第10話『乱れた生活〜地獄へ』
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松尾リク(主人公)
筒井君(筒井道隆さん風)
布施(布施博さん風)
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私のこれまでの数十年の人生の中で、
19〜20歳の頃というのは、
本当にどこまでも自分が壊れていた時期だった。
若い頃というのは、皆そんなものなのかも知れないけれど。
思えば、
命を賭けて愛し抜くと誓った筒井君と、
こともあろうに別れてしまってからだ。
私が壊れてしまったのは。
まあ、原因はそれだけではなかったかも知れないけれど。
それまでの私の人生すべてを
絶大に支えていた筒井君との愛を自ら失くし、
自分というアイデンティティーのすべてが
白紙になってしまった様だった。
それに加えて好奇心旺盛な浮わついた年頃だったことも
十分な原因でしょう。
そして、
若さゆえの自惚れ。
何故だかひたすらモテたのがよくなかった。
過ぎた遠い昔話だからこんなざっくばらんな言い方が出来るのだけど、
年代を問わず、とにかく色んな男が色目を使って近寄ってきた。
チヤホヤされて、男なんてよりどりみどりだった。
その頃の私は、
そんな近寄ってくる男たちとの駆け引きが好きだった。
それを楽しんでいた。
私を口説き落とそうとする時の、
男たちの優しさとか、
懸命さとか、
興奮とか…
そんな熱心な表情や仕草を見ているのが快感だった。
SEXは男がしたがるからさせてあげるのではなく、
私が<寝てみたい>と興味が湧いた時、
その男が私を口説くように私が仕向け、
その駆け引きを堪能した上で寝る。
男が女を釣るのではなく釣りをしてるのは私。
男なんてそうやって釣って楽しむものだなんて思っていた気がする。
高校生の頃、男の子になり切っていた私が
今度は別の意味で妙な男性化を遂げていたという感じだ。
子供の頃からよく遊んでた同級生の弟に、
昔から私を好きだったと言われて遊んでみたくなったり…
昔のバイト先の高校生にずっと憧れでしたなんて言われて、
そのひたむきさが愛しくて、年下の不慣れなSEXに興味が湧いて…
なんてこともあったっけ。
ずっと筒井君の彼女だった私に密かに片想いをしていたという同級生。
別れたときいて告白してきたところを誘惑…
仕事先によく出入りしていた10歳程年上のサラリーマン既婚者を
三十路男ってどんなだろうと興味本意で近づいて誘わせたり…
合コンで知り合った男…
ふとした事で知り合った御曹子…
その他諸々…
まったくもってお恥ずかしい限りのフラチな若僧だった。
とてつもなく心が荒んで、空しかった。
心が寒くて寒くて、
空しさだけが心を埋め尽くしていて、
不安でどうしようもなかった。
そしてこの頃<愛>というものの空しさを痛感していた。
ぽっかりと穴があいてしまった空しい心を埋めるのは、
きっとこんなくだらない恋の駆け引きやSEXなんかじゃなくて、
本物の<愛>なんだ、と思うその反面で、
初めての失恋の痛みのせいで
人を心から愛することを極度に恐れていた。
もしまた誰かに夢中になったりしたら、
またあんな風に辛い目に会うんじゃないかと。
必死で愛したら辛い悲しい切ない思いをしなきゃいけない。
傷ついたりする事にもう耐えられない…
それに、実際現実の世の中を見渡してみても、
愛しあって一生を誓いあって一緒になったりしたって、
そんな愛は数年で冷めて、
あとは馴れ合いの生活だけ。
あっという間に男は浮気をし、外で妻の事をグチる。
「カミさんなんてただの同居人だよ〜、
君みたいに可愛い子だと良いけどさあ〜…」
若い女にそんな台詞を吐く。
そんな夫婦は大半って言ってもいいほど珍しくない。
大恋愛の末の結末なんてそんなもん。
どうせそうなら、
最初から絶大な愛なんてなくたって何となく楽しいフィーリングで、
それだけで遊んでるだけにしとけば辛い想いはしなくて済むのだ。
自分自身の<愛する心>にも疑いを感じてた。
