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神父様に〇〇された経験はありますか?

 「では……これより、7柱の神が御名の元。結婚の儀を行うものとすりゅ」


 「……」


 多分、この場にいるごく一部の人間(?)を除いた、全員が同じことを考えたんじゃあないかな?

 つまり。


 (こいつ、この状況で噛みやがった!!)


 参列者席に座る数人が、やおら立ち上がって怒鳴りつけたいのを、必死に堪えているのが分かった。

 

 神聖なる結婚の儀の開幕を、式を執り行う神父が厳かに宣言する、ある意味で最も重要な一場面。

 そこで、その神父様が開幕の宣言文を思いっきり噛む。

 それは、果たしてアリなのだろうか?

 答えは……アリかナシかで言えば、アリなのだろう。

 人は失敗する生き物だ。

 絶対に失敗できないぞ……と、自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、普段ではありえないようなミスをする。

 これをこうすれば、上手くいかないぞと分かっている時ほど、身体が動かなくなる。

 神父様だって人間だ。

 ミスの一つもするだろう。


 でもね?

 それでも思うんだ。

 ……なにも、いきなり噛まなくてもいいだろう、って。

 物音ひとつない聖堂内。

 神父様による宣言の言葉が終わると同時にオルガンの演奏を始めようと構えていたシスターも、予想だにしなかった展開に目をパチクリとさせている。


 これが農村で行われるような、村の祭りと結婚の儀が一緒くたになったような式典であれば、神父様も『失礼。花嫁のあまりの美しさに緊張してしまいました』とでも言って誤魔化す事もできたのだろう。

 友人の僧侶から聞いた話では、主役の2人があまりに緊張してしまっている時、わざと失敗して見せる事で場の空気を和らげるのは常套手段でもあるらしいし、そもそも参列者の大半は、ボクと同じでようやく中級に足を踏み入れたような冒険者たちだ。

 その程度の失敗で怒り出すほど、……の穴は小さくない。

 流石に薄汚れた鎧兜は身にまとわず、どこの古着屋で買ってきたのかもわからない、サイズも合わない一張羅(?)を着込んではいるけど、そんな連中を集めて格式ばった式を行えるワケがないんだ。

 だからボクも今回の式は神前での宣誓程度の略式で済ませるつもりだったし、神父様もその心づもりだったはずだ。

 そう。その通り事が進んでいれば、参列者の誰かが品の無いヤジを飛ばしてみんなでそれを大笑いして……それで済んだはずなんだ。


 でもね?

 今回ばかりは状況が悪かった。いや、悪くなりすぎたね。

 なにしろ、何の前触れもなく登場し参列者席の最前列を占領しているのは、神父様が挙げた7柱が神のうち6柱で。

 新郎は、残る最後の1柱である事が判明してしまったのだから。

 ……正直、どう同情すればいいのかすらわからないよ、ボクは。


 (どうすんのよ、これ……!!)


 可哀そうな神父様は、その顔をすっかり土気色に染め上げて固まってしまっている。

 背後には、ボクと同じ。困惑という名の感情が満ち満ちているのを、肌で感じ取れる。

 やがて緊張に耐えられなくなった誰かがすすり泣きの声を漏らしだした頃、一同の意思は再び一つになった。


 (よし、聞かなかったことにしよう!!)


 神父様もその意思を感じ取ったのか、誰かが身振り手振りでサインでも送ったのか。ほぅと胸をなでおろすと、何事もなかったかのように式を続けようと口を開く。

 その時だ。

 静寂を破るような、小さな呟きが聖堂の中に響いたのは。


 「ふむ。『行うものとすりゅ』か。我がこの世界最初の儀を執り行った頃より宣言の文も変化しているのだな。なかなかに面白い」


 「……」


 「変化。いや、進化なのかもしれんな。何故そのような進化をしたのかは不明だが……たまには下界にも降りてみるものだ」


 太陽神様、やめてあげて!!!!

 あぁ。これで神父様は、ようやく見つけ出した活路を再び塞がれる事となってしまった。

 ここからどう挽回する?

 ほぼ全ての視線が神父様に集まる中、またもや小さな囁き声が聖堂に響き渡る。


 「ねぇ、どうしたのツヴァイ姉さま。なんだかお顔が怖いよ?」


 「なんでもないわ、ゼクス。いい子だから静かにしていましょうね?」


 「でも……」


 まだまだ幼さの残る声と、それをたしなめる声。

 それでも、まだ自身の感じた疑問の答えを知りたいという、幼子特有の可愛らしいわがままの声にひび割れたような大笑が答えた。


 「ガハハハハ、教えてやるぞゼクス。ツヴァイ姉はな、あの神像が気に入らんのよ。ほれ、横のフィーアの物と比べてみぃ。何処をとは言わんがな」


 「だまらっしゃい、ドライ」


 ムッとした声がピシャリとひとつ。

 会話の節々から判断するに、あまりに長い静寂に暇を持て余したのか、小声で話し始めたのは月神ツヴァイ様、大地神ドライ様、動物神ゼクス様の3柱だ。

 7柱の神様たちの中でも、とりわけゼクス様はジーベンの兄とは思えぬほど容姿が幼く、言動も子供じみている。

 兄姉と比べてきっと飽きだすのも早く、我慢はしていたものの長兄の漏らした呟きに誘発されてモゾモゾしだしたのだろう。


 「でも、まぁ、あの像がちょっとだけ気に入らないのは事実だわ。なんであんな不愉快な造形にしたのかしら。この式が終わったら、あの神父をとっちめなくっちゃね」


 けれども、思う。

 あの神像の造形に、神父様は全く関係ない!!

