第18話『命というもの…』
倫理に反する事も色々と出てきますが書きます。
おこがましいかもしれないけれど、反面教師として、
似たような境遇に今いる人に何か一助となれば…
と少し思ってます。
・:・:・:登:場:人:物:・:・:・:・
松尾リク(主人公)
本木君(本木雅弘さん風)
筒井君(筒井道隆さん風)
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筒井君のことが心にひっかかったまんま。
それなのに、
本木君と私の結婚への道筋はどんどんと出来ていき、
激流に押し流されるかのごとく、
抗えず、
進んでいくしかできなくて…
ただオロオロしている情けない私。
本木君のプロポーズの数週間後、五月のなかばには、
結婚式場を手配しにホテルを回った。
まだ十三ヶ月も先なのに。
「ジューンブライドの大安吉日なんて早く押さえないと取れないしね。」
結婚式や、披露宴なんて、
そういうの元々私は好きじゃなくて、
そんな事に大金を使うのはもったいないと思っていたのだけれど、
今回ばかりはそれをしない訳にはいかなかった。
本木君の家は、堅い家だったし、
ましてそこそこ立派な会社の経営者。
彼はその会社の跡取りで次期社長な訳だから、
盛大に御披露目しないわけにはいかない。
一流と言われるホテル二〜三軒のなかから厳選して、
豪華な披露宴をしなければならない。
お金がかかる。
とにかく大金がかかる。
そりゃ、芸能人が500人とか招くハデ婚とは桁が違うけど、
たった150人程の招待客で見積もって貰っても、
上がってくる金額は、
軽く500万円とか…
たった数時間のパーティーのために、
500万が飛ぶなんて、
しなくて済むものなら、したくない。
けど、そうはいかない。
ちょうどこの数カ月前に本木君のお兄さんが御結婚。
会社を継がない事になったとはいえ、
本木家の御長男!
当然ながら一流ホテルで豪華な挙式をなさった。
御両親の多大な援助によって。
…援助というより、殆どを御両親がなさったようだった。
そういうのが私は物凄く嫌だった。
親のスネかじりだけは、
どうにもムシズが走る。
どんなに金持ちだろうと、
どんなに貧乏だろうと、
自分の甲斐性で生きる、
私は変にこそこにだわっていたから。
本木君にそのことだけはとお願いした。
絶対に親の援助は受けない事。
自分たちの甲斐性だけで、
次期社長にふさわしい立派な結婚式を挙げること。
結婚式だけじゃない。
結婚生活もすべて…
お兄さんは全くの正反対だった。
結婚式だけでなく、
新居も御両親に三階建ての豪邸を新築してもらって、
光熱費の支払名義すらも御両親。
私たちは、
絶対に二人だけの甲斐性で何事もやり遂げようねと、
約束した。
貧乏な私も必死でお金をかき集め始めた。
そうして月日が過ぎた。
七月になって、
本木君は一週間オーストラリアに。
前々から出たがっていたゴールドコーストマラソンに出場するために。
私は仕事を休めないのでお留守番。
毎日四六時中べったりだった私たちには、
永い一週間だった。
こんな風に、会えなくて離ればなれになると、
いつも何かが起こる私と本木君…
想像を絶する事態が待ち受けていた…
八月になろうという頃、
彼は私たちの新居となるマンションを購入した。
約束どおり、親の援助は受けず自分の甲斐性だけで。
もちろんローンだったけど26歳の彼が5千万円もする新築マンションだ。
御両親も、跡取りの新居として、十分に満足してくれた。
本木君は15歳からの板前時代に稼いできたお金に
殆ど手を着けていなかった。
20才頃の命を落としかけたバイク事故での示談金もあって、
かなり蓄えを持っていた。
仕事と勉強との両立に忙しくて、
長年彼女も居なかったので、
お金使う暇が無かったらしい。
お洒落とは縁のない人だったから、
身の回りに一切お金は掛からないし。
働いた分だけ貯まる一方だったわけだ。
マンションを購入してすぐ、
本木君が一足先に新居に引っ越し。
「結婚して一緒に暮らすまでは、新居は使わないようにするよ。」
本木君は自分のマンションにあった荷物を、
取りあえず新居の物置部屋に入れて、
あとの部屋は一切使わずに、
殆ど、私の家で寝泊り。
そんな八月の事だった。
私は焦っていた。
ひとり苛立っていた…
生理が遅れている。
高校生の頃、筒井君とも、
