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邪魔をするな!! ~ジーベンとカタリナ②~

 不安の正体は、あっけなく判明した。

 考えてみれば、簡単な話だ。

 影狼は、野生の狩人。その名の通り、影に潜んでジッと獲物を待ち、標的が近づいてきたところで、無防備な腹に牙を突き立てる。

 索敵や探知の技能を磨いた者であれば、影狼が潜む影は彼らの呼吸に合わせて小さく動いている事から感知する事も出来るのだが、そうした技術を持たぬ者相手であれば、熟練の冒険者の目すら欺き通す。

 幸いなことに、僅かの衝撃でも影から飛び出る、動いている影には入り込めても飛び出せない、等の習性も併せ持つため、彼らの生息地を旅する際は長杖で影を叩きながら歩く、夜間は魔石の光ではなく炎で影を揺らめかせるといった対策を取ることが可能だけれど、そうでなかったら人類は高い壁に覆われた街から外に出る事も出来なかっただろう。

 旅の歴史とは、すなわち影狼との闘いの歴史でもあったのだ。


 影狼は、狡猾で臆病な生き物とされている。

 だから、影に潜み、群れを作るのだ、と。

 その影狼が影に潜まず、遠目にも目立つ砂埃まで舞い上がらせている。

 これは異常だ。ただ事ではない。

 これを異常と感じないのならば、野心など捨てて畑でも耕していたほうがいい。


 「おい、盗賊!! 敵はどこに居やがるんだ!!」


 「……キミの目じゃ見えないよ。まだ随分と距離があるんだ」


 「なら、とっとと探れ!! 数は!? 距離は!? どれぐらいで接敵する!?」


 言われなくても、そうするさ。

 そう言ってやる代わりに肩越しに一瞥してやってから、目線を正面に戻した。

 大きく息を吸い込み肺が限界まで膨らんだところで、ゆっくりと吐き出す。

 これを何度も繰り返しながら魔力を練り、視力を高める。

 血の流れに合わせて循環させ、同時に一点へと集中させていく。

 体内の魔導勁路に異常は感じ取れない。これならば、億に一つの間違いもない。

 眉間にもう一つの眼を開くイメージ。

 はるか遠くに舞い上がる砂塵の景色が加速度的に拡大され、徐々に4本足の獣の姿を捕らえはじめる。

 でも、これじゃまだ足りない。

 さらに集中を高め、ターゲットまでの距離を測る。

 距離、3000メル。数は……いや、それよりあれは


 「おい、足手まとい!! なにをチンタラやってやがるんだ!!」


 がなりたてるような罵声の声にあわせて、背中に強い衝撃を受け、ボクは大きく前につんのめった。

 視力に絞った肉体強化術が強制的に解かれ、彼方を映していた瞳に映る景色が、石ころだらけの荒れ地へと切り替わる。

 なにが起こったのかは、半瞬遅れて理解できた。

 痺れを切らした馬鹿が、ボクの背中を蹴りつけたのだ。

 それは、軽い気持ちでした事なのかもしれない。

 不安に押しつぶされそうな心を盛り立てるための、精いっぱいの強がりだったのかもしれない。

 が、ボクの魔力集中を解くには十分だった。

 途端に、眉間の一点に集めていた魔力が爆発するような勢いと激しさで魔導勁路を逆流し、全身に身体の内側から剃刀で切られたような鋭利な痛みが走る。


 「たかが盗賊風情がもったいぶってるんじゃねぇよ!!」


 たかが盗賊。

 こんな物言いをする下級冒険者は少なくない。

 ボクだって何度も同じような事は言われてきた。

 盗賊は、その性質柄重厚な鎧や剣を持つには不向きで、どうしても花形ともいえる戦士や魔術師に派手さで見劣りするからだ。


 でもね?

 言ってやりたい。

 盗賊がいなかったら、誰がパーティーの目となるのか。

 視界の利かない迷宮で。森で。魔物の気配を探り当て警戒するのは誰なのか。

 罠を見抜き、解除し。裏と繋がり、表には出回らない情報を集めるのは誰なのか。

 理解しない連中は、必ずやどこかで痛い思いをするんだ。


 それを知っていたから、ボクは今まで多少の事なら受け流してきた。

 けれど、今は違う。

 ボクの目は、確かにあの時。影狼の群れの中を駆ける何かを捕らえていた。

 あと少し、時間があればその正体を探ることもできたかもしれないというのに!!

