第11話『愛を思い知らされた日々』
・:・:・:登:場:人:物:・:・:・:・
松尾リク(主人公)
筒井君(筒井道隆さん風)
布施(布施博さん風)
・:・:・:・:・:・:・:・:・:・:・
夫からのモラハラ、性的虐待の地獄…
これは、私がフラチなことばかりしてきたことへの罰なのだろうか。
そうも思った。今でもそう思える。
人を裏切ったり、
騙しながら二股をかけたり、
ちょっとモテたのをいいことに奔放に男と遊んだり...
いつのまにかそんな事ばかりしていた私に下った天罰なのかもしれない。
悪気なんてこれっぽっちもなかった。
その時その時で一生懸命人を愛した、
その気持ちに正直すぎたのかもしれないけれど。
そして傷つき、乱れて、
なんとかしてその苦しみをまぎらわせたくて、
馬鹿な恋愛ごっこをしたりした、
それだけだった。
こんな恐ろしい地獄につきおとされる程、
私は大罪を犯したのだろうか。
良いときも、辛いときも、いつも、
事あるごとに支えてくれていたあの筒井君とも、
布施と一緒になってからはプッツリと会えなくなってしまっていた。
私は軟禁状態だった。
愛のない結婚の苦しみを思い知らされていた。
愛なんて…とつくづく愛を信じなくなっていた私が、
愛がいかに大事なものか気付いた気がしていた。
愛情なんて時がたてば冷めてしまって
あってもなくても同じになるものだと思っていたけれど、
そうじゃない。
例え愛が冷めるものだったとしても、
それでも一度愛した人であれば多少の嫌なことなら我慢ができるものだ。
冷めたとはいえ嫌いにさえならなければ。
でも、初めから愛情のない人とだと
ほんの少しの嫌なことすら耐えられないものだ。
耐える理由がないのだから。
好きでもない人の嫌なことを許せる訳がない。
いくらお金があっても嫌だと思う気持ちはぬぐうことはできない。
ちゃんと分かったのだ。
永遠に続くものでなくてもいいから
<愛>がどれほど大事なものかを。
人が生きる上で<愛>無しでなんて生きられないものだと。
お金で気持ちなんて誤魔化せると思ってた。
でも違う。
自分の自由や自尊心、
安らぎや愛、
お金なんかで買えないものは膨大にある。
少なくとも、私はそういう人間なんだ。
そのことがやっと分かったのに、
私はこの地獄に軟禁されたままで、
死人のように生きるしかないのだった。
一月のことだった。
筒井君が彼女の成人式のお祝いを買いにきたついでに…と、
私の仕事場へ尋ねてきてくれた。
すごくすごく久しぶりだった。
彼女というのは、私たちの高校時代の部活の二年後輩。
筒井君のことをずっと好きだったらしく、
私と筒井君があの約束をして別れた直後に
彼がとんでもない事を言って付き合い始めた子だった。
「リクと俺は必ずヨリを戻すって約束して別れたんだ。
だからお前は今だけの間に合わせって事だ。
いずれ俺はリクとやり直す。
それでもいいんなら俺の彼女になるか?」
彼女は私のことも憧れの先輩だと言っていたからか、
なんだかわからないけどそういう事になってた。
筒井君と19の六月に別れて、
22の一月、かれこれ三年ちかく経つ。
その間も事あるごとに筒井君と会い、支えてもらっていた。
ところが、布施と一緒になって一年以上会えなくなってた。
久しぶりに会って、30分ほどお茶を飲んで、他愛ない話をした。
こんな地獄の中に居る事はもちろん話せない。必死の我慢…
その日家に帰ってから、思った。
「やっぱりなんとかしなくては…。」
私はいつか筒井君の元に戻るって決めていたのに、
このまま死んでいる訳にはいかない。
このまま死ぬか殺すかなんて、
それで人生を終りにしてはいけない。
その日から、
「もう筒井君にすがるしかない。」
そう思うようになった。
とにかく、私のこの今の状態の話しを聞いてほしい。
とにかく会いたい。
誰にも話せないんだもの、
聞いてくれるだけでいい。
どうにもならなくても、とにかく会って、
