
だけど、なぜかその道の専門学校は中卒では受け付けない所ばかり。
仕方なく地元の公立高校へ。
望まない進学、
無意味な三年間の始まりを前に不安の表情を隠せない。
筒井君は、超一流の進学塾の特進クラスの優等生、
トップの有名私立進学校を受験していた。
模試では合格間違い無しと太鼓判を押されていたのに、
受験当日体調を崩し…
プライドの高過ぎた彼は、
「トップじゃないなら意味が無い」と、
他の二番手三番手の進学校に進む事を意地になって拒み、
全く不本意に地元の公立高校へ。
「なんでオレがこんな学校に」
とフテ腐れた不満の表情が隠せない。
複雑な思いを抱えた二人が顔を並べて写真におさまり、
クラスメートとなって出会った。
入学当初はネガティブな殻に籠っていた二人。
楽しいクラスの仲間たちと触れあうにつれ激変して行った…
彼はクラスの皆を笑わせる中心人物になっていたし、
オナベキャラの私もその彼の大親友、
二人はクラスの人気キャラだった。
「フテ腐れてても仕方が無い。今を楽しもう。」
彼はそう思ったのだ。
でも筒井君は他の皆とは決定的に違ってた。
それは、
勉強へのプライドを捨ててなかった事。
授業中、
誰よりもふざけてて、おちゃらけてても、騒いでいても、
先生に指されると、
どんな難しい問いにも
サラリと正解を答えてのける。
公立高校レベルの授業内容なんて、
彼は中学時代に塾でとっくに習得してるのだ。
授業中や休み時間にはあんなに皆とワイワイやってるのに、
放課後になると掃除もそこそこにとっとと帰る筒井君。
彼の目は次に向かっていたのだ。
大学受験のためのエリート進学塾に毎日通い、
三年後のリベンジに燃えていたのだ。
目先の楽しい事だけに翻弄されず、
自分を律してキチンと切り替えが出来る彼を凄いと思ったし、
誰よりも皆を笑わせて、楽しい輪を作る気さくな愛されキャラなのに、
何年も先の目標に向かって影で必死に努力している姿を尊敬した。
ただのガリ勉ではなかった。
良い学校入って、良い会社に入って、出世するために…
みたいな、
肩書きだけが目的のガリ勉たちとは違ってた。
彼の夢は自分で進学塾を持つこと。
日本の学習のあり方を変えたい!みたいな事を語ってた。
やりたい仕事の為に15歳の彼はすでに一生懸命だった。
付合い始めた頃の放課後、
塾の時間になるのに帰らない筒井君に苛立ったお母さんが、
鬼の形相で自転車飛ばして学校まで彼を探しに来た事があったっけ…
二人で隠れて裏口から逃げ、
塾へ猛ダッシュ!
滑り込みセーフ!
なんて事もしばしば。
筒井君は、比較的裕福な家の一人っ子だ。
ご両親が40代になるまで子供が出来ず、
やっと産まれた待望の一人息子。
溺愛され、最高の教育を…
彼にはそれがコップレックスだった。
一人っ子だからワガママ、
お坊っちゃん育ちだから云々…
そう思われる事が何より嫌で、
それとは正反対な人間であろううとしていた。
彼は事実とても人に好かれた人気者だった。
例えば…
いかにも純朴で誠実を絵に描いたようなダサ男、
日常の何から何まで九割は真っ直ぐで誠実さの塊。
でも一割だけ肝心な所で頼りにならなかったり、
ここぞという僅かな所で誠実を貫けない人もいる。
例えば…
一見、世渡り上手そうな盛り上げ役で人気者。
ふざけてたり斜に構えてたり、真面目に本心を語りたがらない。
でも一割だけ肝心な所では絶対的な信頼を寄せる事が出来て、
ここぞという所でとことん誠実で誰よりも愛情深い人もいる。
筒井君は、後者だ。
ある意味、誰にも心の深い部分を見せない筒井君にとって、
私は特別な人間だった。
彼は私を唯一無二の存在として愛してくれたし、
そういう彼を私もどこまでも愛した。
彼は、簡単には人を愛さない。
しかし、
彼は、本当に愛した女のために全てを捧げる人だと思う。
夢のように筒井君のプロポーズが砕け散ったあの時から、
一年以上、二年近くが過ぎ去っていた。
筒井君が智子ちゃんの元に戻ったあの時、
永かった私と筒井君の関係は終わってしまったんだ。
そう自分に言い聞かせる。
終わったと認めたくはなかったけれど、
私の青春のすべてをかけたこの恋は、もう終わってしまったのだと、
言い聞かせるのに必死だった。
そうするしか今のこの矛盾・葛藤を整理するすべは無かった。
心に他の人がまだ住み着いている…
その迷いや矛盾・葛藤を、
もみ消そうとしながら、
そのまま流されて、
もう後戻りは出来なくなってしまっていた。
筒井君には結婚が決まったことは言い出せずにいた。
たまにお茶くらいすることはあったのだけれど、
どうしても言えなかった。
