聖女暗殺
昼から降りつづける雨が教会のステンドガラスを叩いていた。
教会のなかでは蝋燭の明かりが暗闇をわずかに押しのけている。
蝋燭のまるい明かりのなかで、ひとりの修道女が十字架に祈りをささげていた。
目を閉じて祈りの言葉を呟いている。
ふと、唇の動きが止まった。修道女はまぶたをあげた。
「どなたでしょうか」
静かな声が教会のなかに響いた。
答えるものはない。
ステンドグラスに当たる雨の音が聞こえる。
そのとき、教会の隅でで闇が動いた。
黒いローブに身を包んだ人影だった。
教会の床を滑るように移動した人影は修道女の背後に立った。
そのときには、人影が修道女の首にナイフの刃をあてがっていた。
「聖女マリアンヌだな」
耳元で聞こえた声にマリアンヌは驚いた。かなり若い男の声だった。
「聖女なんて恥知らずたちが勝手に言っているだけ。私はただのマリアンヌよ」
マリアンヌの口元には微笑みが浮かんでいた。
「私も質問していいかしら?」
ローブの男は答えない。雨はステンドグラスを打ちつづけていた。
「誰が望んだの?」
「知らない。仕事だ。理由は関係ない」
「私が死んだら、持たざる人たちはどうなるのかしら」
ナイフの刃が修道服の布越しにマリアンヌの喉に食いこむ。
「お願い。教えて。あなたが人を殺すのは――」
マリアンヌの言葉はそこで途切れた。
修道女は右手で喉を押さえてうずくまる。
教会の木床に赤いしずくが落ちた。
一滴、二滴。床に落ちて丸く広がった液体はつぎの瞬間に赤で塗りつぶされた。
マリアンヌの喉から血がほとばしっていた。
ローブの男は血で濡れたナイフを腰のシースに収めた。
きびすを返して立ち去ろうとしたとき、男は擦れた声を聞いた。
「あなたのたびにさちあらんことを」
動きを止めたローブの男は修道女を見下ろした。
修道女は十字架に向かって倒れ伏した。