煉獄に咲く花
逸脱の先、分岐点の向こうから、
最果の空の下、彼女はバトンを受け取った。
崩壊した世界。秩序を失い、殺意と狂気、そして無垢しか生き残れなかったこの国で。人々を集め、煉獄の試練に耐えようとした、一人の宗教家がいた。
「本当は、彼が建国の父なんだけどね。ボクとしては複雑なものがあるよ」
「何を言う、お前以上に象徴に相応しい者などいるものか」
「そうだよ。大丈夫、彼のことはちゃんと口伝で伝えていくさ」
既に老人の域に片足を突っ込んだ「マネキンマスター」と「考古学者」に言われ、一人だけ歳をとっていない彼女は渋々といった様子で頷いた。
「ようやく決めたのね」
かつて「お嬢様」などと呼ばれた女性は、相も変わらず、彼女が言葉を発する前から全てを見通しているようだった。盲目でありながら誰よりも人の内面を見通す「マダム」にとって、彼女がどんなことを考えているかなどお見通しらしい。
「いい選択だと思うわ。あなたにとっても、私の子供や孫達にとってもね」
腕の中で赤子が笑う。この煉獄で最初に子供が産まれた頃の騒動を思い出し、彼女は微笑んだ。あの子供も既に一家の大黒柱となった。試練が終わる日も、近いのかもしれない。
「聞いたぜ、「ウィッチ」。国を作るんだってな」
「えっと、その、頑張れ、です」
二代目となる旅人たちは、国ができるなら国の外を旅しなければ、と息巻いていた。
戻ってくる頃には子供連れだろうか。時間を気にする必要のない彼女は、気をつけていってらっしゃい、と笑った。
「魔女様だー」
「魔女様こんにちは。今日は視察ですか」
孤児院、といってもほとんど託児施設になってしまったその場所は、例の宗教家が運営していた。落書きの絶えない石壁の前には、ちょうど満開の向日葵が咲いている。
「ううん、今日はお墓参り。ちょっと初代院長と、あの人に報告しなきゃいけないことができてね」
「あたしも行くー」
「だめだよ、お墓参りはお散歩じゃないんだから。魔女様、また昔のお話聞かせてくださいね」
「うん、きっとね」
子供達と別れ、彼女は孤児院の裏に回る。
そこにある石碑は二つ。一つは己の意志の元に戦い続けた宗教家のもの。もう一つは、幸運者と呼ばれた少女のものだ。
彼女は二人の終わりに立ち会った唯一の存在だ。陽を受けて輝く向日葵と、夕陽に照らされて同化する鮮烈な赤は、もはや数十年という時を超えたにも関わらず、色褪せることなく記憶されている。
「挨拶は済んだかい」
「……うん。珍しいね、黒木さん」
振り向けば、こちらも歳をとったようには見えない、殺人鬼がそこにいた。
「あー、まあね。思うところがあるんで、そろそろ行こうと思うんだよ。具体的には、死ぬまで放浪してみよっかなってさ」
「うん。ボクと違って、黒木さんの体はただただ生き残ることに特化してるから……多分、それで死ねるだろうね」
自殺することも、殺されることもできない、老衰しない肉体。そこに辿り着いてしまった彼でも、食糧を断たれれば、恐らく死ぬ。
それさえできない「不死の魔女」は、殺人鬼の選択に微笑みを返した。
「そっちの挨拶は終わったの」
「もう俺を知ってる奴がいねぇのよ。だから、これだけで終了」
「時間の流れは残酷だねぇ」
「それが口癖になる前に死ぬ方法を探した方がいいぜ」
「殺せなかった殺人鬼に言われてもなぁ」
苦笑いに苦笑いを返し、彼は背を向けた。
彼女は去っていく彼にひとしきり手を振って、そして違う方向へ歩き出す。
向かう先では子供達の声が響いている。その中に一瞬懐かしい声が混じったような気がして、彼女は微笑んだ。
多すぎる死を見てきた。
かけがえのない生を見てきた。
きっとこれからも、いくつもの輝きを知ることになる。
それはきっと、ボクだけの特別だ。
「悪いものでもないよ、不老不死も」
独り言は誰にも届かない。寂しいとは思うけれど、辛いとは思わない。
人の在り方を見守ろう。それがボクの「魔法」の使い方だ。
そしてボクは、王様になった。
思ったより短くなってしまいました。
情景描写抜けまくりですが、雰囲気だけでも伝わっていれば……
最初の異能力者である「不死の魔女」は、この後「死神」に殺されるまで、五百年近くを生きます
。その王国は安定した発展を遂げますが、「魔女」の死と同時に陥落、大陸から渡ってきた者達の子孫による「合衆国」に呑み込まれます。しかし無数の技術という利権を手に入れた「合衆国」はその分配を巡って自壊、そのまま「大戦」にもつれ込むことになります。細々と伝えられていた科学はこの戦いで完全に失われ、以後の文明は超能力を軸に進んでいくことになるのでした。