第12話『モラハラ地獄からの脱出』
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松尾リク(主人公)
筒井君(筒井道隆さん風)
布施(布施博さん風)
智子ちゃん(田畑智子さん風)
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<愛>が無くては生きられないことを思い知らされた。
それと同時に筒井君への愛を思い知らされた。
このまま死ぬ訳にはいかない。
私はいつか筒井君の元に戻ると誓っていたのだから…。
それが、私をこの修羅場のなかで支える力の源だった。
その一心で、修羅場に立ち向かうことができたのだった。
布施に別れ話を切り出してから、
毎日、毎日、
来る日も来る日も、
本当に修羅場だった。
布施のモラハラも性的虐待もそれまでの十倍も酷くなった。
何度も顔をぱんぱんに泣きはらして仕事場に出勤した。
どうしても涙をとめることが出来ずに
涙を流したまま仕事場に出たこともあった。
あの地獄の拷問の日々以上の壮絶な毎日になった。
でも、ただいたぶられるだけのあの頃とは違う。
生き直すための戦いなのだから、
気持ちは自殺や殺人へは向かなかった。
そうやって二ヵ月たち、三ヵ月たった頃、
布施の態度が変った。
「別れてやってもいい。」
「ただし条件がある。
このまま別れたら、俺はお前と一緒になるために
無駄金を使ったことになるだろ。
俺独りで住むならこんな贅沢なマンションでなくてもよかったし、
お前が出ていったあとは馬鹿みたいだろ。
家具も服も何もかもただの無駄遣いってことじゃないか。
それじゃ気がおさまらない。」
「……。」
「全部返してもらえば少しは腹も立たないだろうが、
まあ、どうやってもお前に全部は無理だしな…。
取りあえず今のお前にある財産をすべて、
それに今のお前に銀行が貸す最大の額の金、
それから、
毎月給料からも俺への慰謝料を払う、
それ全部で俺への手切れ金にしてやる。」
「お前は一文無しになった上にデカい借金を背負うことになる。
今までさんざんいい暮らしをしてきたお前に
そんな暮らしが出来るんなら別れてやる。
それから、毎月の俺への支払は直接会って渡すこと。
金のケリがつくまでは俺と完全に切れることは許さない。」
私が絶対に実家には頼れないことも
布施は承知の上でそう言うのだ。
ざっとひっくるめて三百万。
そして更に給料も半分取られる。
それに、着る物も持ち物も、
身の回りのもの殆どすべてを取られた。
一緒になるとき私が実家からもってきたエレクトーンまでも…。
小、中学校時代習っていて親が唯一何年ものローンで買ってくれたものだった。
それも売れば少しにはなるだろうから置いていけと布施は言った。
布施にとってたかが数百万の金なんてはした金で、
お金が欲しい訳ではないことは私には分かっていた。
ひたすら私を苦しめたいだけ。
私がそんな究極の貧乏暮らしに耐えられる訳がないと踏んで、
毎月会い続けるうちにそのうち戻らせる事ができる、
そう布施は見込んでいたのだ。
それをほのめかしていた。
「まあ、お前はまたすぐに貢いでくれる男をみつけて、
ある日突然キッチリ揃えて金を出すかもしれないけどな、
それならそれでこっちは儲けだからな…」
布施はそんな嫌味を何度も繰り返していた。
話がついて一週間ほどであっという間に引っ越し準備。
引っ越しと言っても身の回りの殆どは持ち出す事を許されなかったから、
荷物は仕事関連の物ぐらいで、
他に持って行けるものは何も無い。
ほとんど身体一つ。
でも、やっとこの地獄から抜け出せる。
いよいよ明日、この家を出られる!
その夜…
「今までお世話になりました、だろ?」
「…」
「最後にたっぷり可愛がって下さい、だよね?」
(え?!…………どこまでこの男は私をいたぶれば気が済むの?)
「ほら、しょうがないから最後に抱いてやるって言ってるんだよ、
早く脱げば?」
(イヤ!ぜったいにイヤだ…)
「ほら〜、全部脱いで、いっぱい可愛がって下さいって、ちゃんと言わなきゃ。」
だんだん布施の態度が強くなる。
恐い。
凄く恐い。
やっと明日、自由になれるのに、
言う事を聞かなければ私はズタボロにされてしまうのだろうか?
ここで布施の機嫌を損ねて、
私の明日が取り消しにされたら…
憎い!