あんなに愛していた筒井君のこと…
一生、命を賭けて貫き通すと思った。
この愛だけは死んでも変らないとあれ程信じていたのに、
時が経てば私は別の人を必死で愛してしまっていたりする。
そんな自分が信じられなくなってた。
人間の愛なんて所詮そんなものなのかもしれない。
一生の愛なんて思い過ごし。
きっと映画や詩の中でだけのことなんだ。
そんなものは実際ありはしないんだと思った。
私はもう、完全に<愛>を信じなくなっていた。
一生懸命に人を愛したら損だとさえ思った。
例えば結婚も、<愛>なんてなくても良いと。
いやむしろそんなものないほうが良いと。
ただなんとなく気があって好きならそれで。
それよりも実際の生活が豊かであれば、豊かさで心は誤魔化せる。
思いどうりの生活が心を楽しく満たしてくれる。
当てにならない<愛>、
苦しみを伴う<愛>なんてものよりも、
適度な心地よさと思い通りの豊かさが、
心を幸せにしてくれるハズ。
小さい頃から貧乏で、みじめな思いばかりして育ってきた。
挙句の果てに借金地獄で別れた両親。
生活保護を受けながらの母子家庭。
サラ金の取立て屋に追い回される日々だった…
『金返せ!○○!』
『○○ドロボー!』
実名入りのビラを近所じゅうに貼られ、
学校から帰る度に増えているその張り紙をかじかむ手で必死に剥がした。
くやしくて、
みじめで、
恥ずかしくて、
どうしようもない気持ちで育ったそんな私の、
屈折した<豊かさ>への想い。
<愛>を信じられなくなってしまったこの時、
世の中、愛よりも結局はお金なんだと信じるようになっていった。
そんな風に私の中で一つの答えが生まれて、
私はもう誰も愛する気など無くなって、
誰も愛せない心になってしまっていた。
こんな自分になってしまって一体これからどうなるんだろうと
路頭に迷ってしまったようにも感じながら…
20歳の冬、
私の周りにはSEXフレンドじみた男が数人いた。
毎日退屈することもなく、チヤホヤされて、
寂しさを感じることも紛らわせていた。
いつの間にかその中で当時40歳の布施といることが多くなってきていた。
別に愛してなんかなかった。
今までとは決定的に違っていた。
恋をした訳ではなく、
ただ20歳の女が40歳男ってどんなだろうと興味をもった、
40歳の男が20歳の若い女と付き合えてラッキー、
ただそれだけだった。
お互いに独り暮らしだったから、
私が布施の部屋に泊まる事が多くなった。
布施と出会ってから半年後、
私の部屋の契約更新時期がきた。
それが新居をかまえたきっかけだった。
羽振りの良かった布施は、私と一緒に住むためにと、
私が気に入りそうな高級マンションを用意した。
布施が私の母に会い、一緒になることの承諾をもらって、
あれよあれよという間に私は布施の妻となった。
布施と知り合って一年後のことだった。
妻になった、とは言っても、
結婚式なんてしたくない主義だったからしなかった。
布施は再婚だったし、20も歳が離れているし。
入籍だってどうでもよかった。
そのうちそんな気になればその時でいいやと思って何もしなかった。
私は入社二年の若造で、相手も相手なだけに、
会社でアレコレ言われるのが目に見えていたので、
会社にも報告しなかった。
彼を愛している訳でもなく、
何となく好きかなという情だけで、
あとはお金。
思い通りの暮らしが出来る経済力、
そして一緒に居てなんか楽だから…。
「身体ひとつで来てくれればいい」
という布施の言うままに、
それまで独りで暮らしていた身のまわりのものすべて処分した。
というより、布施が全てを処分させたがった。
必要なもの全てを自分が買い与えることで
私を所有する気分を満喫したい男だ。
私は身の回りの男たちも、すべて処分した。
布施はとてつもなく嫉妬心の強い男だった。
まあ、40男が若い女を手に入れたのだから
心配で仕方なかったのは理解できる。
仕事場で男性と挨拶しているのを見かけただけで、
アレコレ言うような独占欲の塊だった。
洋服や身につけるもの、
住まいは勿論、
家具やインテリア…、
