第13話『神様のいたずら』
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松尾リク(主人公)
筒井君(筒井道隆さん風)
智子ちゃん(田畑智子さん風)
ありさ(観月ありささん風)
反町君(反町隆史さん風)
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筒井君との昔の約束は、もう叶わないのだ。
諦めなければ…
必死で立ち直ろうとしていた。
いや、
本当はきっと
そんなこと不可能だった。
彼のことを終わりになんて出来るわけがなかった。
私は諦めようとしていたつもりだったけれど、
それはきっとただ、
<今は戻れる時期ではない>
そう思い込もうとしていたにすぎなかった。
<いつかきっと…>
その約束は私のなかで消えるはずもなかった。
22才の七月だった。
私はほんの少しだけ、以前よりは大人になっていた。
ボロボロの気持ちだったけれど、
もう無意味な自棄をおこしはしなかった。
そんな気にはならなかった。
仕事に打ち込み、
貧乏と闘い、
気持ちが沈まないように少しは前向きにと
社交的に付き合いにも顔を出すようにした。
職場一の美人の後輩ありさの誘いで、海水浴に行くことになった。
そのモデル並の美人ありさと、その同期の子、
その彼女らの知り合いだという男が三人。
男女三対三。
どうやら、ありさは彼等の一人に気があるらしい。
もう一人の男はありさのお目当て君の弟だし、
あと一人はお目当て君の友人で既婚者…
なるほどね。
誘われた彼女の同期と私は、
要するに数あわせの応援団みたいなもんだった。
まあそれでもグループで海に行くっていうだけで
なんとなく楽しいし、
夏なんだし、
気晴しだし、
別に出会いを求めてる訳じゃないし、
「海行くぞ〜!」
と喜んで出かけた。
美人のありさが目をつけていた反町君というのは、
私の五つ年上の27歳。
アクティブで面倒見が良くて、アニキ肌で、
男っぽいイイ奴って感じだった。
可愛い後輩にとって、
「まあ、あの男ならイイんじゃない?」
なんて私も思った。
ところが、ちょっと困ったことになった。
反町君が私に興味をもったのがありありとわかった。
この状況はかなりイヤな感じ…
ありさも勿論すぐに状況は察知したし、
すかさず彼に猛アピールを仕掛けてた。
私もありさと反町君を良い雰囲気に持って行こうと頑張ってみた。
でもどれもイマイチ噛み合ず…
超美人のありさは流石にプライドも人一倍高く、
「それならそれで結構よ」
といった感じで、
後半からは気にも止めていない素振り。
本心は定かではないけど…。
とにかく小さな出会いだった。
仕事と、貧乏暮らしとの往復だけだったその時の私は、
なんとなく生活に明るさが欲しかったし、
自棄を起こす気もなかったので、
まあ男友達ってカンジなら良いか…と、割と前向きだった。
海から帰ってからすぐ、
予想どおり反町君からのアプローチがあった。
少しも間を空けないアプローチで、
職場に車で向かえに来る、
食事に行く…
海の後は毎日逢ってた。
数週間後には、
彼の家で彼がアルバムを広げ、昔の写真を私に見せて、
「この女が二年前別れた彼女…。
ここからずっと俺独り。…お前、俺の女にならないか?」
彼が私に気がある事は解っていたものの、
少し動揺した。
友達程度の軽い気持ちだったし、
今はとてもじゃないけど恋を出来る気分ではなかったし…
やっとの想いで布施の所を出て、
筒井君とやり直し始めたけど結局愛人状態のまま、
どうにも出来ずに気持ちを一旦封印したばかり。
誰かと恋愛するなんて今の私には考えられない…
反町君は更に話し続けた。
「二つ返事で返さないところが、お前らしいな。
そういうお前、すごくイイ女だと思うよ。
俺、別にすげー男前でもないし、イイ男でも無い、変な男だしな…」
「反町君、イイ男だと思うよ、別に変な男なんて思わないよ…」
「お前は俺の事、何にも知らないから…」
「知ったら嫌になるに決まってるさ。だからやっぱ、もういいよ。」
「何それ?一体どういう事?何があるっていうの?