<助けて>というこの叫びを受け止めてほしい。
筒井君には迷惑な話しだろうけど…
彼女ともちゃんとやってるときにまた私がしゃしゃりでて、
どうしようもない話しですがりつくなんて。
でも、もう生きるか死ぬか、
その瀬戸際だった私には筒井君しかなかった。
独りで苦しんでいた私は、
断わられるのを覚悟で、僅かな望みを懸けて手紙を書いた。
「どうしても、会って話したい。」
「話しを聞いてくれるだけで良いから…」
と。
筒井君はただごとでは無いと察してくれたのか、
会って話を聞いてくれることに…。
念願の再会。
話すうち、あまりにも辛くて悲しくて、
ただただ涙がとめど無く出て、
ただひたすら泣き崩れるのを止めることができなかった。
しくしく泣くとかそんなもんじゃなかった。
まるで熱いアイロンに触った赤ん坊が泣き叫ぶみたいに、
声をあげて号泣が止まらない。
そんな私をつつんでくれる筒井君の温かさが、
あまりにも孤独で病んでいた私にとって優しすぎて、
たまらなかった。
昔、辛いとき悲しいとき空しいとき、
誰かに抱かれているとなんだか気が紛れて心が軽くなったように、
筒井君に抱かれたいと強く思った。
とうとう私は筒井君にお願いして彼に抱かれた。
布施と一緒になってから、
布施が怖くて他の男と会うことさえなかったのに。
今にも死んでしまいそうな絶望の淵で泣き叫んでいるこの女に、
NOと言うのは、魑魅魍魎が渦巻く地獄の底に更に突き落とすようなもの。
私を抱くのはきっと気が進まなかったとは思うけれど、
そうするしか私をなだめる手段は無かったから、
筒井君は私を受け入れてくれた。
彼は彼女のことを徐々に本気で愛し始めていたので、
「智子に悪い…」
と、とても辛そうにしながらも、
私のことをいたわり気遣い、
私の人生のやり直しを勧めてくれた。
何があっても、
何とかして布施と別れる努力をするべきだと。
「何でもそのためだったら力になってやるから、真剣に考えてみろ。」
布施を殺したり、
私が自殺したり、
そうならない為に、
ちゃんと生き直す努力をするように…
すさんだ生活を送ってきて、
挙句のはてに愛の無い結婚をして、
<愛>なんて糞食らえだと、もう誰も愛せなくなってしまっていた
そんな私だったけれど、
布施との暮らしの中でいつも想っていたのは実は
筒井君のことだった。
何かっていうとしょっちゅう筒井君のことを想ってた。
布施とあちこち旅行に行く度に、
隣にいるのが筒井君だったらどんなに楽しいだろう…
この景色を筒井君と眺めてたら彼はこう言うだろうな…
そんな風に想っては何度も涙が出そうになったものだ。
人を愛せなくなっていたはずの私だったけれど、
筒井君のことだけは違っていたようだ。
一生をかけて愛し抜くと誓えたあの気持ちは本物だったのだ。
離れていろんなことがあって、
年月がたっても、
いつもずっと形を変えながらも、
彼への愛は変らなかった。
別れて三年ちかくの間、
結局いつも事あるごとに彼を頼りに生きてきた。
よく、男は女々しいもんだけど女は割り切りが早いものだって、
そう言う人もいるけれど、
女だって結構ひきずるものだと思う。
私が特別と言う訳ではないと思うのですが…。
19のあの時、
「別れてもずっと心は変らない。
お互い色んな恋愛もして、
もしかしてどちらかが結婚してしまうとか、あるかもしれない。
でもそれでも、生きている限りいつか必ず戻って愛し合える。
そのくらい私たち二人の愛は特別なもの。」
そんな子供じみた約束をして別れた、
あの時に信じた私の気持ちは変ってなかった。
今こそ愛するのは筒井君だと、
周り道してきたけれど、
今ならまっすぐ彼を愛せる。
もう他の愛には振り回されないと確信していた。
80年代当時、ヒットしていた『for you…』という曲の歌詞が、
この時の私には一字一句ハマり過ぎていて、たまらなかったのを覚えている…
第12話『やり直し』へ続く




