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笑えるわけあるかっ!!

 ボクの両親は冒険者だったらしい。

 らしい、というのはボクの中に2人との思い出がほとんど残っていないからだ。

 朧げに残っているのは、体格はいかついクセに笑顔だけは優しい男の人と、細身の女性とボク。3人で旅をしていた記憶。

 あれがきっと、ボクの両親だったのだろう。


 幌馬車にぎっしり荷を積んだ商人たちと街から街へ。

 ボクは昼は幌の上から槍を肩に担いだ父を眺め、夜は焚火の前で母の胸に抱かれて眠った。


 そんな幸せな日々がしばらく続いて、そこから記憶はいきなりスッポリと抜け落ちている。

 まるで、切れ味の良すぎるナイフで切断した果実の断面図のように。きれいさっぱり、微塵の違和感もなく覚えていない。

 気づけばボクは孤児院の部屋の片隅で膝を抱えて座り込んでいて。

 後に聞いた話では、ボクを孤児院へと連れてきたのは、長剣を腰に差した戦士だったそうだ。

 父と母は冒険者。

 つまりは、そういう最期だったのだろう。

 この世界では、珍しくない話だ。


 そう。

 珍しくない話なんだ。

 いつしか、壁の子供の中には見慣れぬ顔ぶれが増えてきて、ボクは定位置を奪われた。

 そして、『先輩』達がそうしてきたように、12歳を迎えると同時に孤児院を出たんだ。


 とは言え、ようやく多少の読み書きができる程度の子供に、働き口なんてそう簡単には見つからない。

 だから、ボクはここでも『先輩』達に倣って冒険者ギルドの門を潜る事になった。

 ギルドのクエストボードには、冒険者と何でも屋の区別がついていないような、そんな人達の出した依頼も数多く張られている。

 『迷子の飼い猫を探してほしい』『詰まった下水を掃除してほしい』『孫の誕生日にニシンのパイを届けてほしい』

 そんな依頼だ。

 ボクはそれらをこなしながら日銭を稼ぎ、15歳になった頃にはこの広い王都を目を瞑ってでも歩き回れるようになっていた。

 そして、その技量を買われて盗賊ギルドに加入することになった、ってワケ。


 ごめん、話が長くなったね。

 とどのつまりは、ボクが天涯孤独の身だった、って言いたかったんだ。

 今、ボクの横に並び立ち、結婚の儀の始まりを待っているボクの最愛の人。ジーベンの過去についてだって、ボクは詳しく聞いたことはない。

 ただ『故郷は遠く離れていて帰れない』『末っ子で兄や姉は多いが両親はいない』

 それだけだ。

 興味がないわけじゃあなかったけれど、冒険者になる人たちの中には所謂『理由あり』の人も多くて。

 だから、自分から話しだそうとしない限り、誰かの過去に触れるのはタブーとされていたから、聞かなかった。

 うん。今考えると、あの時の自分をぶん殴ってやりたい。


 ボク達の背後。

 真紅のバージンロードを挟んで左右に分かれた参列者席は、ごく一部の例外を除いて異様なまでの緊張感に包まれていた。

 お酒を飲んではところ構わず全裸になり自慢の肉体を披露する巨漢戦士のガトーが、膝をぴっちり閉じて縮こまっているのが振り返らなくても分かる。

 【泣き虫破壊魔術師】のレベッカは、きっと今にも泣きだしそうな顔で涙をこらえているのだろう。

 衣擦れの音一つたてるのも躊躇われるような静寂の中、誰かが生唾を飲む音がやけに大きく響いた。


 「どうしたの、カタリナ? 目から光が消えているよ」


 「……」


 「今日は本当に素晴らしい、僕らの記念日だ。ほら、笑って?」


 耳元に顔を寄せられ、そんな事を囁かれる。

 チラと横目で見たその表情は、元より細い糸目が一層細められ本当に嬉しそうだ。


 (……笑えるわけあるかっ!!)


 そう怒鳴りつけてやりたいのをぐっと堪え、睨みつけた。

 どこの世界に、こんな緊張感に包まれた結婚式があるっていうのか?

 昨年、王女へ暗殺の予告状が届いたとかで王城の警護を受けた事があったけれど、その時だってこれほどの緊張感には包まれていなかった。

 にもかかわらず、ボクの旦那様になろうかという人は、どこ吹く風といった感じでニコニコと笑っている。


 (……はぁ)


 ため息を、誰にも気づかれない程度に小さく一つ吐き出す。

 怒るのはやめよう。

 ボクが愛してしまった人は、こういう人なんだ。

 いつも温和で、誰にでも優しくって。どこか抜けているクセに頼りがいがあって、物凄く強い。

 そんな人だから、愛してしまったんだ。

 世間では『惚れたら負け』なんて言うけれど、ボクはその意味ではジーベンに無条件降伏するほかないのだから。


 「大丈夫。ちょっと緊張しちゃってるだけだから」


 そう囁いて微笑み返すと、ジーベンはいつものように……『何も怖がることはないよ』とでも言う風に笑った。

 と、同時に聖堂の右手奥の扉が静かに開き、ボクは思わず背筋をピンと伸ばす。

 式を執り行う神父が入場してくる。


 いよいよ、結婚の儀が始まるのだ。

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