何度かヒヤヒヤしたことはあったけれど、
でも、いつもしばらく遅れて焦る事があっても、
遅れ始めて二週間以内にはちゃんと来た…
そういうもんだし、まあ、大丈夫…
そう、まだ、大丈夫…
そう自分に言い聞かせて焦る心を誤魔化す。
トイレに入っては溜息をつく毎日。
八月の初めに来るはずなのに、
一週間、
十日が過ぎ、
いよいよ二週間。
これ以上遅れた経験はない。
生理を待ち続けてもう二十日になろうという頃、
本木君にこのことを話した。
体調も悪い。
胃の調子が悪いのか、
食欲が全くない。
話を聞いた本木君がすぐに検査薬を買ってきてくれ、
まずは家で検査することに…
検査薬の反応は、
やっぱり陽性。
妊娠していたのだ。
彼がオーストラリアから帰った日、
一週間ぶりに会ったあの日の濃厚なSEXが頭をよぎった。
あの時だ。
体調が悪くて食欲が無かったのは、
つわりだったのだ。
胃のムカムカはどんどんひどくなってくる。
仕事をしていても、
すぐに気持ち悪くなって、トイレに駆け込む。
一日何度も吐く。
お腹が空いて死にそうなのに、
何も食べられない。
水すら呑めずに吐き気がする。
つわりは、重かったり軽かったり様々だというけれど、
私の場合、最悪だったようだ。
結婚が決まったことはまだ職場には言ってないし、
妊娠したことなんてもってのほか。
(1992年、デキ婚は今のように市民権を得ていない。
まだ凄くスキャンダラスでイメージの悪い時代でした。)
とにかく、ひたすらつわりの苦しみを隠しながら仕事した。
本木君はとても子煩悩な人で、
結婚したらすぐにでも子供が欲しいと、
よく言っていた。
病院で私の妊娠が確定した時、彼は、
「どうしたいの?」
と私がどう思っているのかをまず尋ねた。
(今、子供を産むことは私には出来ない…)
それが私の中にまず浮かんだ思いだった。
気が狂いそうなくらい色んなことを考えた。
悩みまくった。
悩むのは当たり前だけど…
私は自分の親を心底恨んでいます。
今でもまだずっと。
親がいつ死のうが、
今でも私は、
「あ、そう。」
としか思わないだろう。
今となっては喜びこそしないだろうけど、全く悲しくはない。
憎くて仕方なかったのだから。
生きているうちにもっと親孝行しとけば…
なんて絶対に思わない。
絶対に。
私は、典型的なACA(Adult Children of Alcoholics)なのです。
◆◆◆
ACA アダルトチルドレン…
一般的には虐待やアルコール依存症のある機能不全家庭で育ち、
その体験が成人になっても心理的外傷として残っている人をいう。
破滅的であったり、完璧主義であったり、
対人関係が苦手であるといった、いくつかの特徴がある。
また、無意識のうちに実生活上の人間関係に
悪影響を及ぼしている場合も多い。
◆◆◆
この親のせいで、
私は貧乏でみじめで不幸な幼少時代を過ごした。
死の恐怖も味わった。
サラ金の取り立て屋に、
「金返せドロボー!」なんていうビラを近所中に毎日張られ、
学校から帰ると必死にそれを剥がす日々。
仕事もしないでアル中で暴れる父。
そんな現実から逃避するように不倫に走る母。
それが私の親だ。
何度も繰り返される修羅場。
父親はその口でハッキリと大声で叫ぶ。
「お前なんか殴り殺してやる!」
私はそうやって実の親に殴り殺されかけた子供です。
<殺される!>その恐怖と屈辱、その震えや絶望は私の体から消えない。
今の世の中のように、
児童虐待だなんだと、
警察や施設が保護してくれる時代ではない。
夜中に駆け付けた警察官たちは、
こう言って去ってしまうだけ。
「まあまあ、お父さん、親子喧嘩も、躾も、ほどほどにね。」
警察官に見殺しにされる。そう思った。
誰も助けてくれない。
あの男を父親だと、
今こうして文字にするのも嫌なくらい
あの男を恨んでいる私は、
ヤツがどこかでのたれ死にすればいいと
心から願っている。
そして、
元々チンピラだったこの男との間に、
私を産んだ軽卒な母親のことも恨んでいる。
どんな不幸があっても、
産んでくれたことだけは感謝しなきゃ、
なんて言うけれど、そんなこと思えない。
そんなのは普通の親の元で育った人だけの言葉だ。
例えば、
学校のトイレで誰の子か解らない子を産み落として、
そのまま捨てる女子高生。
その赤ん坊に彼女の事を、
「産んでくれてありがとう」
と思えというの?