私は私のこの目でみた反町君をイイ男だと思うんだから、
それは別に間違ってないと私は思うけど?それって何かおかしい?」
何も解ってないという風に言われて私もちょっとムキになり、
そんなやりとりが続いて…
反町君は深いため息をつきながらこう言った。
「お前は何にも解ってないんだよ。じゃあ、教えてやる。
お前はきっともう俺とは付き合わないよ…」
私は訳がわからなかった。
反町君は押入の奥から
なにやら箱を出してきて私に見せた。
中を見てどういうことなのかすぐに理解出来た。
反町君は元ヤクザだった。
日本で一番大きい?と思われる暴力団の『○△組』という文字の入った
色々なものが箱の中に入ってた。
想像もしなかった世界が箱の中にあって、
私の心臓の鼓動はちょっと早くなった。
数年前にカタギになって、
電気工事会社を経営している反町君。
海で一緒だった彼の弟さんも、同じ組員だったのだとか。
その弟さんが事件を起こして刑務所に入り、
弟さんの出所と合わせて二人でカタギの仕事を始めたという
ちっちゃな電気工事会社の社長さんだった。
「反町君も刑務所にいたの?」
とは口に出して聞けなかった。
「こんなヤクザもん、無理に一緒にいなくていい…」
そういう彼に、私は、
「もう、昔のことなんでしょ?昔の過ちなら関係ないじゃない。」
と、何か必死に言ってた。
正直かなり動揺していた。
でもこれを聞いて動揺を見せる訳にはいかないと思ったし、
親しくしてた態度を急に変えるなんてもっての他だもの。
そして、これを私に打ち明けてくれた反町君の気持ちを思うと、
なんだかやりきれない感じになってた。
「こんな奴の女にはなれないだろ?」
という反町君に対して
「そうですね」
という態度は見せられない。
それは、今恋をする気分でないという別の理由が私にあったにしても、
「ヤクザだった過去があるから」
急に態度を変えたと誤解されてしまうに違いなかった。
この状況でNOとは言い出せなかった。
偽善者めいた気持ちが、私の中に無かったといえば嘘になる。
NOを言えなかった。
そうして、
私が反町君の女になる事を了解した形になってしまい、
自分の女になったんだ、というのを確かめた後、
彼は私を抱きかかえて大きなベッドのある寝室に運んだ。
彼女になったと確認を取ってから抱く…
なんだか変に律儀なところのある人だった。
反町君は27歳、
もうすぐ28だと言ってたので、
そろそろ結婚でもして、
カタギの生活に安定が欲しかったようだった。
彼はちょっとぶっきらぼうだけれど、
それはそれはとても自分の女を大事にする、そんな人。
私は少しづつそういう彼を好きになっていった…けれど、
もう随分、恋も繰り返してきたので冷静だったし、
筒井君のことをこれで忘れられる訳ではないこともちゃんと分かっていた。
反町君は時々深酒をして酔っ払うと、
ヤクザが抜けてない所があって、
もめごとを起こしたり、
ケンカしてきたり、
ハチャメチャなことがあった。
酔うと私にも変な無理難題を言ってくる事が時々あった。
ちょっとSM趣味のあった彼は、
真夜中に酔って電話してきて、
無茶を言って聞かず困ったことも何度か…
夜中の三時に電話で起こされ、突然、
「今から行くから、素っ裸になって、目隠しをして、
玄関でドアにむけて股を思いきり開いて大の字に寝てろ。
カギかけるなよ、俺が行く前に誰かに犯されるかも…」
「今●●で呑んでるから、タクシー飛ばして来いよ。
パンツ履かずにミニスカートで来い。運転手に覗かれるなよ。」
そしてBarでノーパンの私にちょっかいを出して喜ぶ。
またある時は、
一緒に呑んだ帰り道、
人もチラホラ歩いてるっていうのに、
道を歩きながら私の背後にくっついてきて、
スカートの中をまさぐり始め、
このまま歩きながら後ろから挿入させろ。
と言い出したり。
今思えばちょっと笑えるけど…
反町君と男女の関係になってから一ヵ月程したある日。
なんと、
筒井君から電話があった。
驚いた。
私が身を引いてホッとしている頃だと思っていたのに。
筒井君にしてみれば、さんざん私に心をかき乱されて、
眠っていたはずの遠い恋心に火をつけられて、
智子ちゃんとの間の板挟みで苦しんだ挙句に、
私がまた黙って離れていってしまったものだから、
もう自分の気持ちを抑え切れなくなってしまって…
彼女とさんざん話をして、別れたというのだ。
「だからリク、俺達、今度こそやり直そう…戻ってきてくれ。」
天にも昇るほど、嬉しかった。
体中が熱くなった。
やっぱり私たちの愛は本物だったんだ。
あの約束は本物だったんだ。
今すぐに彼の胸に飛び込みたい!
でも、
神様のいたずらは、
いつも私たちのタイミングをずらし、
狂わせては、
私たちを引き裂いてきた。
今回もそうだった。
そして、これが、私たち二人にとって最後のチャンスだったのだ。
なのに、神様は二人を一緒にはしてくれなかった。
彼の言葉を聞いて私は考えた。(考えなければよかったのに)
今すぐに戻りたい!
