宇宙エロマンガ家ボボルカ氏
西暦2082年。国際宇宙ステーションの片隅で。
人類初の地球外知的生命体との第一種接近遭遇が行われていた。
初のコンタクトをとったのは美少女宇宙飛行士としてアイドル以上の人気を誇る若干18歳の日本人飛行士ヒミコ・フジエダ。
相手は体長3メートル以上もある太ったトカゲ人間のような姿の宇宙人、ボボルカ・ネゲンゴ氏であった。
「……ではボボルカさん。日本語は通じるということでよろしいですか」
「ふひ……ふひひ。言語や一般常識の翻訳装置は拙者の星系では誰でも持っているでござるよ」
「それで、地球には取材旅行でいらっしゃったと」
「いかにも……ぐひひ」
「……職業は漫画家でいらっしゃるのですね」
「正確に言えばエロマンガ家でござる。日本語で言うところの……ぐふ」
ボボルカ氏は小さな黒縁メガネの乗っているワニのような顔で好色そうに笑い、人好きのしない垂れた目でヒミコを舐るように眺める。
そんな部分の正確性はどうでもいいとヒミコは思い、まくっていた船内作業着の袖を失礼に当たらないようにそっと伸ばした。
☆ ☆ ☆
静止軌道上からの軌道エレベータの建造という重大な任務を背負い、2か月前に彼女はここに来た。
しかし、第1回目の資材運搬を行った1週間前、エレベータの軸となる多層カーボンナノチューブの強度不足が発見されたのだ。
強度不足の原因は、素材を開発した天才科学者の計算ミス。「いやぁ、1+1が1677万7216だなんて僕もどうかしていたよ」と言う言い訳をした科学者は、今は精神病院に収容されている。
何はともあれ彼女を含むクルーたちの仕事は頓挫し、次の宇宙ロケットが到着し次第、何の功績も成し遂げられないまま地球へ帰還するのを待つばかりとなっていた。
そんなところへ宇宙人の襲来である。
外見はともかくとして、おあつらえ向きに友好的で科学技術の発達した宇宙人であるようだ。
彼との外交の橋渡しをできれば、アストロノーツとしての宇宙史に残る。いや、たぶん今でも歴史には残るであろうが。ただしそこには『不名誉な』と言う枕詞が付く。
そう、この状況は一発逆転のチャンス。
ヒミコはなんとかこの宇宙エロ……マンガ家の機嫌を取ろうと必死に笑顔を死守した。
☆ ☆ ☆
「地球を代表して、日本の総理大臣と是非直接会って友好を結んでいただきたいのですが」
「う~ん。拙者、他人と話をするのは苦手でござる。それに今回の旅行はエロマンガの取材が目的でござるゆえ……」
「そこを何とか」
思わず駆け寄って、鱗に覆われた繊細さのかけらもない太い腕に触れる。
ボボルカ氏は「おうふ」とため息をつき、背中の小さなヒレをオレンジ色に輝かせた。
「せせせ……積極的でござるな。でゅふ……拙者も異種族姦モノで名をはせたボボルカでござる。……ぶひひ……ヒミコたんの出かた次第では、考えてもいいでござるよ……じゅる」
「出かた次第……ですか」
絶対にエロいことをしようとしている顔だと彼女は確信する。
絶対にイヤだ。こんな気持ちの悪い生き物に何かされるなんて、考えただけでも身の毛もよだつ。
ヒミコはもうすでに後悔しはじめ、引きつった笑顔のままそこから離れようとした。
しかし、一瞬早くボボルカ氏の太い指が彼女の手首をつかむ。
上下乱雑に牙が並んだ口から群青色のヨダレを垂らしたボボルカ氏は、ヒミコの指をそっと自分の背中の小さなヒレへと引っ張った。
「ぶふ……デュフフ……何も知らない少女と言うわけではないでござろう? さぁ、拙者のここも、もうこんなにオレンジ色になっているでござるよ……ぐひひ」
「ここを?」
「そうでござる! その恥ずかしげもなく丸出しにされた手のひらで! さぁ! しっかり撫でるでござる! ヒミコたん!」
「こうですか?」
「おうふ! そうでござる! そうでござる!」