 蹴られた事なんかよりも、その事にカァと血がのぼり、振り向きざま背後の男の襟元を掴みあげる。

 それだけで、身体の内部から、千切れるような痛みが襲ってきた。


 「お、なんだテメェ、足手まといの分際……」


 「うるさい!! ×××縮みこませてるクセに強がって喚き散らすだけのゴミが邪魔をするな!! 切り落として口に詰め込んでやろうか!?」


 言い終えるより早く、切り落とす代わりに、股間に膝を叩きこんだ。

 よもや自分が見下している人間から手痛い反撃を受けるとは思っていなかったんだろう。

 男は「うっ」と小さくうめきながら数歩よろめき、遂には堪えきれず前かがみに倒れこむ。

 ボクもまた、かろうじて残っていた緊張の糸の最後の一本が完全に切れたのか、膝から崩れこんだ。

 途端に肺腑が押しつぶされ、息を吸うことも吐くこともできなくなる。

 だらんと舌を垂れ下げた口から、声にならないうめきが漏れ出た。


 「カタリナ!!」


 「ちょっと、あんた!! 何やってるのよ!!」


 悲鳴じみた声をあげてボクを背に守るように飛び込んできたのは、パーティー仲間のレベッカとカタリナだろう。

 その背中を確認するために顔を持ち上げる事も出来ないほど、魔導勁路の損傷は深いようだった。

 荒い呼吸に合わせて頬を滴り落ちた脂汗が、ポタリと地面に小さいシミを作る。

 全身の血管が内出血を起こしているようなものなのだから、当然と言えば当然だ。

 

 「魔力を一点集中させているところを急に蹴りつけるなんて、何を考えているんですか!? 全身を均一に強化するのと違って、感覚系の強化は体内の魔力を極限まで集中させる、一つ間違えれば暴発の可能性だってある危険なものなんです!! アリエス、はやくカタリナに回復魔法を!! 魔導勁路が損傷して呼吸困難を起こしてる!!」


 「分かった!! カタリナ、大丈夫だから、呼吸を落ち着けて!!」


 一息にまくしあげたのは、魔術師のレベッカだろう。

 同じ孤児院で暮らしていたころから、すぐ泣くくせに芯が強い。

 背中に押し当てられた手が暖かな熱を帯び、癒しの魔力が注ぎ込まれていくのを感じた。

 参ったな。

 こんな無様をさらすなら、勢いに任せてあのバカを怒鳴りつけるんじゃなかった。

 あれがなければ、この呼吸困難も少しはましだったのかもしれないのに。

 どうでもいい考えが頭の中をグルグルと駆け回る。


 感覚系の肉体強化。

 これもまた、盗賊のみが得意とする技能だ。

 人が魔導勁路を持つ生き物である限り、魔力は誰にでも備わっている。

 違うのは、その使い方だけだ。


 所謂前衛職と呼ばれる者たちは、魔力を体内で循環させ、肉体そのものを強靭なものへと作り変える。

 魔術師は集中させた魔力を変化させ、放出させる。

 そして盗賊は、集中させた魔力でもってただ一つの感覚を強化する。

 視覚を高めてはるか遠くを探り、聴覚を尖らせて一滴の水音すら捉え、鋭い嗅覚で空気の変化をかぎ取る。

 その集中を乱すというのは、味方の魔術師が今にも放とうとしている光弾に向けて、油の詰まった瓶を投げ込むようなものだ。

 決して許される事ではないし、常人ならする事ではない。


 「し、知るかよそんな事……ふざけやがって、この、足手まといの……疫病神が。ぶっ殺してやる」


 そして。

 なるほど、確かにボクは疫病神なのかもしれない。

 今回の旅こそは随分順調にいっていると思っていたけれど、肝心なところで運が悪い。

 もっとも、今回の不運は味方の中に潜んでいたようだけれど。


 ふらふらと立ち上がる男の口から、歯ぎしり交じりの呪詛が漏れた。

昨日は投稿できず申し訳ありませんでした。

2000字ほど書いた文章が、どうにもしゃっきりぽんと舌の上で踊らなかったので、全削除する羽目に……。

今回のお話も、この世界での魔法の在り方を説明するだけで分割。

すまぬ、すまぬ……



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