 最初に教会を見学に来た時、案内をしてくれた太ったシスターが『この7体の神像はドワーフの名匠が親子2代100年をかけて彫り上げて……』『王国全土に現存する書物は勿論、木板や石板に至るまで、神々の造形の記された物を調べあげて……』と、多少うざく感じ出すほど説明してくれたのだ。

 確かにその精巧な出来栄えは、髪の毛一本に至るまで丁寧に大理石を彫り込んだ、素晴らしいものなのだけれど……。

 ほら、見てあげて!!

 神父様が今にも倒れそうな顔色してるから!!

 それ、完全なとばっちりだから!!


 「ガハハハハハハ、やめとけやめとけツヴァイ姉。あまり狭量が過ぎると信者を失うぞ」


 静まり返った空気の中、無遠慮な大声をあげて笑っているのは、ドライ様だ。

 太陽と月、その2つを除いた全ての星々を作り上げた、大地創造の神様。

 特に、大地の民を自称するドワーフ族から熱い信仰を集め、その御姿は筋骨隆々とした熊髭の大男として描かれることが多い。


 対するツヴァイ様は、夜の女神だ。

 アイン様が最初に太陽を創りあげた時、続いてツヴァイ様が月をお造りになられた。

 その性質上、知性を持つ魔物や裏社会の人間、夜の女などに信仰者が多く、太陽神アイン様を強く信望する人の中には彼女を『邪な女神』と呼ぶ者すらいるといわれている。

 が、その本質は争いを嫌い、安らぎの時間を与えてくださる儚げな女神様だ。

 かく言うボクも、7柱の神様の中ではツヴァイ様を特に信仰している。


 「そうねぇ……ううん、でも、ダメよ。こればっかりは強く抗議させてもらうわ」


 ドライ様の擁護で、少しだけ生気を取り戻した神父様の顔色が、その一言で再び蒼褪めた。

 争い事を嫌うツヴァイ様を、何がそこまで駆り立てるのか?

 恐る恐る振り返り確認すると、夜の女神様の視線は自身の神像とそれに居並ぶフィーア様の神像との胸部を交互に見比べている。

 それで全てを察したボクは、慌てて視線を正面に戻した。


 植物神と呼ばれるフィーア様は、繁栄を約束する神様とも呼ばれている。

 森の民エルフは勿論、商人や農民にも信仰者は多い。

 王侯貴族に信仰するものが多いアイン様と対し、民間では最も大きな勢力を誇っている。

 その御姿は姉神であるツヴァイ様と比べて頭ひとつ小さい少女。

 が、特筆すべきはその胸部で、全体的に少女の無邪気さを残しつつもその一部分だけは『繁栄してます!!』といった風に描かれるのだ。


 そして、ツヴァイ様。

 彼女の胸部は、儚げな月の光を表現しました……とでも言いたげに表現されることが多い。

 チラと見た限り、成長期の栄養不足を如実に表したかのようなスタイルのボクが、思わず握手を求めてしまいそうな程なのだ。

 念の為に言っておくけれど……ボクがツヴァイ様を信仰しているのは、そこに共感を覚えたからじゃないからね?


 「なぁ、ツヴァイ。今日はめでたい日だ。やめておけよ」


 「いいえ、アイン兄様のお言葉でも、これは譲れませんわ。女としての誇りの問題なのです。場合によっては神罰も辞しません」


 アイン様のとりなしも、興奮気味のツヴァイ様には効果が無い。

 やめてあげてよう。

 別に、神父様が元々豊満だったツヴァイ様の神像の胸部を削り取ったワケじゃあないんだから。


 もはや、ピリピリする程の空気が満ちた聖堂内。

 静寂はむしろ耳鳴りを感じさせるほどだ。

 何一つ悪い事をしたわけでもなく、この場にいる誰よりも神々の厚い信望者だった筈の神父様の身体は前後左右に大きく揺れ、それでも倒れこまぬよう必死に踏ん張っているように見える。