ちょっと肩透かしを食らった感じのヒミコは、こんなことで良いのならと、オレンジ色に輝くすべすべしたヒレを何度も何度も撫で続けた。
次第にボボルカ氏の呼吸が荒くなり、ヒレは激しく点滅する。
「あ~! あ~! 良い! ヒミコたんテクニシャン! 出りゅぅぅ! 出るでござるぅぅぅ!」
「え? なに?」
絶叫するボボルカ氏に驚いて離れようとするヒミコの手首を握り、さらに激しくヒレを撫でさせながら、ボボルカ氏は尻尾の付け根から幅1メートルほどの白い紙をトイレットペーパーのように勢いよく吐き出した。
「ヒミコたん! 止めちゃだめでござる! もっと撫でて! はひはひはひはひ!」
びくんびくんと痙攣しながら紙を吐き出し続けるボボルカ氏に言われるままにヒレを撫でていたヒミコが、さすがにそろそろいいだろうと手を放すと、もうすでに数百メートル分は出ていたであろう紙は止まり、オレンジ色に輝いていたヒレは消灯した。
「あふ……最高の……作品が……出来たでござる……」
放心しきったようなボボルカ氏のつぶやきに、ヒミコは何気なくその紙を見る。
よく見ればそこには何か模様のようなものが描かれていて、見ようによっては確かに芸術性のある作品のようにも見えた。
「……はぁ、それは良かったですね」
「この作品は地球人にプレゼントするでござるよ。……ふひぃ」
「はぁ、総理もお喜びになると思います」
こうして、日本は世界に先駆けてボボルカ氏の星と友好を結ぶことになる。
ボボルカ氏の出した紙は宇宙ステーションで事前調査され、危険がないことが分かり次第、地球へと送られることになった。
☆ ☆ ☆
「あ! あ~! 出るでござるぅぅ! めっちゃ出るでござるぅぅぅ!」
「どんどん出してください!」
1週間後、ボボルカ氏はヨダレをダラダラと垂らしながら目を血走らせて、背中のヒレを撫でられ続けていた。
「ヒミコたん! もう限界でござる! これ以上出したら拙者、頭が変になっちゃうでござるぅぅ!」
「何をだらしない! 気持ちいいんでしょう! さぁ! ここでしょう?! ここが良いんでしょう?!」
「ふひふひふひふひふひふひ! あ~! あ~! んほ……おぉぉぉぉぉ!!」
ボボルカ氏は絶叫する。
ヒミコは汗ばんだ顔を上気させて、腕まくりをした両手をぐりぐりと動かし、小一時間もヒレを撫で続けている。
宇宙ステーションで最も広い貨物室でボボルカ氏は紙を無理やり搾り取られていた。
「いっぱい出ますね。ほら! ほら! もうこんなに! 良いですよぉ……さぁ! 7万2千キロまであと4万キロです! 今日中に折り返しちゃいましょう!」
「んひぃぃ~! あはぁ~! ヒミコたん鬼ぃ~!」
「そんなこと言って……ホントはこういうのが好きなんでしょう?!」
「んあぁぁぁぁ! 好きでござる! ヒミコたん! だいしゅきぃぃぃ! んほぉぉぉぉ!!」
――調査の結果、ボボルカ氏の出した紙は、恐ろしく純度の高いカーボンナノチューブだと言うことが判明した。
ヒミコたち宇宙ステーションのクルーは検査結果を地球に送り、協議の結果、この作品を軌道エレベータの軸として使用することに決定する。
そして今、ボボルカ氏の了承を得て、ヒミコは紙の生産に協力をしているのだった。
手段はだいぶ変わってしまったが、結果として「宇宙史に名前を残す」という目的は果たされそうだと彼女は思う。
しかし、後に地球人が言語や一般常識の翻訳装置を手に入れるに至って、別の意味で歴史に名を残すことになろうとは彼女にも全く予想も出来なかった。
そう。
ボボルカ氏の出していた紙は彼の「作品」。
魂の迸りたる創作の賜物、エロマンガだったのだ。
彼女は確かに宇宙史に名前を残すことになる。
彼女とボボルカ氏の過剰なまでに卑猥な性行為が延々と描かれた、世界中の人々が利用する軌道エレベータの軸のエロマンガの登場人物として。
――完