私がプロポーズを二つ返事で受けなかったら必ず戻る、
という彼女との約束どおりに、
彼女の元へ戻って今に至る筒井君に対して、
(私を忘れないで)
(私は今でも貴方を愛してる)
(私はいつか元に戻れる日が来るのを、いつまでも待ってる)
(私たちのあの約束は永遠だよね…)
そんな気持ちをまだ持ち続けたまんまだった私。
今回の結婚は布施の時とは違う。
やっぱり言い出せない。
すごく矛盾しているけど、
婚約者である本木君のことを本当に大好きだったことも事実。
この人となら、
何もかも忘れて、
そう、
筒井君のことも忘れて、
新しい人生を一緒に生きていけそう…、
そう思えたのも事実だった。
もう後戻りできない。
筒井君に言わなくては…
それとも、
今回もまた何も言わずに黙って結婚してしまおうか…
そして後から、
「結婚したの」
と告げようかとも考えた。
でも…
私は考えた。
とにかくギリギリまで黙っていよう。
もしも万が一、
心が大きく揺れ動いたりしても、
私も筒井君も二人とももう本当にどうする事も出来ないくらいの
ギリギリ直前になってから言おうと。
前もって話したら、
滅茶苦茶な事になりそうな気がして恐かったから…
そして月日が流れ、
結婚式の一ヶ月前。
もっとギリギリ直前、
<明日>とかの方が良いかも?とも考えたけど、
私は式の一ヶ月前に筒井君に話すことにした。
筒井君に結婚式に来て貰いたいと思ったから。
筒井君に、どうしても来て貰いたいと思った。
私の花嫁姿を隣で見つめてくれるはずだった彼…
その彼の見守る中で結婚式をすることが、
筒井君を卒業するための
一番の<卒業式>だと私は思ったから。
夜のファミレス。
筒井君を目の前に、お茶しながらの他愛ない会話。
(言わなければ…)
(筒井君、なんて言うだろう…)
そんなことで頭が一杯だった私は話に上の空。
愛する気持ちはお互い変わらず隠し持ったまま、
形式上ただのマブダチになっていた私たち。
「ねえ、お前、最近イイ男とかいないの?
実は結構イイ線いってるとかさぁ。」
筒井君が何気なく、冷やかす。
「ん?うん………、んん………、まあ、あの…」
「お〜〜〜?男出来たのか?」
「あの……、あのね、すごくびっくりする話しがあるんだけど……」
やっとの思いでそう口にしてからも、
なかなか言い出せずに、
口籠る。
沈黙…
ふざけて突っ込んだだけだった筒井君にとっては、
この沈黙は驚きとともに、
何かを予感させるに十分だったのではないだろうか。
「私ね、来月結婚するの…」
「……?!」
筒井君が無言のまま息をつまらせた。
ふざけて笑っていた顔がこわばり、
固まってしまった。
筒井君の息づかいがとても早くなり、
動揺を隠そうとする顔…
今でもはっきり覚えている。
そして、
少し息を吸い込んで、
哀しげに微笑んだ彼は言った。
「そうか。おめでとう…」
噛み締めるように言った。
「そうか。おめでとう。」
もう一度そう小声で言った後、
二人とも言葉を失ってしまった。
それからどのくらい無言だっただろう。
ようやく沈黙が解け、
少しだけ話をしはじめた。
明るいマブダチムードは戻るはずもなく、
切ない空気で一杯だった。
「結婚式、ぜひ出席させてもらうよ。」
「……。」
「今度こそちゃんと俺がお前の花嫁姿祝ってやりたいからな。」
「……。」
「俺がリクの花嫁姿の隣に立って、
俺がリクを幸せにしてやるつもりだったんだもんな…、
ちゃんと見届けるよ。」
筒井君はそう言ってくれた。
15歳の時に始まった、
私たち二人の深く永い十年の恋の<卒業式>がいよいよ来た、
そんな風に二人とも感じていた。
式が間近に迫って、
細かなことが決まって行く。
式の間のBGM、
本木君は音楽良く判らないから…と、私任せ。
私が好きなBGMを選ぶことに。
好きな曲を選び始めると
どうしてもつい筒井君との思い出のある曲ばかり。
筒井君の好きだった曲、
一緒に気に入っていた映画の曲、
そんな風に…
まるで、筒井君と私の結婚式みたい。
私と筒井君との<卒業式>でもあり、
私が本木君と本当に新しく生きていくんだという、
人生の大きな旅立ちの日となった、
二度目の結婚式。
式の最中、
何度も筒井君と目が合った。
花嫁姿の私を、
目を細め眩げにみていた筒井君の顔を忘れられない。
結婚式の写真のそこかしこに、
その目を細めた表情で写っている筒井君。
そしてその隣で微笑む智子ちゃん…
晴れ晴れとした智子ちゃんの笑顔と、
眩げな目をした筒井君。
彼があんな目をするから、
私は……
私は…
第20話『一生ぬぐえない罪』へ続く




