表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神さまにおまかせ!  作者: 遠道遥追
2/25

神と神?

 天界の海は綺麗だ。どこかの神が人間界を真似て作ったそうなので潮の満ち引きがある。スイが楽しそうに泳いでいる。海を割る勢いで泳いでいるのだから、神力を使っているのだろう。そう思った瞬間、海への愛着がふっと消え去った。砂浜でぼうっとしていると、スイがこちらに気づいて手を振る。こっちにこい、ということらしい。泳げないからと首を横に振ると、スイは笑って良い練習方法があると神力を使って私を海に投げ込み、サメを召喚した。サメはのろまなアーシェに標的を絞って追いかける。必死で逃げるがいつか追いつかれるだろう。スイに助けを求めるが微笑みを向けられただけだった。

「姉さま! 私が神器がないと上手く神力を使えないこと知っているでしょう!?」

 それでもスイ姉さまは、口元に手を当て笑っている。いつのまにか、物質顕現の力でソファを出して優雅にくつろいでる。アーシェは歯噛みした。物を作り出すことも苦手だった。年の離れていない姉ができることを、未だに自分はできない。これが父の娘でなければ問題なかった。父は神の地を治める王の一人だ。絶大な力を持つ父と数多の神器を操る母から生まれた子供たちは皆秀でた力を持っていた。アーシェを除いてだが。

 神の力は生まれで決まることが多い。筋力のように鍛えることや増やすことができないので、力の弱いアーシェはできるだけ無駄に力を使わないために神器を操る練習をしていた。しかし、ここには神器がない。いや、さっきまで持っていたような――

「羽衣!!」

 起き上って初めて、スイとのことが夢だと気づいた。だったら今も夢ではないのだろうか。なにしろ、狭く低い、丸太を重ねて作られた部屋で寝ていたのだ。しかも体中が痛い。藁の上に転がっていたからだ。月だけが部屋をぼんやりと照らしている。心もとない光のなかで、重たい毛布が体に被さっていることに気づいた。それを体に巻き付け、部屋に視線を巡らす。あの羽衣は唯一の形見だ。

 天魔戦争で死ぬ間際、母が子どもに一人一つに神器を託していった。重いからと、母は逃げるときに神器のほとんどを人間界に置いてきたらしく、息子娘七人と同じ数の神器しか持って帰らなかった。数多の神器を持つ母が選んだ選りすぐりの一つだ。渡されたときの母の最期の言葉が今でも忘れられない。あれは呪縛のように私の心を絞めつける。思わず外套の端をぎゅっと握った。空気が動いて、そのときやっと冷えていることに気づいた。

「寒い……?」

 冬用の外套といい、寂びれた丸太の部屋といい、天界とは思えないような場所だ。そういえば天界の北の辺りはお父様の治める地ではないから来たことがなかったが、もしかしたらこれが普通なのかもしれない。清貧を尊ぶというやつだろう。

 その時、この部屋に一つだけあったドアが開いた。冷たい風が暴力のように頬を凍り付かせる。ドアの方を向くと、一人の若い男が立っていた。彫りが深く精悍そうな顔つきをしている。整った顔をしているため、眉間に皺を寄せていると迫力がある。しかし、今の私には男の背景に釘付けだった。ドアの外は屋外だ。びゅうびゅうと風が吹き荒れ、雪が数歩先の景色を隠していた。

「つまり、一部屋しかない家なの……」

「起きたのか」

 驚いている間に男は外套の雪をはらい入ってきた。腕で薪を抱えている。それを壁に備え付けてある暖炉に放り込みカチカチと石を打ち鳴らしている。そんなことをせずとも神力で火くらいつければいいのに。

「えいっ」

 指を一振りして暖炉の中に炎を宿らせた。小さな火が徐々に大きくなり炎が部屋を暖める。やっと得られた熱にアーシェは暖炉に誘われるように近づく。暖炉に手をかざそうと伸ばすと、力強い手が横から私の手を掴んだ。

「……貴様、何者だ」

「あ……」

 そういえば、この男はなんなのだろう。それなりに神力を持っているが、古風な火のつけかたをしていたし変わり者には間違いないようだ。人間ごっこでもしているのだろうか。しかし、天界に住んでいて私の顔を知らないとは――

「この無礼者! 天界の主が一人ゴードン王の末娘アーシェを知らないとは言わせないわよ!!」

「……どこの国だ? それに何故王族がこんなところにいる」

 男は訝しんだ顔をしただけだ。掴まれた力が強くなる。嘘をついていると思われているのだ。もしかしたら父の治める土地から出てしまったのかもしれない。そう思うと急に心細く感じた。知らない土地で目の前に知らない男がいて手首を掴んでいる。逃げようとすれば腕を折られたり、もっと痛いことをされるかもしれない。恐怖が頭のてっぺんから指の先まで駆け抜け、体は凍り、声も出なくなってしまった。

「どうした。早く答えろ!」

 大声で詰問する男の声に体が震えた。大声など出されたことないアーシェにはそれだけでも暴力だった。それが引き金になって恐怖心がピークに達したアーシェは、神力の衝撃破を男にぶつけた。男は壁に当たりずるずると崩れ落ちた。死んでしまったらどうしよう。恐る恐る男に近づいて呼吸を確認する。骨も折れていないようだ。

「力いっぱいやったはずなのに……」

 初めて攻撃するために神力を使ったから、無意識に力を抑えてしまったと思いたい。父の加護のない地では神力が落ちてしまうようであれば、家に帰れなくなってしまう。

「今は羽衣を探さないと……」

 外に出ると吹雪が針のように身体を刺した。男から外套を奪うことも考えたが理性とプライドが許さなかった。当てもなく一寸の前も見えない雪の中を彷徨う。おそらく羽衣の制御がきかない中、アーシェは気を失い落ちてしまったのだ。それをあの男が助けてくれたからあの家でアーシェは寝ていたのだと思う。だとするなら、あの男は自分を助けてくれたのではないのか。雪に足を取られても踏み出していた足が止まる。助けてもらった相手を壁に叩きつけてしまった。その事実は私の頭から血の気を奪った。一瞬、視界が暗くなったが気を失っている場合ではない。

「でも、どうすればいいの。恩人にあんなことしてしまうなんて謝って済ませるわけにはいかないし……」

 神として半人前の自分にできることは少ない。王女の身分を生かして、父から報奨を出してもらおうか。羽衣のない今のアーシェを、父の元まで運んでいってもらう必要があるが、同じ天界の住人なのだ。しっかり事情を説明すれば理解を示してくれるだろう。

「そうと決まれば――」

 止まっていたせいで足が雪に埋もれている。逃げることに執心していたため、神力で自分の周りの雪を溶かすことを忘れていた。このままでは風邪を引いてしまう。慌てて体の周りに暖かい膜を張る。よしと、気合を入れてさあ帰ろうといったときに背後に雪を踏み鳴らす音が聞こえた。振り返ると――

「え?」

 大きな毛むくじゃらが腕を上げて目の前に立っていた。あの男よりも背が高い。この辺りの住人だろうか。ちょうどいい。あの小屋まで案内してもらおう。

「こんにち――」

 言い終える前に、アーシェの髪を揺らすほどの獰猛な雄たけびを上げて毛むくじゃらがアーシェの方へ腕を振り下ろす。手先の鋭い爪を光らせて――—―

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