どんな不幸があったにせよ、
産まれてこなければ幸せもないのよ、
なんて言うけど、
産まれてこなけりゃ、
不幸も幸せも何もないんだから、
まったくゼロなんだから
なんとも思いようがないんだから、
産んでくれなければどんなに救われた事か。
子供を産む以上、
その子供を絶対に幸せにしてやる自信と覚悟と責任、
それが親には必要だと、私は思い込んでいる。
あんなチンピラ男との間に子をもって、
どう考えても幸せに出来るはずもないのに、
無責任に産み落とした母。
修羅場を乗り越えて、離婚してそれでも子供三人かかえて
立派にやってきましたとばかりに、エラぶる母の姿が許せない。
エラくなんかない、当り前の尻拭いだ。
その当り前の責任すら立派に果たしたとは言えない。
<子供を産む>ということを、
そんなに皆、深く考えはしないのだろうけど、
こんな私にとっては、大変なことなのだ。
<子供を産む>には、
自分の人生のすべてを何もかも犠牲にしてでも、
何が何でも幸せにしてやれるだけの、
絶対的自信と覚悟がなければ…
そうでなければ<親>になってはいけないのだと、
今もその思いが消えない。
<完璧な親>なんて不可能だ、そんな風に考えなくても…
人はそう言うでしょうが、
きっとこの思いは、
私が親を恨んでいる限り消えないでしょう。
私がいつか、
もし、
親を許すことができたなら、
その時、
初めてこの気持ちが変わるんでしょうね。
一生掛かっても許せそうにないけど…
本木君と結婚が決まっていたとはいえ、
産まれた子供に、
「妊娠したから仕方なく結婚したんだ」
と思われるかもしれない。
そんな変な思いをさせたくない。
それに…
この結婚が、完璧なものとは言い切れない。
筒井君のことをまだ心にもっていながら、
迷いながら流されている、
そんな、
訳の分からない状態のこんな私が、
<親>になっていいハズがない。
子供を幸せにしてやる絶対的な自信なんて、
これっぽっちも見つからない。
これで産んだら、
この子は今の私と同じ事を思うだろう。
「無責任に産み落としやがって!」
「産んでさえくれなければ、それが一番良かったのに!」
でも、動き始めている人間の命を奪うなんて…
最低だと泣きながら、
私は人殺しを決意した。
八月の終わり頃、
私は本木君と一緒に病院に行った。
「では全身麻酔をしますから、1から20数えましょうか。」
1…、
2…、
3…、
4…、
5…、
6…、
7…、
あっという間に意識が無くなり、
その後の事は何もわからない。
手術が済んで、麻酔から目覚めると本木君がいてくれた。
その後、
なんとか立てるようになって、
彼に抱えられながら車に乗り、
私たちの新居に向かった。
病院で告げられたとおりに帰宅後トイレへ。
膣の中にはヤクルト瓶ほどの大きさに膨れ上がった硬い詰め物がされていた。
外に出ている紐を引っ張って取り出しておくように言われた。
どんなに引っ張っても取り出せない、痛い、痛くて抜けない。
大きな血の塊がやっと抜けたのを見て驚いた。
もしかしたら、
これぐらいの大きさだったのかな、
赤ちゃん。
「とにかくゆっくり眠って。なんにも考えずにゆっくり…」
そう言った本木君の傍で
麻酔の余韻のまま深い眠りに落ちた。
本木君には、
この子を産んで欲しいという気持ちがあったから、
別の意味で辛かっただろうけど、
私の心と体をいたわることだけをしてくれた。
何時間眠ったのか解らない…
目が覚めると、
とてつもなくお腹がすいた。
妊娠してから重いつわりのせいで、
何日もずっと殆ど飲まず食わずだったから。
胃を下から圧迫していたそれがすっかり無くなって、
急に胃がすっきりして猛烈にお腹が空いたのだ。
とてつもなく悲しかった。
この空腹感の意味が…。
お腹にいた子を捨ててきた証だった。
本木君がコンビ二でおにぎりを買ってきてくれて、
何日かぶりに御飯を食べた。
泣きながら…
死ぬほど美味しかった。
死ぬほど悲しい美味しさだった。
あの時の、
あのおにぎりの味は今でもどうしても忘れられない…
私の中の屈折した<親>への思い。
これはこの後の人生にもずっとつきまとう。
もちろん、今も。
第19話『二度目の結婚そして卒業』へ続く