何から何まで私の気に入るものを何でも
高級ブランド品で揃えてくれたし、
クルーザー、別荘…、遊びも派手だった。
まさに左うちわの生活とはこのことだった。
今思えば時代はバブル期、
彼がその後バブル崩壊したかどうかは知らないけど、
当時の布施は本当に羽振りが良く、まさにバブリーな男だった。
私の思い上がりかもしれないが、布施は私と一緒になることが
嬉しくて嬉しくてしょうがないといった風で、
私にお金を使いまくってた。
愛を信じなくなり、
お金でそれを埋めようとしていた私にとって、
ちょうど良い居心地の良さだと思った。
けれど、一緒に暮らしはじめると段々といろんなことが見えてくる。
不思議なもので、
泊まりあったり、同棲したりしているうちは見えないものが
<結婚生活>と名前を変えただけで見えてくるものなのだ。
布施の私への嫉妬と束縛は、
異常なまでにどんどん酷くなっていき、
それを恐れる私のストレスは壊れた私をどんどんと追い詰めていった。
私は嫉妬されるようなことは何一つしていなかったし、
結婚後は篭の鳥のようだったというのに、
布施の被害妄想は激しく、
執拗に私をいびりたてた。
当時モラル・ハラスメントなんていう言葉は聞いた事無かったけど、
布施は極度のモラハラ夫だったのだ。
私には意味不明な理由で事あるごとに酷くなじられる…
私と言う人間が間違ってるから、
私の感覚が狂ってるから、
「お前がダメな人間だと笑われない為に、叱ってやってるんだ。」
もめごと、そのたびに気が狂いそうになるような言葉の暴力…
そしてその地獄の言葉責めの最後は必ず、
なじられた憎しみで失神しそうに痙攣し号泣する私に、
無理矢理言わせる。
「愛してる。」
と。
殺してやる!と言いたいこんな時に
絶対に口が裂けても言いたくない言葉だ。
とことん私をいたぶるこの男が憎くて
殺してやりたいと打ち震えている時に、
更に必ず無理矢理こう言わせる、
「抱いて下さい。」
何度でも言わせる。
「聞こえないなぁ…」
「抱いて下さい。」
「なに?」
そして、大声で言わせた後、
「じゃあ脱いで良いよ。抱いて欲しいんでしょ。」
「ちゃんと全部脱いで、もう一度言ってごらん。」
と言う。
そうするまでどんな抵抗も叶わなかった。
私の自尊心をグシャグシャに踏みにじってくる。
サドだった。
それもとことん陰湿な。
そんな虐待の日々が続き、
私はいつしか完全なノイローゼ状態となっていた。
この男から逃げたい。
だがとても逃げられそうにはなかった。
逃げても必ず捕まる。
まして別れるなんて言おうものなら何をするか分からない男だった。
殺されかねない。本当にそう思った。
私はこのままこの地獄のなかで
死人のように一生を終えるしかないのだろうか。
誰かこの男を殺して!
そして私を救って!
そう、
私が救われる為にはこの男を殺すしかない。
この憎い男を…。
何とかして罪をかぶらずに殺す方法は無いかと
布施の寝顔を眺めながら毎日必死で考えていた。
本気で。
こんな憎い男の為に罪を犯して人生を棒に振るのだけは嫌だと思ったし、
あるはずの無い完全犯罪に思いを巡らせてばかりいた。
私は22歳になっていた。
布施を殺すのが無理なら、
なんとか耐えて別れる方法はないかとも考えた。
22歳、今ならまだ人生をやり直せる年齢だもの。
五年くらい我慢して耐えていければ、
布施が私のために使ったお金を随分返せる、
それを叩きつけて出ていってやろうかとも考えた。
五年たっても私は27歳だし。
でも、こんな状態であと五年ももたないのは目に見えてる。
私が気が狂って自殺するか、
布施を殺してしまうのが早いか…。
そのどちらかがオチだ。
はした金なんて作ったって
すんなり別れてくれるわけがないし。
これといった考えもまとまらないまま、
ひたすらもがいていた。
地獄の拷問の毎日を過ごしながら。
もう思考という意識も失いそうになってた…
そして…
この後の続きは、
1話だけ『番外編』を挟んで、
その次に。
急いで続きが読みたい方は1つだけ飛ばしてどうぞ( ̄◇ ̄;