 誰かに場を変える一手が打てるでもなく、ほとんどあらゆる人々が時間が流れるのを待つしかできない中……緩やかに空気が動いた。

 ジーベンが一歩足を前に踏み出すと、真っ赤なカーペットに片膝をついたのだ。

 そしてそのまま。何が起こるのかと見守る人々の視線を背に、小さく微笑んでから優しく神父様に語り掛ける。


 「どうなさいました、神父様? カタリナのあまりの美しさに見惚れてしまいましたか?」


 「ぅ……?」


 「さぁ、早く式を執り行いましょう。僕は一秒でも早く、カタリナを僕の物にしたくて堪らないんです」


 最後は、鳥のように両手を大きく広げて、大袈裟に。

 それはまるで、新郎というよりもどこぞの劇団の俳優とでもいう風な仕草で。

 あまりにきざったらしいその振る舞いに、参列者の中の誰かがクスリと小さな笑い声を漏らす。


 それでも、それは正しく完璧。

 完璧だ。

 その芝居がかった動きも、すぅと溶け込んでいくような声の響きも、誰かの心を和らげるには完璧なものだった。

 思い出す。

 ボクも、冒険のさなかには何度もこれに助けられたっけ。

 だというのに、その声がボク以外に向けられて発せられた事に、軽く嫉妬する。


 「さぁ、神父様。若者をあまり焦らさないでくださいよ?」


 「あ、ぁああ、そうじゃ……じゃな」


 ジーベンの言葉に、壊れた水飲み鳥のおもちゃのように頭を上下させていた神父様の顔に赤みが戻ってきて。

 2度3度息を整えてから、ようやっと神父様は口を開いた。


 「ぁ……そ、それで……は、け、け、けっこぅんの儀を……は、はは、はじめま」


 むぅ、惜しい!!

 ジーベンの語り掛けは、本当に、これ以上はないほどに完璧だった。

 でも、それすらも7柱の神々を前にした神父様の心を完全に癒すには足りなかったようだ。

 喉が乾ききってしまっているのか、声が全く出ていない。

 まるで砂漠のミイラの声だ。

 愛しい人は、ボクに向けて『困ったな』とでも言いたげな笑みを見せてから、再び神父様に語り掛ける。


 「大丈夫ですよ、神父様。そんなに緊張しないでください」


 「ぁ……ぁぅ、申、し訳ござい……ん」


 「あのように見えて、ツヴァイ姉様の神罰の腕前は僕ら兄弟姉妹の中でも随一です。痛みすら感じる前にあちらに迎え入れてくださるでしょう」


 え?


 「歓迎してくださいますよ?」


 ……なに言っちゃってんの、この人。


 それはきっと、緊張を和らげるための、ジーベンなりのジョークのつもりだったのだろう。

 けれど、優しさは時として刃となって人を斬りつける。

 その一言がトドメとなった。

 まさに『なに言っちゃってんの』

 これ以上ないまでの『なに言っちゃってんの』だった。


 「…………」


 神父様は数秒間、ジーベンの言葉を反芻するかのように口をぽかんと開けていたが、やがてそれを完全に理解したのか、数度うんうんと頷いてからゆるりと片手をあげる。

 すると、あらかじめうち合わせてあったのだろう。

 大きなバケツを抱えた神官見習の少年が、駆け寄ってきた。


 「すみ、ま……せ。もう、これ以上、は……限界、失、礼を致しま」


 言い終えるより早く、神父様はボクらに背を向けるとバケツに顔をスッポリとうずめる。

 そして。


 「ウッ……ウェップ……オロロロロロロロロロ……ッ!!」


 嘔吐した。

 胃液の、酸味のある匂いが鼻を刺激する。

 神官見習の少年は『神父様!! 神父様!!』と叫びながら必死の形相でその背をさすり、オルガンの前に座っていたシスターは遂に気を失くして椅子から崩れ落ちる。

 参列者席から甲高い悲鳴が上がり、誰かが『布を嚙ませろ!! 舌を噛むぞ!!』なんて物騒なことを叫んでいる。

どこかでパリンとガラスが割れて、シスター達は絶叫にも似た声で天界の神々に救いを求めている。

 その光景をボクは、身じろぎ一つ出来ず呆然と眺めていた。


 一つだけ、言わせてほしい。

 なんだこれ。


 「な、なぁ兄貴……これは一体、何が起こっているんだ?」


 「……分からん。が、ひょっとするとヒュンフの大海創造のシーンを再現しているのかもな」


 「じゃ、じゃあ、この騒ぎは……」


 「知れたこと。ゼクスが原初の獣たちを産み出した場面だろう。結婚の儀に神話の再現を取り込んでくるとは……我も人への認識を改めるべきだな」


 そんな2柱の神の会話を背景に混沌≪カオス≫はその深みを増していく。

 いや、その認識は改めなくてもいいですから。


 ズキズキと痛み出した頭を押さえながら、ボクはどこでどうして道を間違えたら、こんな平凡とは全く正反対の結婚式を挙げなくてはならない羽目に陥ってしまうのか。

 必死に答えを導きだそうとしていた。


 全世界の、平凡でも幸せな結婚の儀を終えた女性の方々に聞きます。

 儀の最中に、神父様に嘔吐された経験はありますか?


 ボクは、あります。

神様説明回①でした。

アイン=長兄。太陽神

ツヴァイ=長女。月神

ドライ=次男。大地神

フィーア=次女。植物神

フュンフ=三女。水神

ゼクス=三男。動物神

ジーベン=末っ子。??神

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