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女神さまにおまかせ!  作者: 遠道遥追
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傷つきませんよ? 神ですから!

「人がたくさんね。何しているの?」

 物珍しいと言いたげな視線を真っ向から受けながらアーシェは問う。忍びやかな声はアーシェの存在を訝しむもの、好奇心に想像を語るもの、様々だった。

「警備や盗賊などを取り締まる者たちが勤める場所だ。ところで、噂のネタにされているが…… その、あまり気にするなよ」

 気遣うように小さな声でイズナが耳打ちしたが、何故心配されているのか理解できなかった。神は人間からどう思われようが、心を痛めることも喜ぶこともないというのに。

「あ、そうか」

 イズナはアーシェのことを住処のない人間の少女だと思っている。やっと合点がいった。

「ああ、大丈夫よ。羽虫が周りを飛び回っているのは不快だけど、潰したらここを追い出されてしまうから我慢するわ」

「……そうか」

 イズナは肩を竦めただけだった。それ以上は何も言わずただ歩く。ときおり、立ち止まり建物の説明をするくらいだ。退屈を感じながらも黙って追従する。しかし、アーシェにとって石を積み上げただけの壁に、とても興味が持てず飽きに飽きて、イズナに声を掛けようとしたとき、近くで凄まじい神通力を感じた。

「な、なに!? なんでレイフォードの神通力が?」

「レイフォード様が訓練場で鍛錬されている。俺はまったくと言っていいほど神通力を持っていないから何も感じないが。だが強すぎるというのも考え物だな」

 衝撃の走った頭を撫でながら頷く。いまだに脳を痺れさせるレイフォードの力に隠れて微弱な気配に気づいた。

「サイラス?」

「ああ、あいつもレイフォード様ほどではないとはいえ、強力は神通力を持っているからな」

 忘れかけていたが、サイラスも人間の物差しで測れば、相当な力を持っているのだ。レイフォードが規格外なだけで。

 すぐ近くで歓声が上がった。人間の原始的な戦いなど興味がわかないが歓声の理由が気になる。

「行きたいのか?」

「ほんのちょっとだけ……」

 もごもごとしながら言うと、さっきまで無表情だったイズナが久しぶりに表情を緩めた。

「いいよ。ついてこい」

 ゆっくりとアーシェに合わせて歩くイズナに案内されて訓練場に向かう。一歩進むたびに人々の熱気が肌をひりつかせた。城とは違い簡素な建物が並ぶなかの一つに入っていく。

「ぼろぼろね」

「理由はすぐにわかる」

 城の端にあるのだから少々古くてもよいという考えのもとなのだろうが、その壊れっぷりは凄まじい、という一言に尽きる。ほとんどの壁にひび割れがあり、アーシェの神力でもその気になれば吹き飛ばせそうだ。いつ壁が壊れるのではないかと足を竦ませていると、慣れた調子で先を歩くイズナが振り返る。

「安心しろ。今にも崩れそうに見えるが、ちゃんと管理されている」

「そうよね」

 不安は残るがなんとかして自分を納得させていると空が急に暗くなった。空を見上げると、アーシェの上半身程度の大きさの岩が宙を飛んでいた。

「おい、たぶんそこに落ちるぞ」

 イズナに腕を引かれたたらを踏みながら慌てて離れる。瞬間、目の前を上から下に何かが通り過ぎたかと思えば、一拍遅れて風が髪を広げた。そして同時に足の裏に衝撃。

「地面が割れているんだけど」

「重力加速度って言葉を知っているか?」

「知らないわ」

「物が落ちていくとき、速さは一定ではないんだ。重力に引き寄せられて距離が遠ければ遠いほど速度が上がり、そして地面にたどり着いたときの威力も増すってことだ」

「あの、そうじゃなくて何で急に岩なんて落ちてきたの?」

「サイラスは、ああ見えて地の術が得意だからな」

 ああ見えて、とはどういう意味だろう。それと――

「暴投しすぎじゃない?」

「レイフォード様が打ち返したから」

「周りの被害も考えてほしいわ」

「阿呆」

「いたっ!」

 頭を叩かれる。痛くはないが非難の視線を向けると、イズナは憮然とした顔でそれを受け止めた。

「俺たちが弱すぎることが問題だ。弱さは罪だが、強さが罪であるはずがないだろう」

「そうね。強いことが悪いことではないわ」

 レイフォードが強くなければ、アーシェは死んでいた。天界の神々も強くなければ魔の者たちに侵されてしまう。守るために強さは必要なのだ。

「でも、こんなに強いのになんでまだ強くなろうとしているの?」

「お前は本当に何もわかっていないな」

 振り上げられて手を見てアーシェは固く目を閉じた。が、何の痛みも衝撃もない。恐る恐る目を開けるとイズナは上げた手をゆっくりと下ろしていた。

「守られている俺たちがわかったような口を聞いてはいけないけど……アーシェ、ひとつ覚えておいたほうがいい。誰かを、何かを守ることがいかに難しいかを――」

「……うん」

 アーシェは守られるだけの立場だ。それを見透かされているようで、そしてそのことを見下されたような気がして少し腹が立った。だが――

「私が誰かを守れるほどの力を持つことができたなら、『人』の気持ちを知ることができるのかしら」

 レイフォードが兄を想い行動する気持ちを、アーシェに好奇の目を向けていた者の気持ちを、いまいちアーシェは理解できないでいた。イズナは思案するように視線を宙に向けた。

「そう、だな。知りたいと求める心があるならきっと大丈夫だ」

 イズナが手を上げる。つい条件反射で身構えてしまったが、イズナの手はアーシェの頭を優しく撫でた。叩かれると思っていたので、初めは居心地の悪い気分でそれを受けていたが、だんだんその優しい感触に気持ちよくなって目を閉じた。頭を傾けるとイズナが喉の奥で笑った。

「なんだか、あったかい」

「おかしなことを言うやつだな」

「うん。おかしいね」

 天界と人界が異なる世界だとしても、知らないことが多すぎて、それを知らないでいた自分がおかしかった。そして、単純に興味がある。遠くから見下ろしていた粗雑な造りの退屈な世界が、近くから見ると繊細な彫刻が施された興味深いものだった。

「でも理解できるのかな」

「理解というのは、異国の字を辞書なしで一文字ずつ解読していくようなものだ。時間と努力と情熱があればできる」

「その三つのうち、時間くらいしか持てるものがないわ」

 それを聞いてイズナが鼻を鳴らした。

「仕方ないやつだなあ。まあ、お前のような遅れた時代を生きるやつには、先人という偉大な人物がいるだろう」

「え? 誰が偉大な人物なの?」

 きょろきょろとすると頭を掴まれ強制的にイズナを見上げさせられた。

「ここだ。もしわからないことがあれば、先を征く者を頼れ。それが研究であり理解だ。知識が深まれば、お前ももっとましになれるだろう」

「そう……かな」

「そうだよ」

 変わっていく自分を想像すると、むず痒い気持ちになった。そのとき、ひときわ大きな歓声が響いた。

「あ! 早く行きましょう!」

 歓声に誘われて、アーシェは先に進み始めた。

「変わった言動が多いけど悪いやつではないんだよなあ」

 その言葉は、ざわめき声に消されてアーシェには届かなかった。

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