でも、二つのネックが私を押戻した。
一つは筒井君の気持ち…
確かめたかったのだ。
彼女と別れて寂しいからとか、
その穴埋めに私とよりを戻そうとしているのではないかと、
不安がよぎった。
本当に私だけを愛して必要としてくれていると、
その確信を持ちたかった。
そんなこと、たとえ穴埋めだったとしても、
三年前、私と別れた穴埋めに付き合った智子ちゃんが、
年月を経て彼の愛を手に入れたように、
今、そんな事どうだってよかったハズなのに、
気にしていた。
たとえ彼女とうまくいっていたとしても、
それでも私を選んでくれるのか…
彼女と別れた今、
独りになって冷静に良く考えて、
その上で私を選んでくれるのか、
それが不安で仕方なかった。
もう二度と、彼を失いたくなかったから。
もう一つ引っかかったのは反町君のことだった。
反町君はあんな人だから、
別れると言ったらどうなるだろうか、
予想がつかなくて怖かった。
けれど、
これは当時の私にはどちらかというと些細なことだった…
私と筒井君が高校三年の時、
智子ちゃんが入学して来た。
その時からずっと彼女は筒井君を好きだった。
15の時から五年間、筒井君を手に入れるためだけに必死に生きてきた彼女。
私だって15の時から七年間、彼を愛し愛されて来た…
でも私の想像以上に彼女はしたたかだった。
彼女のほうが一枚上手だったのだ。
私が彼女の穴埋めとしてならイヤだと、
「ちゃんと独りになってよく考えてからでなきゃ今すぐは駄目。」
と言うだろうという事を見切っていたのだ。
彼を取り戻す手だてを、
彼女は確実に打っていたのだった。
「リクとやり直したいから、別れてくれ。」
筒井君にそう言われた彼女は、
最終的に別れる条件として、
筒井君にある約束をさせていたのだった…
「リクさんにやり直そうって言って、
二つ返事で即OKしてもらえなかったら、
その時は無条件で私の所に戻ってきて。
それを約束してくれるなら、別れてあげる。」
智子ちゃんの出した唯一つの条件はそれだった。
とにかく、何も言わずに俺とやり直すと言ってくれ!
そう神に祈るような気持ちだったのに。
と筒井君は言った。
そんな約束があったとは想像もしない私は、
二つ返事でOKしなかった。
彼女の予想どおり。
彼は彼女の元に戻る事になってしまった…
彼女との約束を守った事、
私にはそれが答えに思えた。
彼女よりも私を選んだ訳ではなかったと、
そういうことなのだと思えた。
「俺達、長いこと周り道したけど、
やっぱり一緒になるんだ。
結婚しよう。
今すぐは無理だけど、俺、仕事頑張ってさ、
三〜四年位して独立できたら。」
「四年後のさ、平成七年七月七日に式挙げよう。
七夕でさ、七が三つ並ぶ日だぜ、凄いだろ。ぜったい幸せになれる。」
「もう一度戻ってきてくれ。今度こそやり直そう。
今だったら、お互いに素直になって、ちゃんとやっていけるよ。絶対に。」
熱く語ったその彼の声が、今でも耳に残っている。
目を閉じると聞こえてくるようだ…
元に戻れる最後のチャンスは消えた。
それから、一ヵ月たった頃、
反町君が、突然私に結婚しようと言ってきた。
彼と付合って二ヵ月ちょっと経った頃だ。
私のボロアパートをすぐに引き払って、彼の家に来いという。
たった半年前に結婚に大失敗して戻ってきたばかりで、
筒井君からのプロポーズが夢のように消えて、
まだその彼の言葉が耳にこだましていた中で、
とても反町君との結婚なんて考えられる訳がなかった。
私はTVドラマのプロポーズシーンによくある台詞で、
「ちょっと考えさせて…」
と言った。
そのとき、私と反町君は終わった。
「考えないといけないような気持ちならいらない。」
と反町君。
確かにそうだけど、
それでいきなり別れるとは思わなかった。
でも、まあそれはそれで、
こんなもんだったのかな、
と私も冷静だった。
もともと私には反町君はどこか無理があったようにも思えたし。
またちゃんと、今度は本当に良い恋が出来るように前向きでいようと思った。
そして出来ることなら<結婚>という言葉は当分聞きたくなかった。
そんな気分には到底なれない自分がいた。
いろんな事がありすぎて疲れた、
そんな感じだった。
結婚に憧れて、
その言葉に踊らされて失恋してメチャメチャに壊れ、
愛の無い結婚をして地獄を見た。
命がけで愛した人との結婚も幻と消えて…
オマケに結婚を躊躇した途端に別れがきて。
<結婚>に振り回されるのはもう懲り懲りだった。
結婚なんてしないで、
ちゃんともっと自分の人生やっていきたい。
そう心から思った。
そもそも、18で家を出て<自立したい>と強く思った私の根本は、
自分が自立して自分の人生を自分で歩く、
そうやって生きたいと思っていたハズだったのだから。
とにかく明るく楽しくアクティブに、
仕事にも思いっきり力を入れ直して、
自分の人生すべてに前向きに気長にいきたいと思った。
焦らず、いろいろ頑張りながら、
それで良い恋ができたらそれもいいし、
それも気軽に気長に付き合える様な、
もっと、さり気ない恋が出来たらいいなあと思った。
波乱ばっかりで、とっても色んなことがあって、
でも、そのおかげで随分とすっきりした大人になれた気がした。
やっと、少しは大人になったかな?
そんな感じの自分がいた。
23歳になったばかり。
これから新しい人生が新しい私とともに始まるんだ、
そんな感じだった。
だけど、
このままでは済まなかった…
第14話『更なる激動への序章』へ続く