本当に心からこの男が憎い。
こうして憎しみにうち震えている私を屈服させる事が、
この男の快感なのだ。
ただ脱いで見せたって当然納得しない。
蚊の鳴くような声で吐き捨てるようにつぶやいたって許してはくれない。
「聞こえないなあ。もっとちゃんと可愛くオネダリしないと、虐めるよ。」
「ほら、そうそう、もっと可愛く言ってごらん。」
「そう、そんなに可愛がって欲しいんだ。
じゃあいっぱい可愛がってあげようかな〜」
全裸の私をニヤニヤしながら寝室に連れて行く布施。
一瞬触れられただけで悔しくて涙がボロボロ出た。
行為の間じゅう、涙が止まらなかった。
何をされても何も感じない。
感じるのは憎悪だけ。
布施が私を突き上げる度に、
涙が吹き出した。
22歳の春。
からっぽのボロアパートに身体一つ…
そして借金だけが残った。
見事になーんにも、
すべて無くして何も無かった。
それでも、
それはそれは幸せだった。
私は生き返ったんだ!
本当に何もなかった。
携帯電話の無い時代。
家に電話をひくのに十万ほど掛かる時代。
とりあえずレンタルの電話、
中古のちっちゃな冷蔵庫と
友達に貰った古いカセットデッキ。
その三つ、それだけ。
着る物を全部取られて何もない。
安くてそれなりに見える服を買いあさった。
職場には結婚自体を報告してなかったから、
なんとしても端からみて何の変化もないように
平然と暮らすために必死だった。
今までがつがつ食べてた昼食を
食費が無いからって粗食にするようなことはせずに、
外では何事も無かったように今までどうりに暮らしてみせた。
莫大な借金もある。
切り詰められるのは家での食費しかない。
一日八十円。それがやっと。
毎日インスタントラーメンをのびるまで煮て膨らませ、
空腹をしのいで暮らした。
それでも幸せだった。
私は自由を取り戻したのだから。
それに、愛する筒井君がついていてくれる。
彼は他人の彼氏のままだったけれど、
私を精神的に支えてくれた。
彼は毎日のように私のボロアパートに来てくれた。
私は新しく取り戻した人生を
筒井君とやり直していこうと思った。
筒井君も私を取り戻したことをとても喜んでた。
二人は19のあの頃壊してしまったあの愛を取り戻していた。
筒井君の彼女智子ちゃんはごく普通の目立たない子で、
決してモテるようなタイプの女の子ではなく、
初めての彼氏が筒井君。
短大を出て小さな信用金庫に就職したばかりだった。
勉強はそこそこ出来ても仕事のできる子ではない、
そんなタイプの地味な子だ。
そんな子だったからこそ、
筒井君は彼女を捨てられずに苦しんでいた。
初めから私とヨリを戻すまでの間に合わせ
だなんて言って付き合い出したので、
智子ちゃんは筒井君に愛されたくて必死だったに違いない。
もともと特に<自分>を持ってなかった彼女は、
何でも彼の言うがままに染まった。
彼女にとって彼はすべてだったんだろう。
そんな彼女を愛おしいと思わないほど筒井君は冷たい男ではない。
最初からの約束だったとは言え、
簡単に彼女を捨てられるはずがなかった。
筒井君が彼女を捨てられないでいる限り、
私はまるで愛人のようだった。
彼女に気付かれないように息をひそめて、
人目を忍んで筒井君と会っていた。
昔のように私だけをみてほしくて苦しかった。
そんな状態のまま時が過ぎた。
「俺たちやり直すんだろ。
だから、どんなに辛くても布施とは別れろ。」
そう言ってくれてから、
もう半年が過ぎていた…
半年以上、
一向に智子ちゃんとの精算を出来ないでいる筒井君に
私は苛立っていた。
みじめで、
どうしようもなかった。
筒井君にとっての私は、あの頃のまま別格一番の存在だと信じていたのに…
あれこれ話し合っても、一向に状況は変りそうにない。
いつまでコソコソしてるの?
私たちは本当にやり直せるの?
あの頃のあんな約束を本気で信じていたのは私だけだったんだ…
彼も私を愛してはくれているものの、
もう彼は私の元には戻れないんだ。
智子ちゃんを捨てられない、
つまり彼女を選んだということなんだ。
私はそう諦めるようになっていった…
あんな昔の約束なんて信じていた私が馬鹿だった。
ずっと、本気で筒井君との愛だけは別格だと思い続けてきたのは、
私だけの独り芝居だったんだ。
筒井君のことは諦めなくちゃいけないんだ…
そうして私は必死で気持ちを抑え込み始めた。でも、
これほどの想いをそう簡単に封印することなど出来るはずはない…
諦め切れずに、
何度も何度もジタンダを踏み、
もがき、
苦しんで泣いた。
泣きまくった。
またしても、人を愛して傷ついた。ボロボロに…
でももう馬鹿なことはしない。
痛い目にあって少しは私も成長した。
悲しくて辛くて、
でも何とか立ち直りたくて必死で…
22才の夏になっていた。
第13話『神様のいたずら』へ続く




